第3話 知らない場所へ、焦がれる想いを
夏の長い陽も既に落ち、辺りはすっかり夜を迎える。
暗い夜道を光で照らす街灯の下、そこに人の影が落ちた。
「おいおい。またかい。」
「まったく、しつこいわね!」
ハズキは不機嫌に表情を歪ませ、木蓮は困り顔を浮かべて周囲に目を向ける。
(前に3人 背後に2人 右に2人。 7人か。)
T字路のほぼ中心に立つ木蓮とハズキを道の3箇所から、囲むように立つ黒服スーツの集団。
「――――にて、報告通り発見しました。
十代半ばと思われる少年も一緒です。
はい。地面に倒れている所を見ると、二人は既に意識を失っているかと。
はい。では、迅速に捕縛いたします。」
一人の黒服の男が居場所と状況を何者かに伝え通話を切ると、黒服達は息を合わせたかのように全員が同時に歩みを進めた。
前後と右。T字路のこの場所は行き場を失い絶たれてしまう。
故に、新たな道を作るしかなかった。
「はぁ――……」
木蓮は大きく溜息を吐き「……ハズキ、目瞑ってろ。」と横にいたハズキに小声で告る。
「……いきなりなんなのよ?」
戸惑うハズキに「いいから言う通りにしろ。」と再度念押しして――――
「
そう木蓮が唱えた、その瞬間、電気の迸る音と共に辺りを眩い閃光が覆った。
「なに……!?」
「なんだこの光は……!?」
黒服の者達はその眩い光に顔を逸らし、迸る電気は周囲の街灯を全て破壊した。
突如として目を襲った閃光に、灯りを無くし訪れた暗闇。黒服の者達は視界を失ったもの同然だった。
「ギャアアア……! 目がぁああ!!!」
しかし、その場に響き渡ったのはハズキの悲鳴。
そうハズキは、木蓮の忠告を無視して目を開けてしまっていた。
案の定、ハズキの視界を眩い光が襲いハズキは辛そうに目を抑えている。
「……おい。目を瞑れっていったよな?」
「仕方ないじゃない……!」
(アンタが目を瞑れって言うから、
てっきり何か隠し事しようとしてるんじゃないかって思ったのよ……!)
どうやら、疑り深いハズキの思惑が裏目に出てしまったよう。 そんなハズキは目の淵から涙を垂らし、苛立ちながら少し後悔を浮かべている。
「まぁいいさ。少し我慢しろ。――――よっと」
これは、致し方の無いことだ。
躊躇う気持ちもあるが、これが最善だと言える。と木蓮はと心に諭しながら――――
依頼遂行のために。――――と街灯の失った暗闇の中で、木蓮は静かにハズキを抱き上げた。
「な、な、な、な、な、何すんのよ……!?
おろせ……! 降ろしなさい!」
眩い光に襲われた視界中で、突如として身体を抱き上げられたハズキの顔に動揺が浮かぶ。
この時、木蓮はこの闇夜の中で平然を装い何食わぬ顔で、ハズキをお姫様抱っこしていた。
ですが正味、心の中では恥ずかしく思っていだのでしょう。そんな木蓮の頬は少し赤くなっている。
「え!?」
「な、何が起きてる!?」
「は、早く捕まえろ!?」
光で視界を遮られた直後に、一瞬にして暗闇になったため何も見えない状況下。そして、そんな暗闇の中で聴こえる少女の抵抗する声に、黒服達は動揺を見せていた。
そうして今、ハズキはと言うと苛立った様子で暴れている。恥ずかしさよりも、その行為に腹立たしく思っているのでしょう。
「調子のるんじゃないわよ……!」と目を瞑りながら木蓮を睨んだ。
「暴れんなよな。すぐ、降ろしてやるから。
……あ、少しだけビリっとくるぞ」
「はぁ!? アンタ一体何する気よ……!?」
ハズキが動揺を浮かべた、その直後 木蓮はすぐ脇の建物の外壁を蹴り上げ、そしてあっという間に3、4回のジャンプで屋上へと駆け上がる。
――――1分後。
夜目に慣れた黒服達は少年少女二人の姿がもう既にそこにはない無いことに気づき
「クッ……! 逃げられた……!
