第3話
自分について考えてみた。
前世の自分と今の『ディアンヌ』について。
前世の自分の名前は思い出せないけど、同人活動用のペンネームは覚えていた。何故だ。
ディアンヌとしての記憶はあるのだが、自分のことだと認識しながら、他人事のような感覚もある。
「我思う、ゆえに我あり!」
屋敷の庭で30分ほど哲学的な命題と向き合ってみたけど、偉大なる先人のありがたいお言葉が出て来たくらいだった。
人間は考える葦なのだ。詳しい意味は知らぬ。
私が立ち上がって声をあげたら、背後から「何それ?」と返って来た。振り向けば義兄が世話係を連れて近づいて来ていた。
義兄レイモンドは、青みを帯びた白金の髪に、うっすら青く染まる灰色の瞳をしている。肌も白いので全体的に色素が薄い。病みキャラゆえのデザインだろう。
ゲームのキャラクターと同一人物だと断じるには幼すぎるし、実写化されているので美少年だなと感じるくらいだ。
「どこかの哲学者のありがたいお言葉です。自分とは何か。人間とは何か。深遠なる命題なのです!」
「何か難しい話?」
「小難しいことを言ってるふりをして、実は自分でも意味はわかりません。あと私とお母様が血のつながった親子って本当だろうか、と永遠に認めたくないゲンジツのこととか」
悩みは尽きないが、時間の無駄な気もしている。
「そんなことよりお義兄様、何かご用ですか?長々と語ったくださってよろしくってよ!」
「え?そこは手短にじゃないの?」
「お義兄様の美声に聴き惚れていたいっ」
こうして話すのは初めてだが、幼少期も同じ声優の声帯だった。幼い演技とかレアすぎる。
「……ディアンヌだよね?そんな性格してたの?あいさつした時と別人みたいなんだけど」
「お気になさらず!」
「すごい気になるんだけど……まあ、いいか。今、義父上から言われたんだ。ディアンヌがぼくのことを気遣ってくれたって」
「守りたい、この美声……!」
「……聞いてるようで聞いてないだろ、おまえ」
聞いているが、この美声は一方的に聴くものであって、会話するものではなかったのだ。つい画面に話し掛けるような対応をしてしまった。
「えーと、夢を見たのです」
「夢?」
「10年後のお義兄様がひねていじけて病んでる怖い人になってました」
「ぼくの病の原因、絶対アレだろ!?」
レイモンド本人も、このままだと自分が病むと感じていたようだ。きっと遠くから眺めていた私が思うより切実に。
それまで黙っていた義兄の世話係の
「お嬢様、ご自分が奥様に責められる夢をご覧になられたのでしょう?夢の中で怖い思いをなさったのですね。それでレイモンド様のお気持ちを察して旦那様に申し上げたのですね!なんとお優しい!大丈夫ですよ、それはただの夢でございます!」
私、そんな話はしてないけどな……
どうやらこの屋敷でのディアンヌのイメージで女中は語っているようだ。いつも黙っているせいか、私の返事を聞く様子もなく話がまとまっていく。
義兄まで「怖かったね」と、私の頭を撫でて来た。一番の被害者に言われると、申し訳なくて対応に困る。
でも役得なので、勘違いさせたまま美少年になでなでしてもらったのだった。
義兄と別れて屋内に戻ると、今度は母が鬼の形相で迫って来た。私は思わず悲鳴を上げて逃げたが、大人と5歳児の追いかけっこでは勝負にもならなかった。
見てもいない夢が正夢になったかのようだ。
「ディアンヌ!何を言ったのよ!」
「鬼ー!悪魔ー!恐怖の悪役夫人ー!地獄からの使者ー!コロサレルー!」
「なんですって!?」
混乱して余計なことを言ってしまった。母の怒りのボルテージはうなぎ登りだ。
使用人たちが止めに入ってくれたが、落ち着くのに時間がかかったものだ。
私はえぐえぐしゃくりあげつつ、精神年齢が『ディアンヌ』に引っ張られて退行してるのかな、と不安になって来た。
「それでディアンヌ、お父様にどんな余計なことを吹き込んだのですか」
「お、お母様のご機嫌がうるわしくないって……」
嘘ではない。他にも言っただけで。
だが落ち着いたように見えた母は、その一言で再び激昂した。
「誰のせいだと思ってるの!」
間近でヒステリックに怒鳴られて、私はびくっと身体を強ばらせる。母の憎悪を直接浴びせられて、震えて動けなくなった。
「おまえが男だったらこんな事にならなかったのよ!
「公爵家に嫁いで来たというのに跡継ぎがわたくしの息子ではないなんて、とんだ恥曝しだわ!
「あの人に言い寄る他の女を全部捻り潰して手に入れたのに、これでは社交界の笑われ者じゃない!」
母の主張は自分の面子と見栄とか自己満足とかばかりで、家のことも娘のことも、夫のことさえ二の次だった。
こういう母親、日本にもゴロゴロしてたよな、と思う。だからといって平気な訳ではなく、精神がゴリゴリ削られていく。
義兄は10日もこれに晒されていたのか、と私は今ごろ理解した。遠くから見ていたより、万倍きつい。
あとで父に、お義兄様と一緒に避難したいと泣きつこう。
こんな所にいたら、私まで病んでしまいそうだ。
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