第4話 他の誰かに私はなりたい
行き交う多くの人混みに紛れながら、カラオケ店へと向かっていた。
場所なんて分からないハズキは、ただ木蓮の後をついて行く。
けれどそんな中、街中に張られたハズキを捕まえるための包囲網は何処からともなく、二人を見つけた。
「南通りにて、センター街方面へ進行中。」
男は建物の影から二人を監視し無線で他の者へと伝える。
「了解。決して、尾行を気取られるな」
「周辺に居る者達を集め、隙を見て捕縛しますか?」
「……いや、周辺を固めるだけでいい。
周囲には多くの人の目がある。軽率な行動は控えろ。」
「了解。では、このまま追跡します。」
知らぬ所で、二人を見つけた黒服の者達が連絡を取り合う中。
少し先を歩く木蓮が、唐突にハズキへ言葉を投げかける。
「おい、次の角曲るぞ。」
「どーゆーこと? アンタさっきこの道真っ直ぐって言っていたじゃない。」
「いいから。」
そう言って強引に木蓮はハズキの腕を掴み、メインストリートから逸れる脇道へと入った。
その時、二人を追う男の視界は行き交う人々の姿が死角となり突如として二人が消えたように映る。
「走るぞ」
そして、木蓮は角を曲がった所でまたも唐突に走り出した。
「…………!」
でもその真剣な表情にハズキも悟ったのか、何も言わずに木蓮の指示に従って走り出した。
「クッソ……! 何処行った……!?」
二人を見失った男は直ぐに、二人が姿を消した曲がり角の周辺に来るも、そこは既に二人が走り去った後だった。
そうして、上手く監視する男を撒いた二人は何とかカラオケ店へと赴く。
「いらっしゃいませ。高校生、お二人様ですか?」
そのカウンターの女性に聞かれた問いに木蓮は頷くと、横に居たハズキを疑うような眼差しで見つめた。
「はい。……ってアンタ、高校生か?」
その整った容姿と長く美しい銀髪の所為か。
大人びた容姿。大学生と言われてもなんら遜色はない。
「何言ってんのよ。 歴としたJKよ!」
けれど少女は、自身を女子高生だと豪語した。
「だそうなので高校生二人っす。」
そうして、木蓮はカウンターの女性に二人が高校生である事を伝える。
「では、学生証の提示をお願いします。」
「はい。これ」
木蓮があっさりと財布から学生証を提出する横で、
「…………!?」
ハズキは動揺した表情を浮かべ、その光景に慌てふためいていた。
(どうしよう……! アタシそんなもの持ってないわよ……!?)
「ほら、早くアンタも出しな」
固まるハズキに、木蓮はそう声をかけるが「……いもの」と聞き取れない小声が返ってくる。
「ん?」
「ないもの……!」
「なにがだ?」
「それよ……! アンタが出したやつ!
そんな物、アタシ持ってないのよ!」
悲しく嘆いているのか、怒っているのか、よく分からないハズキに「なにをそんな、ムキになってんだ?」と木蓮は困惑の表情を浮かべる。
するとハズキは今度はモジモジとしながら、
「だって……。それ無いとアタシ、ここ入れないんじゃ……?」
と、不安そうに表情を浮かべる。
「はぁ――」
とハズキのそんな様子にに木蓮は呆れ顔を浮かべる。
すると、カウンターの女性はハズキに優しく声を掛けた。
「大丈夫ですよ。学生割引は出来ませんが、一般のお客様としてご来店頂けます。」
その天の声とも言える言葉に
「えぇ……!? ホント!?」
と驚き、嬉しそうにハズキはカウンターに身を乗り出して女性に迫った。
「はい」
微笑み答えるカウンターの女性。
「ねー! 聞いた!? アンタも聞いたわよね!