一体、何者だ あの少年は……!?」
謎の少年に黒服の男は、苦い表情を浮かべた。
***
「いつまでやってんのよ……!」
いくつかの建物を飛び越え、木蓮は黒服達から距離を取るそんな中、いい加減痺れを切らし始めたハズキの眉間には今にも噴火しそうな怒りと共にシワが寄り始めている。
「ここまで来れば、大丈夫だろう。」
(人も多い、奴らも簡単には手を出せない筈だ)
木蓮はハズキを優しく降ろし、街の中心部とある駅の駅ビル屋上へと降り立つ。
下を見れば多くの人々と車が行き交い、常に周囲の目に晒された場所。
目立つ事を避けるのならば、追う黒服達も簡単に手は出せないと踏んだ。
「目、大丈夫か?」
「平気よ……!
そんなことよりアンタ、使ったわね!
このアタシの前で霊能力使ったわね!?」
ハズキは問い詰めるように、異様に迫り確認するよう問う。
だから何だと言うだという表情を浮かべながら「あぁ、使ったな」と木蓮が答えると、ハズキの眉がピキッと動いた。
「あぁ、使ったな。 じゃないわよ!
アンタやっぱり霊能力者だったんじゃない……!」
「やっぱりも何も、霊能力じゃないとは一度も言ってないけどな」
ただの一度も、霊能力であると否定していない木蓮は、何を勘違いしているんだと困り顔を浮かべるが、木蓮が誑かしていたと思っているハズキの表情には苛立ちが浮かんでいる。
「でも、そんなことはどうでも良いのよ!」
と思ったがどうやら違うよう。
(どうでもいいのかい)と木蓮は心の中でツッコミを入れる。
「アンタさっき、あれだけ人に『街中で霊能力使うな』ってお説教しておいて、自分は霊能力使ってるじゃない!
どーゆうことよ! ちゃっっっんと、説明しなさい!?」
納得いかない様子で顔を近づけ、ハズキの碧い瞳が木蓮の眉間を貫く。
(やけに溜めるな)と「っ」の長さに驚きつつ木蓮は答えた。
「仕方ないだろ。状況が状況だ。
それに、俺は『やりすぎだ』と言っただけで使うなとは一言も言ってない。
まぁ、臨機応変に対応しないとな。頭硬いのは損だぜ?」
塞がれた逃げ道。誰かを警護する上で戦うには多すぎる敵の数。それらの状況を鑑みて下した結論であるから仕方なのないことだ。と木蓮は言う。
けれど、その余りに開き直ったような態度且つ小馬鹿にするような態度にハズキは苛立ちを覚えずにはいられない。
「あんたね……舐めてるわね、アタシのこと……!
いいわ、もう怒った!」
眉間にシワを寄せ身体を震わせる。
(さっきまでのは、怒ってなかったか?)と疑問を呈してたい所でしたが、木蓮は言うのを控えた。
だから木蓮は何も言わず、その後のハズキが語ろうとする言葉を身構え待った。
「いーい! これから先、アタシがどこ行こうがアンタは異論を唱えることなく絶対に付いてくること!
臨機応変に対応できるんよね!?
だったらどんな場所でもアタシを護ってみせなさいよ!」
少し焼けなハズキに「はぁ――……」と困り顔を浮かべ大きく溜息を吐きますが、
「分かった、わかった。
それで、どこ行くんだ?」
依頼主がそれを求めるなら従うしか他にない。と木蓮はそれを受け入れる。
「いーの!?」
その時、ハズキの表情が可愛らしくパーっと明るくなり、その姿にどこか心を打たれた木蓮の頬は少し赤みを現す。
そうして、嬉しそうにハズキは自分の想いを語るのだ。
「ホントにいいの!? なら、カフェよ! アタシ一度は行ってみたかったのよ、そう言う庶民的なところに!」
感情も表情もコロコロと変わり起伏も激しくて分かりやすい、でもそんな彼女の一面にこんな素敵な笑顔と嬉しそうな表情があったなんて
(何だ、コイツ。こんな顔もできんのかよ)――
と木蓮は微笑みを見せた。
「それじゃあ、行こうか。」
そう言って、木蓮は手を差し伸す。
「なによ? またあんなことする気……?」
ハズキの顔に怪訝な表情が浮かぶ。
「あんなこと」とは、お姫様抱っこを指しているのだと思ったのだろう。
「いいや、手を握って。それだけでいい」
「そう……」
それでも、どこか納得のいかない様子のハズキだったが、お姫様抱っこされるよりも幾分かマシだと、ゆっくりとその手を取った。
そして――――、
「行くこうか。」
「わかったわよ。」
木蓮はハズキの握った手を引っ張って走り出し、そのまま二人は地上150メートルのビルの高さから飛び降りる――。
