第5話




 特筆するような出来事もなく、平和に月日は流れていった。


 14歳の春、私とマリアンヌはゲームの舞台となる『国立ファンタジア学園』に入学することになった。

 ファンタジア王国、王都ファンタ、という適当なネーミングだが気にしてはいけない。

 西洋風ファンタジーな世界だろうと春はソメイヨシノが咲いているし、文明レベルだの時代考証だのと考えるだけ無駄だから。


 この学園には王侯貴族や資産家の商家の子息子女が通う。相応の紹介者がいないと入学できないくらいには、格式ある学園である。


 ゲームの設定では、ヒロイン(プレイヤー)は特殊な能力を見いだされた平民の娘だった。

 見た目は桜色の髪に赤い瞳という、ウサギの擬人化美少女っぽい異質なものだった。


 ──と実写版ヒロインを見て思った。


「きゃっ、転んじゃった。てへっ」


 マリアンヌと義兄レイモンドと3人で、入学式の行われる講堂前で話しているところに登場したのだ。転んだというより、ヘッドスライディングだった気がする。

 しかしセリフには覚えがあった。ゲーム開始直後のイベントだったはずだ。


「さすが庶民ね、図太いわ……!公衆の面前で派手に転んだというのに、恥ずかしげもなく笑っているなんて。ワタクシなら両手で顔を覆って逃げているところよ……!」


 マリアンヌがおののいている。普通に転んだのならともかく、今のは淑女的にアウトだと私でも思う。

 というかわざとヘッドスライディングかましてたよね?


「大丈夫かい?」


 ウサギ人間──ではなくヒロインの前に、純白の衣装に深紅のマントをひるがえして一人の美少年が現れた。王冠のごとく輝く黄金の髪に、紫水晶の瞳を持っている。

 講堂の扉から登場した人物に、居合わせた生徒たちも驚いてざわめき出した。


 私は「こ、この声は!」と聴き覚えのある美声に反応してしまった。


「手の平を擦りむいてしまったようだね。早く水で洗ったほうがいい」


 美少年がヒロインに近づいて、倒れたまま待っていたように見える少女を助け起こした。


「はい。ありがとうございます。あの、貴方は?」

「私はこの国の王子クラウディオ。君の王子様さ」

「王子様……!」


 あ、クソゲーだった……

 

 王子様がきらきらしい笑顔で白い歯をキラーンと光らせている。美少年で美声だろうとも、残念な気分にしかならなかった。

 もちろん攻略対象の一人である。だがクオリティーの高いコスプレイヤーだなと思ってしまう。ゲームのイラストと実写版は、初見だとなかなか一致しないのだ。

 10年も側にいた義兄たちは見慣れたのだが。


 マリアンヌも想像していた王子と違ったようで、動揺している様子だった。


「ロイド、こちらのお姫様を医務室へご案内して差し上げろ。ではまた後で、マイプリンセス」


 王子の背後から新たな美少年が現れて、おまかせを、と言うなりヒロインをお姫様抱っこした。


「転んだ時に膝も擦りむいているだろう。俺が責任を持って送り届ける。心配するな」

「貴方は……?」

「君の騎士ナイトだ」

「騎士様……!」


 長い茶番、もといオープニングイベントが終わった。ヒロインは騎士に運ばれて去る。

 騎士のほうも攻略対象者だ。黒髪黒瞳で背が高く、精悍な容姿をしている。

 


 見送ってから、王子がマントを乱暴に剥ぎ取って地面に叩きつけていた。一瞬、騎士に嫉妬でもしたのかと思ってしまった。


「なんだ、これは!?おれは今何をしていた!?」

「いえ、殿下が強硬に主張なさったんですよ。この衣装が必要なんだって。早く制服に着替えましょうよー」


 三人目の攻略対象者も現れた。ワインレッドの髪にアイスブルーの瞳、そして眼鏡が特徴だ。切れ者の参謀というイメージの容姿をしている。

 声は覚えている通りの声帯なのに、口調が緩いせいで別人かと思ってしまった。


 そんな二人は理解が及ばない会話を交わしている。


「今の娘は例のアレだろう?奴の特殊能力か……!」

「目を付けられちゃったんですねー、殿下」

「牢にでもぶち込んでおけ!」


 王子の性格が激変している。まるで別人だ。眼鏡がなだめているが効果は見えない。そして二人は言い合いながら、その場を離れていった。



「ディーも大昔、突然性格が変わったよね」

「記憶にございません」

「ワタクシも覚えていますわ。それ以前のディーは陰気で根暗で、ワタクシの後ろに隠れて『ククク…』と無気味に笑う子で」

「それシンデレラ!シンデレラのキャラだから!」


 王子たちを見送ってから義兄が余計なことを言いだし、マリアンヌが記憶を改変して言いだす。何故本気の顔で「あら、そうだったかしら?」と首をかしげているのか!


 周囲の生徒たちも混乱した様子でざわついていたが、そろそろ入学式が始まってしまう。今の一幕の意味も真相も分からないが、それを追及するのは後になりそうだった。

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