あたしもカラオケ入れるって!」
そう言って歓喜し木蓮にも伝えるが、木蓮は何故か呆れたような表情を浮かべていた。
そうして、先ハズキはJKブランドを行使出来なかったが、漸く二人はカラオケボックスに入ることが出来た。
「それでは、23番のお部屋へどうぞ。」
廊下を通りながら、部屋の中の声が漏れでていたその声に「下手くそね」と耳押さえながらハズキは歩く。
指定された部屋の前へと着くとハズキは勢いよく扉を開けた。
「これがカラオケね!」
部屋の中には、一つのモニターがあり紹介としてモニターに映し出される、そのアーティストと流れる音楽はどれもハズキの知らないもの。
「おおー!」
と驚くハズキにとって全てが新鮮だった。
ただ、一つ気になったのは
「……でも狭いわね、この部屋」
部屋の狭さだった。
――――二人は椅子へと座る。
「……それで、歌んだよな?」
横に座る木蓮はどこか緊張している様子だった。
「当たり前でしょ」とハズキは答え「だよな」と木蓮は頷く。
そして、木蓮は
(やべぇ、緊張してきた……。
つうか、これデートか? デートだよな……?)
と心の中で今のこの状況を冷静に分析していた。
するとその時 ハズキの視界に、ふとある物が目に映る。
「アンタ、それなによ?」
ハズキが指をさして木蓮に問うそれは、紙で出来たコップに入った黒くてシュワシュワと気泡を出す得体の知れない液体。
「何ってコーラだけど?」
そう言って木蓮はその得体の知れない液体を、ゴクゴクと飲み始めた。
興味の惹かれたハズキは木蓮が飲むその姿をじーっと見ていると「飲むか?」と木蓮がコップを差し出した。
「……貰うわ。」
少し戸惑ったハズキだが、興味が惹かれるそれに自身の好奇心は抗えずコップを受け取る。
そして、ハズキははゆっくりと口をつけ――――……
(間接キス……)
ようと、思ったが
「やっぱり、いいわ!」
と木蓮に突き返した。
「ええ!?」
何故かと言えば、卑猥な視線と疾しい心内が横の奴から聴こえた気がしたからだ。
「アンタそれ、何処からもってきたわけ?」
「……外のドリンクバーだが?」
在処を聞くが「ドリンクバー? 何よそれ」と肝心のドリンクバーが分からない。
「好きなドリンクを勝手に注いで飲んでいいやつ」
「そう。それは何処にあるのかしら?」
「扉出て左に行けばあるぞ。」
――――と言うことで、ドリンクバーと言う物の所に来たハズキだが、いまいちどうすれば良いのか分からずにいた……。
「……コップはこれでいいのよね?」
紙で出来たコップを手にとり、見慣れぬ機械の前で困惑を浮かべる。
「ボタンがたくさん……。」
十数種類のボタンがあり、
「ジュースコーナーとカフェコーナー??」
尚且つ機械が二つ。
上部に書かれた「ジュースコーナー」と「カフェコーナの記載に戸惑うも、
「……多分、あいつのはジュースよね」
右側の『ジュースコーナー』と書かれた機械の方を選択した。
しかし、ここからが問題。
「ボタンを押すのよね……?
一体、どれを押せば……?」
正直、ボタンを押すべきかも分からないハズキに数あるボタンの中からどれを押せば良いのか、なんて到底分かる筈もない。
「うーん……」と数分間、その機械と睨めっこしていると、突如後ろから声をかけられた。
「遅いと思って来てみれば、なにやってんだ……あんた?」
痺れを切らして、ハズキの様子を見に来た木蓮だった。
「ぅるっさいわね! どうすれば良いのか、わかんないのよ!」
そう言うハズキに「なんだ、そんなことかい」と言い木蓮は自分の空になった紙のコップを機械の元へと置く。
「こうやんでい。」
そのボタンを木蓮が押した時、注ぎ口から黒い液体が流れ出た。
それは気泡がしゅわしゅわと弾け、正にハズキが興味を惹かれた飲み物。
「ふ、ふーん……。 なによ、簡単じゃない……!」
一連の動作を見ていたハズキは見様見真似で、紙のコップを機械の元へと置いた。
そして、木蓮が押していたボタンを押す。
「……あれ?」
けれど、その黒い液体はアタシのコップに流れ出ることはなく別の注ぎ口から流れ出てきたのだ。