―――― 一瞬の光景。
地上150メートルから降下する、その時間は数秒とあっという間。
「うわー! 綺麗」
けれど、その夜景は瞳に繊細に焼き付く程に美しく綺麗。
車のライト、ネオンの灯、家庭の明かり、ハズキのその瞳には全てが色鮮やかで輝いて視えていた。
「
着地の瞬間、木蓮の唱えた霊能力の術式により地面と体が反発し足元30センチのところで、ふわりと宙に停止。そして、ゆっくりと足を地面へと着つけた。
周囲の人々は、突然現れたそんな二人に驚いている様子。
その光景に「アンタ、捕まるわよ?」と呆れたようにハズキは語り「俺は大丈夫」と木蓮は何食わぬ顔で返した。
そんな木蓮に(こいつ、アホね)とハズキが思ったのは秘密の話……。
ハズキは握られた手を離し、少し歩いた先で振り返ると木蓮に言葉を発した。
「それよりアンタの霊能力って便利よね。
街中をこんな自由に駆け回れるんだから。」
そう語るハズキの横顔はどこか儚げで寂しさを感させる。
「適性は
得意術式は
これまでの経緯から推測し確認するように問うハズキに「まぁ、そんな感じだ」と木蓮は軽く頷く。
説明すれば、霊能力術式には四つの型がある。
それは、属性型・付加型・干渉型・構築型。
属性型は、火・水・風・土などの自然的発生物をさし、
付加型は、身体機能や能力、物質の硬度や性質などを付与または変質を加える事をさす。
干渉型は、精神や感情・欲望に干渉し影響を与えること、または人や物、能力・術式に干渉することをさし、
構築型は、物質などの創造や存在する物質を新たな物質へ構築変換することをさす。
「驚異的な身体能力に、属性型最強クラスの万能能力である雷術。
それを二式――――いいえ、その
そう語りハズキが思い出すのは木蓮がビルや建物の上を軽々と飛び越え、街中を移動していたこと。
ハズキの見解では、何かしらの雷術式を行使し、自身の推進力に変化させた電気を足元などの各部から放出して移動していたであろうと言う考えだった。
それは雷系統術式に存在する数段階に別れた術式の内で五段階目までの五式の術式に該当するもの。
故にハズキは木蓮が五式まで使用できると推理し、そしてこれは、ハズキの反応から理解できるように雷術系統の能力は強力な上、同年代の霊能力者と比べて木蓮はかなり秀でている、尚且つ通常の状態で驚異的な身体能力を持つ木蓮は異常だと言わざる終えなかったのだろう。
「ん? 五式……。あー」
一瞬、考え込むよう表情をする木蓮だったがハズキの自身に対する考えを悟ると、成る程と木蓮は頷いた。
「一体、何者なのかしら?」
ハズキは疑いと疑問を呈するような眼差しで木蓮を見つめるが、
「って言ってもアンタはどうせまた、普通の高校生だとか便利屋がどうだとか言うんでしょうけど。
まぁいいわ。さっさとカフェに行きましょう。」
深く追及しようとはせず、諦めたようにそう言い放つと、スタスタと歩き行ってしまう。
そんな前を歩くハズキの後ろ姿に
「何者って言われてもな……。」
と困り果てたように木蓮は溜息をつくのだ。
木蓮自身、それ以外に答えようがないと考えていたのだろう。
金木犀でバイトをしている事を除けば霊能力が使える一介のただの高校生だと思っているのだから。
「19時か。」
街中の建物の側面に設置された大きなビジョンの隅に映る時刻を確認すると、木蓮はハズキの後を追うように歩き出す。
***
勉強をする学生、pcを開き作業をしている者、楽しくお喋りをしている人々、仕事の話をするサラリーマンやOL。お店自慢のデザートをお目当てに来た女性達。
カフェの中には様々な人が多くいる。
そんな中でハズキは――――
「うん。不味いわね。」
コーヒーを口に入れ一息つくと、遠慮なくそう言葉を言い放つ。
しかし、「不味い」と語ったハズキだったけれど、何故かその表情は不味いものを飲んだと思えないほど嬉しそうに微笑んでいた。
(不味いのか……? 全くわからん)
コーヒーの違いなど判りはしない木蓮は、味にもハズキの表情にも不思議そうに表情を浮かべる。
するとハズキは唐突に突拍子もない問いを投げ掛けた。
「ねぇ、アンタは普段どんな風に生きているの?」
「……どんな風?」
――――どんな風に生きているの?
