第6話 月は輝き夜のウサギは笑う


「さてと――――」


 そうして木蓮は、前を見据えた。

 目の前には5人の黒服の者達がいる。

 後方にはも同じく5人、両方の建物上部には合わせて8人。



 アンズの横にいる、その男が木蓮を見据えて口を開く。


「相手は1人それも子供だ。だが、気は抜くな。

 鈴木すずき仲道なかみちがやられている」


 脳裏に、2名の倒れていた仲間の男達の姿を思い出す。

 この語る男性と言うのは数時間前、木蓮達を取り逃した時に居た男性であり、アンズへと連絡を入れていた者。同時に黒服の彼らをまとめるリーダーである。


「はい、分かっています。

 聞いた情報では雷術系統の術式を使うらしいですね。」


 その黒髪の女性は関心するよう頷き、その直ぐ横にいた若い男性は驚いたように語る。


「応用の効く属性型にそれも雷術系統ですか……厄介ですね。」


 そして、疑問を浮かべるように問いを投げるのだ。


「一体、何式いくつまで使えるんでしょうか?」


「さぁ、分からん。だが、さっき奴が発動した術式は二式だった。少なくとも、電気を飛ばすくらいはやってのけるぞ。」


 リーダーの男は、先程木蓮が発動していた、『雷術二式らいじゅつにしき 電光拡散ライトニング・ディフュージョンを思い出し、眩しい閃光と周囲に拡散された電気から考察しそう語る。

 その解答に「そうですか」と若い男は頷いて、木蓮を見据えると、自身の携帯端末型SPO装置に手をかざした。



 四方を20人あまりの黒服の者達に囲まれている状態。

 だが、何も恐れることはない。

 勝負は直ぐに着く。そう、一瞬だ。


「――――5秒だ。 お前らは5秒後に地に伏せ、目覚めた頃には全てが終わっている。」


 その言葉に、舐められた。とでも思っているのだろうか。黒服の者達に不快な表情が浮かぶ。


「何かしかけてくるぞ。気を引き締めろ」


「「「「「「了解。」」」」」」


 耳のイヤホンから流れるリーダーの男の声に、黒服の者達は声を揃え応答する。


「相手は子供だ、余計な外傷は負わせるな。

 拘束または気を失わせ行動不能にすればいい。」


 あくまで、排除ではなく制圧。

 それも目の前の子供に配慮した形で後遺症になるほどの外傷を負わせることなく、拘束又は気絶させること。

 それを条件にリーダーの男は指示を出す。


「防御術式を扱える者はそれを周囲に展開。

 戦闘に向かぬ者は展開された防御術式に身を隠せ。

 攻撃系統の術式を扱える者は全力で回避しつつ、質力を抑えた術式を発動し、少年の動きを封じろ。――――以上だ。」


「「「「「「了解。」」」」」」


 そして、指令を受けた黒服の者達の乱れぬ応答と同時に戦闘が開始される。



雷術らいじゅつ六式ろくしき 雷玉らいぎょく


 木蓮の右手の掌の上に、直径1メートルほどの電気を帯びた球体が出現。

 