「残念、その一つ横だ」
「…………!」
後ろで笑いを含んだ言い方をする木蓮を、ハズキは無視して、無言でコップをずらしもう一度ボタンを押した。
すると、今度はコップの中へと黒い液体を注ぐことに成功。
「いくわよ!」
そうして無事、黒い得体の知れない液体を手に入れると、一目散にハズキは23番の部屋へと戻って行った
黒い液体の中をしゅわしゅわと弾ける気泡。
ゴクリッと唾を飲み込み、いざ相対する。
ゆっくりと、口元へと持って行き口内へと含んだ。
「ん!?」
舌の上で気泡が弾け、そのまましゅわしゅわが喉を通過する。
「なにこれ……!?」
パチパチとした感覚が通過後、喉元に残るが苦ではない。むしろ、二口目を欲していたわ。
でも、そんなに勢いよく飲める物ではなくゆっくりと二口目、三口目と口へ含み飲んでいく。
「コーラが気に入ったのなら何よりだ」
微笑む木蓮に、
初めて飲んだけれど、この感覚が少し癖になる。
味は可もなく不可もなくという感じで、取り分け評価は「ま、まぁまぁね……!」とハズキは語る。
「それより早く、アンタ歌いなさいよ!」
なんだか少しむず痒く感じたハズキは、近くにあったマイクを取って木蓮に手渡した。
「……ちょっとまってろ」
マイクを受け取ると木蓮はモニター前に置かれた薄い端末を手に取り、何やら操作を始める。
――――♪♪♪
すると、曲が流れ始め、
その時、木蓮は「あんま、期待すんなよ?」と恥ずかしそうにしながら、少し緊張を浮かべていた。
「大丈夫よ。期待はしていないもの。」
「……それはそれでどうなんだ。」
そうして、モニターに流れ出る歌詞を木蓮は歌いあげていく。
その歌声はお世辞でも決して上手いとは言えない。
それでも、不思議とハズキの心は高揚していた。
見慣れぬ景色に知らない場所、知らない飲み物に知らない歌。香る部屋の匂い、目に映る映像、耳にする音楽、飲むコーラと喉を通る感覚。
ハズキの周り全てが、未知で溢れていた。
木蓮が歌う「ドッペルゲンガー」とか言うアーティストの……タイトルは忘れてしまったが、その流れる歌詞の
《誰かと一緒に想いのままに何かをする》
と言う言葉が「自由」っていうことなのかも知れない。――――と、今いるこの状況に照らし合わせて、そう感じられたことが、想えたことがハズキにとって少し嬉しかった。
《知らない世界を知りたい。知らない場所へ行きたい》
どうも、この曲にはシンパシーを感じる。
その歌詞の通り、普通の世界の人がハズキの生きる世界を知らないよに、ハズキも普通の世界を知らない。
だから、知らないものに惹かれてしまう。
《何でもできる横断歩道の向こう側にいる貴方に、私はなりたい》
幾つもの縛りがあるハズキは、街行く人々の通りすがる
《貴方が私であるならと、私が貴方であるなと、そう想ってしまう》
もし、この人生を歩むのが自分ではなかったらと、
《それでも私は私で、貴方は貴方。》
それでも、自分は自分。誰かと言う他人は他人のまま。何も変わらない。
《心の私に正直でありたくても、現実はそれを許さない》
自由に出歩けば、
でも、それは仕方のないこと。
分かってる。分かってるけど――――
《どれだけ、そう生きられたらと願っただろうか。》
その歌詞はまるで、ハズキの気持ちを代弁してくれているのかと、さえ思えた。
「……どう、だった?」
歌が終わり、木蓮は緊張な面持ちでハズキに聞いた。
「歌は下手くそね。でも――――」
答えは即答。
でも、気づけばハズキはドッペルゲンガーと言う者達の歌詞に魅了されていた。
「好きよ。この歌。」
そのハズキの言葉に「だろ!」と木蓮は嬉しそうに頷き笑う。
2秒前まで「下手くそね。」と言われ表情を落としていたのに面白いくらいの変わりようだ。
「うふふ。」
と笑えてしまう。
それから二人は1時間程度、カラオケを思う存分満喫した。
そしてまた、ハズキのやりたいことを求めて次の場所へと外の街へと駆り出す。
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