第2話



 ディアンヌというキャラクターについて、私はまったく知らない。マリアンヌに妹がいたなんて初耳だった。

 事前に公開されたキャラクターの中にいなかっただけで、ゲーム内に存在していたかもしれないし、ゲームの内容に関係がないから描かれなかった、設定だけの存在かもしれない。

 どうであれ今の私に知る術はない。


 私のことよりも、義兄のレイモンドの設定の方が危急かもしれない。

 オルタリス公爵には娘しかいなかったので、後継者として養子に迎えたのがレイモンドである。一応オルタリス家の血筋の子供だという話だ。

 

 オルタリス公爵夫妻はまだ20代という若さなのだが、夫人が初産で双子を出産した時の負担が大きすぎたためで、次の子供を望めない体になってしまったそうだ。

 仕方のないことだし、後妻とか愛人とか作るより妻に優しい夫じゃないか、と日本人だった私は思うけど。


 自分の子供が跡継ぎではないことを許せないらしく、オルタリス夫人は養子に当たり散らすのである。

 悪役令嬢の母は、悪役夫人だった。ヒステリックに叫んで喚いて、レイモンドをいじめ抜くのだ。


 これが原因でレイモンドは心を病んでしまう。ゲーム的には病んでる系キャラをヒロインであるプレイヤーが癒やして、恋愛エンディングを目指していくのだ。多分。きっと。



 設定では知っていたが、夫人に憎悪に満ちた声で罵られ、怯える義兄の姿は見ているほうもつらい。ヴィジュアルがアニメだったらそのままにしていたかもしれないけど、実写ドラマどころかノンフィクションだ。

 しかもこれが10年も続くんですよ!放っておけるか!


 という訳で、私は父に直談判します。





 

 説明が遅れたが、私は今5歳です。義兄は6歳、この屋敷に来て10日ほどになる。

 前世を思い出して、記憶が混乱気味だったから10日も過ぎてしまった。

 

 オルタリス公爵である父は、悪役令嬢マリアンヌの父親とは思えない優しい面立ちの青年だ。金の髪にグリーン系の瞳は、私ディアンヌに受け継がれている。

 双子の姉マリアンヌも金髪碧眼だが、母そっくりな容姿で蒼い眼をしている。

 実は目隠しすると見分けがつかないくらい似ている双子なのだが、私はたれ目、マリアンヌはつり目で、目元の印象が強いせいで似ていないとよく言われていた。

 だから私が父に似ているのは目元だけなのに、母に似ていないと言われる。


「お父様、お母様がうるさ……ご機嫌うるわしくないので、甘い言葉でも囁いてなだめてあげて下さい」

「その程度で大人しくなる人ではないんだよ、ディー」

「このままではお義兄様が、ひねていじけて、他人の顔色をうかがって生きる、そんな駄目人間になってしまいます」


 私と似ているようでそうでもないイケメン公爵の父に訴えた。

 ちなみにサブキャラまで豪華声優陣を用意したらしく、父の声も聴き覚えがある。母の喚き声だって無駄に大御所の有名声優さんだ。なんて無駄使い。


「そ、そんなに酷いの?」


 私の訴えに、父は驚いている。


「お父様、知らなかったの……!?」

「報告は受けてるよ。毎晩なだめてるよ。でもディーがわざわざ言いに来るなんて」

「私がお母様にあんなふうに言われ続けたら、心が死ぬと思う……」


 大人なら聞き流して耐えられるかもしれない。しかし連れて来られたばかりで、本当の家族も親しい人もいない場所で、6歳の子供に耐えろというのは酷だ。

 設定的に病むのは確定しているし。


「し、死なないで、ディー!」

「危ないのはお義兄様です」

「そうだったね……」


 父は愛娘(私)を抱きしめて、どうしようかと考え込んだ。考えながら私を撫でまわすの止めていただきたい。

 父がイケメンなのはわかるけど、実写版だからいまいち喜べない。ただ、声は良い。


「そうだ、近くに別宅がある。あそこに避難できるように手配しよう」

「こんなに大きなお屋敷があるのに、他にも家があるのですか?」

「別居とか、色々ね」


 なるほど。愛人囲ったり、怒り狂った妻から逃げたり、色々か。


「ところでディアンヌ、今日はおしゃべりだね。いつも恥ずかしがってお父様ともあんまりお話してくれないのに」


 父に言われて、私は『ディアンヌ』という子について思い出す。いつだって他人の背中に隠れて、めったにしゃべらない子供だった。

 覚えてはいる。けれど、自分のことだという認識が薄い。

 前世の意識が出過ぎている気がして来た。


 かといって元のディアンヌに戻る方法など思い付かない。


 あれ?これ、やらかしたのか?


 

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