「六式……!?」


 若い黒服の男はその唱えた木蓮の言葉に耳を疑う。


「なんだこの術式は……!?」


 そして、その隣にいた黒髪の女性はその得体の知れない術式に驚愕を浮かべた。


「一体あれは……?」


「おい、なんなんだよ……あの球体から感じる異常な程に濃いオーラは……!?」


「なんて量のオーラの塊なんだ……!?」


 周囲にいた黒服の者達は皆一様に、その光景に驚き立ち尽くす。

 そして、感じる電気を迸らせる球体から発せられるオーラの存在感。

 凄まじい量のオーラが濃縮され濃くなっていく。

 その唱えた術式に、その状況、その球体に、それを行った少年に、

 そこに居た全ての者が驚愕の色を浮かべ――――


「……一体何者なんだ……」


 黒服の者達のリーダーであるその男は、言葉を失った。


「……あいつ、六式まで使えたのね……!」


 それはまた、ハズキも同じことであり、だがその表情はどこか嬉しそう。

 そして、ゆっくりとその雷の球体は木蓮の手元を離れて上空へと上がっていく。


天明鳴雷月てんめいなるかみづき


 雷の球体は建物の屋上に居た黒服の者達よりも数メートル上で静止した。

 電気を帯び、常に電撃が迸る音が鳴り響く。

 その時――――、


「嘘でしょう……?」


 アンズは小さく言葉を漏らした。

 そして、緊迫した表情で大きく叫ぶのだ。


 「皆んな逃げて!!!」


 その叫びに、雷玉に目を向けていた多くの者がアンズに視線を向ける。

 表情は強張り、震えていた。


「アンズ様……!?」


 何かを悟ったようにリーダーの男はそう声を漏らす。


「防御術式を展開しろ……!!!」


 が、もう時すでに遅し――――


万千放雷ばんせんほうらい


 無数の電撃が超高速で降り注ぐ。

 それは無秩序に降り注ぐのではなく、統制の取れた動きで異常な程に精密に。

 故に、建物や周りへの被害は無く、ハズキへその攻撃が当たることはない。


「「「うあ……!!!」」」


 電撃に撃ち抜かれ、感電した黒服の者達は意識を失い地に伏せていく。


大鏡の反射ミラーリフレクション……!」


ある者は、鏡を創造し降り注ぐ電撃を受け流す。


土術三式どじゅつみしき 土流壁どりゅうへき……!」


ある者は、土の壁を複数出現させ降り注ぐ電撃から身を守る


「物質改造 両翼の壁ウィングウォール


ある者は、地に手を着いて地表に繋がる両脇に立つ建物に干渉することで、一部の外壁を伸ばし降り注ぐ雷撃を防ぐ。


 そう、辛うじて防御術式によ電撃を防いだ黒服の者達も、二撃、三撃と幾度となく即座に放射され続ける雷撃にとうとう防御術式破壊され突破さる。

 そして、最後には虚しく撃ち抜かれ地に伏せた。


 全てのオーラを使い切り、その雷玉は空に姿を消す。


 建物の屋上に居たものは、その距離の近さ故に防御術式展開も間に合わず即全滅していた。

 地上に居た者も、もう残るは数人。

 なんとか攻撃に耐えた者達。

 だか、彼らに身動きの取れる者はいないだろう。

 身体に痺れ痙攣を起こし、意識を保てただけ幸いだったと言うわけだ。


「ちょ……! あんたやりすぎよ!?」


 降り注いだ電撃により、熱せられたことで辺りには煙が充満する。

 月光が照らす煙の向こう側を見て、ハズキは不安な表情を浮かべた。


「なんだ? あれでも、出力結構抑えたんだけどな」


「あんた、アンズに当ててないでしょうね!?」


「…………」


 答えづらい木蓮は目を逸らして沈黙するが、ハズキはそんな木蓮を「……あんたね!」と睨みつける。






 だが、そんな時――――



「安心しなよ。 無事だから」


 その時、煙の向こう側から男の声が響いた。


「「――――!?」」


 すると、その直後、一瞬にして煙が霧散する。


「――――と言っても、木蓮くんが手加減してくれたおかげかな?」


 二人の視界に映った、その男の風貌は黒のパンツに黒のライダースジャケット。そして、白髪。


「それにしても、いつ見ても凄いね。キミの固有術式こゆうじゅつしきは。」


 関心するような笑みを浮かべ、その男の背後には無傷のアンズが立つ。


「おいおい。どうしてアンタがここにいるんだ……?」


 木蓮はその男を知っていた。

 そして、正直のところそう問いを投げたが、『どうしてこの人がここにいるのか』なんてことは直ぐに理解し悟っていたのだ。


「放たれる無数の電撃が超高速な上に超高精密なんだから。

 うん、普通なら手も足もでないよね。」


 その男の名は――――


夜兎やとさん……」


 木蓮が働く金木犀の唯一の社員だ。


「どうして? それはね――――……」


 そう語ろうとした夜兎を「あ、やっぱいいっす。」と木蓮は制止させる。

 ここにいる理由は聞かなくたって分かっている。

 ただ、状況を整理して


「聞かないんで少しだけ時間ください」


 呑み込む時間が欲しい。

「そう。」と少し哀しげに夜兎は頷く。


「……まぁ、そう言うことだよな」


 木蓮は振り返り確認するようにハズキに目線を送った。


「なに、あんた!? 

 アタシも理解できてるみたいな感じで話さないでくれる!?」


 とハズキは反応し「アタシが分かるわけないじゃない!」と威張り散らしたように答える。


「…………。」


 木蓮は少しの沈黙の後、ハズキに語った。


「あんた言ってたよな?

