第6話
乙女ゲーム『悠久の時を超えても』の攻略対象キャラクターは6人いた。
ファンタジア王国の王子クラウディオ。
王子の側近の眼鏡男子エリック。
同じく側近の騎士ロイド。
一学年上の病んでる系先輩レイモンド。
飛び級で入学した年下天才少年セージ。
そして2周目以降に攻略可能となると事前告知されていた教師アンドリュー。
他にも隠しキャラがいたと聞いた気もするけど、興味を失っていたので調べなかった。
まあ、会えればわかるだろう。知っている声優の声ならば。
入学式で王子が新入生代表として、またもや残念王子全開な挨拶をしたり、きらりーんとポーズを決めたりしていた。何か事情があるらしいヨ、と生徒たちは黙ってやり過ごしたものだ。
式の後で王子が「なんでおればかりこんな目に!?」と泣いていたが、見なかったふりで同情しておいた。
だが私も学園長や来賓の挨拶を聞き流しながら考えた。転生してから10年近く過ぎていることもあり、ゲームの内容ははっきり覚えていない。眺めているうちに「そうそう、オープニングイベントはこんなだった」と感じただけだ。
入学式の日に各キャラクターとの出会いイベントも起きたはずだ。
そうだ、6人と一通り会ったところで「やってられっか!」と投げ出したのだ。今後の展開はさっぱり分からん!
しかし、もしかして、ゲームに忠実に進行しているのだろうか。王子が自分の意志に反して動かされていたのだとしたら、義兄と悪役令嬢役のマリアンヌも危ないのかもしれない。
ゲームの内容と違う成長を遂げていても、そんなものは無意味だったのだろうか。
ゲーム補正が怖い。
悩みながら教室に行くと、私も攻略対象者やマリアンヌと同じクラスだった。担任の教師はアンドリューだ。
もちろんヒロインもいた。
「アタシ、リリー。ちょっぴりドジでおっちょこちょいな女の子よ。よろしくネ☆」
順番に自己紹介をしていくと、ヒロインが違う世界か違う時代から来た人かのような挨拶をして、パチンとウィンクをかます。
あー、思い出してきた。昭和の少女漫画のヒロインか貴様ー!と怒ってぶん投げたんだ。男たちよりヒロインが駄目だった。
私が忘れていたかったことを思い出して遠い目になっていたら、クラスメイトたちが「わーわー」と拍手喝采を始めた。
リリーが嬉しそうに笑ってから着席すると、全員が自分の行動が信じられないという顔で呆然としている。
何故か私は巻き込まれなかったが、なんで?なんで?と混乱してたら、今度はマリアンヌが机をバンっと乱暴に叩き、母そっくりな形相で怒鳴り出した。
「んまあ!どこの馬の骨ともつかない下民の分際で無礼な!お前のような輩がいると教室の空気が汚れるわ!今すぐ出てお行き!」
「そ、そんな……!」
ガビーン、とばかりによろめくヒロイン。バックにベタフラが見えた(気がする)。
そして対抗するべく立ち上がるイケメンたち。
「私のプリンセスになんということを言うんだ、そこの高慢チキ!」
「大丈夫だ。俺がお前を守ってやる。騎士として」
「私の頭脳を持ってすれば、あのような勘違い女はすぐに退場させられますよ」
「安心して、リリーちゃん。ぼくが側にいてあげる!」
ヒロインの好感度、ゲーム開始直後とは思えないくらい高いなー。もしかして、ひたすらチヤホヤされるゲームだったのかな……
どう見ても、ド素人の三文芝居だけど。
「大丈夫、アタシ負けないもん……!」
主演女優の演技が一番ド下手です。
いつまで続くのかと眺めて、終わるのを待った。私のマリアンヌがお母様そっくりなのが、最も見ていてつらかった。
ようやく終わったと思ったら、リリーはるんるんとスキップしながら一人で帰っていった。もちろん比喩ではない。
誰もが理解が追いつかずに茫然自失だったが、マリアンヌが我に返って「ワタクシあんなこと思ってないわ!」と机に泣き伏せた。一番の被害者だろう。
「大丈夫だ、わかっている。この異常について説明する」
残念王子が一転して、きりっと凛々しく告げる。苦々しい表情ながらも、先ほどとは違ってかっこよく映った。
教師に断って、王子は教壇に立った。自然とその場の主導権を握っている。
「事前に万の言葉を尽くしても正しく伝わらないと思ったので、みんなにも体験してもらった。特殊能力者の噂は耳にしているだろうか。どのような力か解明しきれていないが、今のように周囲の人間を操ってみせる」
側近の眼鏡も自分の席から立ち上がって、王子の言葉に補足を加える。
「過去にも似た事例がいくつかあったそうだよ。内容は他愛ないというか、小市民的というか、世界征服だって叶いそうなのにそこまではしないんだ」
「エリック、もしも私があの女に目を付けられて結婚させられたら、このファンタジア王国がどうなるか考えた上での発言だろうな」
「殿下が身を挺して国民を守って下さると信じています!」
「お前が国のためにその身を差し出せ!」
王子のかっこよさが減退したが、人生がかかっているせいだろう。眼鏡は全力で王子に押し付けようとしている。
でも、選択権を握っているのはヒロインではないか、と思った。
「はい、質問してよろしいでしょうか」
漫才じみてきたので、私は手を上げて確認することにした。
「私の双子の姉が特殊能力者をいじめる当て馬役にされていたのですが、それを理由に罰せられたりはしないですよね」
「もちろんそんなことにはならない。彼女のせいではないと、同じ体験をした者にはわかることだからな」
泣いていたマリアンヌもはっとして、王子の答えにほっとしている。そしてほんのりと頬を染めているのがわかる。
残念王子に見えたのも操られていたからだ。今の王子なら、憧れの対象になるだろう。
「あともうひとつ!王家の男性は大人しい女性を好むという噂は本当ですか!」
「ど、どこで噂されてる!?」
母から仕入れていたネタを振ったら、王子は赤くなってうろたえていた。図星のようだ。
ちなみに母は若い頃、現在の王の妃の座を巡って女の戦いに挑んだらしい。結果は言うまでもないが、うかつに地雷を踏んだ私に訪れた地獄についても語るまでもないだろう。
王子様に憧れる姉のために情報収集しただけだったのに……
リリーという特大の障害が存在するが、マリアンヌを含めた女子一同が、こっそり拳を握って王子様情報に喜んでいた。
この恋、どうなっちゃうの!?という少女漫画の引きのようなキャッチフレーズが浮かんできた。絶対リリーを見たせいだな……
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