 アイツらが誰かに協力を頼んで、アンタを探し回っているかも知れないって。」


 木蓮はハズキが語っていた、いるかもしれない協力者の存在について話し始めた。

 まぁ、この状況を鑑みて。と言うか、


「まぁ、あれだ。それが、金木犀だったと言うことらしい……」


 この街で一番それに適しているのが……。今、思ってみれば金木犀だった。


「夜兎さん、もう少し早く出てこれなかったの?」


 そうして、向こうではアンズが夜兎に呆れた表情を浮かべていた。


 「ハズキちゃんを捕まえるのもそうですけど、

 もしもハズキちゃんが霊能力で抵抗したり、仮に見知らぬ第三者が出てきて霊能力戦になった場合にだとか、そう言うのに備えて国家霊能術師である貴方達に依頼したんですよ!」


 そう不満そうに語るアンズに「すいません。」と微笑みながら謝罪して


「相手が見知ってる子だったんでビックリしちゃいまして、少し登場が遅れてしまいました。」


 と笑いながら説明した。


「ビックリしただなんて嘘ですよね?

 情報は教えていたはずですよ。

 本当はわかっていたんじゃないですか!?」


 そんな夜兎にアンズは問い詰める。


 「面白がって、ギリギリまで手を出さなかったんでしょう?

 それに、夜兎さんがそう言う少し変わった所がある人だと源犀さんから聞いるんですからね!」


 その言葉に夜兎は「はて……。僕は変わっているのでしょうか?」と怪訝な表情を浮かべていた。


「一体どう言うことよ……! 訳がわんないわ……! あんたはアタシの敵?それとも味方?」


 金木犀にアンズが依頼していたと知ったハズキは、困惑した表情で木蓮に問う。

 まぁ、無理もない。木蓮も金木犀の一員なのだから。

 そんなハズキを木蓮は「まぁ、落ち着け。」と宥め、その問いに答えた。


「分かることだけ分かってればいい。

 俺はお前の味方で、あの人は敵だ。

 そして、あの人は変わっていて、あの人はやばい色々な意味でな」


 その言葉に「木蓮くんまでそんなことを……」と向こうでは夜兎が困り顔を浮かべる。


「まぁ、良いわ。あんたは味方なのね。

 だったら、あんな奴蹴散らしなさいよね!」


 木蓮が味方だと信じることにしたハズキは、そう強気な口調で語るが木蓮の答えは「……無理だ」と言う一言に尽きた。


「無理って……バケモノ染みたアンタでも?

 そんなに強いわけ? アイツ」


 あはは と微笑みながらアンズに怒られている夜兎を指差しハズキは問う。

「バケモン……ってな……」と木蓮は自身に対するハズキの見方に対し疑問を呈したくなる気持ちを抑え、


「つえーよ。あの人は。

 少なくとも俺が見てきた中じゃ、この国にあの人に勝る霊能力者はそうは居ない。」


 と答えた。

 あの人は確かに変わり者。変人だが、その力はかなり強い。


「聖天にも引けを取らないぜ。あの人は」


 そう、ふわふわとした掴み所のない男だが

 夜兎は、聖天の称号を持つこの国最強の霊能力者達と並んでもその実力に引けを取らない。と木蓮は考えていた。


「聖天……つて。まぁ、でもあんたが言うなら相当なのね。」


「あぁ。だからアンタは全力で逃げることだけ考えろ」


 ここで二人であの人の相手をするのは悪手だ。

 まず、勝てる見込みがない。


「俺が時間を稼ぐ。……と言ってもこのSPOじゃたかが知れてんだけどな」


 だからと言って木蓮が、ハズキの逃げるきれる時間をどれくらい稼げるかは分からない。

 如何せん、木蓮の今持っている右手人差し指に嵌める指輪型のSPO装置では使える術式がたかが知れている。


「せめて、がこの手に有ればよかったんだが……」


 と望んでしまうが、今はそう考えても仕方がない。


「逃げろって……アンタはどうすんのよ?」


「俺はアンタが逃げ切れるだけの時間を稼いだら即離脱するさ。

 そうしたら、また何処かで落ち合おう。」


 そうして、ハズキは「……そう。分かったわ」と頷く。


「それで、どのタイミングで始めるつもり?」


「そうだな……でも、その前にこれを待ってろ。」


 木蓮は、そう言ってペンギンのキーホルダーを手渡した。ハズキは「なによ、このペンギン?」と怪訝な表情を浮かべる。


「もし別れて後で合流出来なかったら困るだろ?

 それを持ってれば、俺がアンタを見つけることが出来る。」



「こんなペンギンで?」と信じられないような反応をするが、


「よく分からないけど、役に立つなら貰っておくわ」


 とハズキはペンギンをポケットにしまい「合流出来きず、アンタに仕返しできなくなるのは困るものね」と言葉を吐いた。


「それと、アタシからも一つ助言をしておくわ。

 アンズには決して攻撃を仕掛けちゃダメよ。」


「どうしてだ? 明らかに弱そうじゃん。

 あの子狙えば揺動にもなるのに」


 アンズを狙おうとしていた木蓮は、ハズキの助言に疑問を程する。

 アンズを狙えさえすれば夜兎はアンズを庇い、夜兎の行動を制限出来ると考えていた為だ。。

 そんな木蓮に「弱……って、あんたね……!

 アンズは凄く優秀で賢い子なんだから!」と不満気な表情でハズキは反論する。


「アンズは特異体質で、少し先の未来が見えるのよ。」


「未来だと? んな馬鹿な」


 突拍子もない話に信じられないと木蓮は表情を浮かべる。

 いくら、霊能力者が超常的な力を持っているとしても、それはあくまで科学的技術の範囲内。

 未来を見通せる能力など、それこそ人知を超え存在だ。


「本当よ。だから、さっきもあの子だけがアンタの術式の危険性に即座に気づいた。」


 真っ直ぐな瞳で木蓮を映すハズキに「あー。言われてみれば」と木蓮は思い出しながら頷く。

 性格上、ハズキが嘘をつくとは思えず、そのような者が居ないとも確かに否定できない。


「視えたモノが、数秒先か数日先に起こるのかは、あの子自身定かではないけど。

 それでもあの子に危機が迫ると、その瞳に少し先の未来が映る。」


 その見えた未来がいつなのかはアンズ自身も分からないが、周りの状況と風景を見ればある程度は理解できると言うことなんだろう。


「それは、意識的にも無意識的にもよ。」


 意識的にも? 無意識的にも?


「あの子が危険だと感じれば、瞳は未来を映すし

 あの子が意識的に気付かなくとも、危険な未来が降りかかるのならば、その瞳は勝手に未来を映すわ。」


 攻撃を仕掛ければ、危機を悟ったアンズはその未来を視る。

 それが攻撃だと気付かなくとも、アンズ自身に危機が迫るのならアンズの瞳に未来が映ると。

 もし仮に、闇討ちや暗殺をしようとしたとしても即バレってことだ。


「だから、アンズに攻撃を仕掛けることは未来の予知に繋がるの。

 アタシがこの場から逃げようとしていることもバレてしまうかも知れないわ。」


「仕方ない。久々に夜兎さんとマジに闘うか……」


 アンズ狙い作戦を封じられた木蓮は仕方なく、夜兎と闘うことを決意した。


「いいのかい? 

 木蓮くんの敗戦数が4桁目に突入してしまうよ?」


「なに言ってんすか? 

 今日で1000戦999敗1分けっすよ。」


 この戦いに勝利も敗北もない。

 ハズキを流して即離脱。

 考えるはどれだけ時間を稼げるかと、どうやって退路を確保するかだ。


「この僕と引き分けかぁ。」


 楽し気な笑みを浮かべる夜兎に、


「はい。だから、一言だけ言わせてください。」


「なんだい?」


 木蓮は真剣な表情でお願いした。


「全力で手加減お願いします。」


 ――――と。

「ハハハっ。手加減ね。」そう夜兎は、面白可笑しく笑みを浮かべて笑う。


「安心なよ。今の木蓮くんと闘うからって僕がいくら手を抜こうがキミと引き分けるほど力は拮抗しないから」


 いくら手加減しようが、木蓮には引け分けたりなんかしないと言うのか。

 そんな夜兎に「そんな宣言されて安心できるとでも?」と木蓮は不安な表情でに問うが――――


「うん。安心して負けなよ」


 返ってきたのは、その言葉とその笑顔。

 そんな夜兎に横にいたアンズは「夜兎さん?」と物申すような目で見つめる。

 夜兎は「分かっていますよ。」とだけ吹き、木蓮を見据えた。


 そして木蓮は――――


「いいか? 

 俺が術式を発動したのと同時に全力で後方へ走れ。」


 夜兎に視界を向け警戒をしつつ後ろいるハズキに小声でそう発した。


「分かったわ。 それで、その後は?」


「あとはなんだって良い。

 どうにかしてこの場から離れろ。それだけだ。」


 逃げた後の作戦なんてない。

 今は逃げる、ただそれだけだ。

 そしてハズキは「……そう」とだけ小さく頷いた。


 ここから1000戦目の木蓮と夜兎の戦いが始まる。


「じゃあ行くぜぃ、夜兎さん」


「どこからでも、どうぞ。」


 木蓮は自身の霊力オーラを練り込めて――――


雷術一式らいじゅついっしき 雷流地波放エレキウェーブ


 立つその両足から、強力な電気が地面へと流れ込む。

 その電気は波のように広がり、地を割って抉り、周囲の建物の外壁にも亀裂を入れた。

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