ハズキのその問いに戸惑い怪訝な表情を浮かべた。
「そう。例えば朝起きて何するとか、お昼はどこへ出かけようとか、趣味とか習い事とか。学校とか。」
何故か、語るハズキのその表情はどこか寂しそうで儚く感じさせた。
「……何って普通だぞ。
朝起きてバーさんが作った飯食って、予定とか何もなければ昼は寝てる。」
「ふーん。怠惰ね。」
「今は学校が夏休みなんだい……。
まぁ、依頼とかあれば金木犀に行くんだけどな。
なければ、そうだな……。」
と少し考えると、ありきたりで一般的な事を語り出した。
「要もないけど買い物にでかけたり、
観たい映画があれば映画館へいったり、
歌いたい気分ならカラオケ行く、ボーリングしたいなと思えばボーリング場に行く。
興味があれば話題の飲食店に食べに行ったりとか、まぁ、俺は歌聴くのが好きだからCDショップ廻りなんかもするなぁ。」
木蓮が語る事など、極普通の誰しもが日々を過ごしていく中で行ってきたこと、やってきたこと。
それでもハズキは、そんな木蓮の日常に少し羨ましそうに表情を浮かべてしまう。
「どんな歌聴くの?」
「そうだな、最近は
『ずっと真昼間だとダメだ』とか『痰奇』・『rir』・『なゆみ』・『海音』・『吸達麻』・『
でも、一推しは『ドッペルゲンガー』だな!」
全てが聞き慣れない、歌手やアーティスト。
それでも、ハズキには一般が知るそれを知れたことが少し嬉しく思え、ただの何でもない木蓮との会話が少し心地良く感じていた。
「ふーん。
そのドッペルゲンガーってやつはどこが良いのよ?」
「そうだな。女性バンドなんだが、みんな可愛い。」
「呆れた。アンタ、顔で選んでるわけ?」
「いや、でもまぁ……それもないこともないんだが、何より歌詞がいい」
呆れ顔を浮かべるハズキに、否定する事はせず別の惹かれる所を木蓮は熱を込めて語る。
「ドッペルゲンガーってバンド名の通り、もう一人の自分ってのを歌詞の中で描くことが多いんだ。
「もしこうだったら」とか「こうあってもいい」とか「自分の中に別の自分がいる」とか「あの人は別の私だ」とか、哲学的で叙情詩的な感じが心にグッときて考えさせられる。」
「よくわかないけど、アンタがすっごく好きだったことは分かったわ。」
「だろ? 今度、CD貸すから聞いてみろよ」
熱烈に語り嬉しそうな表情を浮かべる木蓮。
そして、ハズキにもその良さを知って貰いたいと思ってしまった心理は必然と布教と言う行為を選択してまうのだが――――、
「要らないわ。」
と一蹴され、拒否されてしまった。
「なんだよ。」と少し拗ねたように木蓮はコーヒーを口に入れると、ハズキは、「これから聴くもの。」と加えるように答えた。
「は?」
その時、木蓮の顔に困惑が浮かぶ。
「これからアタシが聴きに行くのよ。」
「どこにだよ?」
CDショップか? と思いつつもそう問う木蓮だったが答えは予想外――――。
「カラオケよ。アタシ行ったことないのよ。
だから、楽しみだわ。」
その答えに、一つの疑惑が浮かんだ。
カラオケで聴くとなれば、当然誰かが歌わなければならない。では、誰が?と
「もしかして、俺が歌うのか?」
「当たり前じゃない。アンタ以外に誰が歌うって言うの?」
それも当然かと思いつつ、木蓮は周囲を見渡した。
横の席にも誰も居ない。ハズキの視界に映るのは自分で、その後ろにも誰も居ない。
そして木蓮は、「うん。俺しかいないな」と理解しているが尚のこと理解するように頷くのだ。
「じゃあ、そうと決まれば早速いくわよ」
そう言ってハズキは、直ぐに席を立ち、残されたハズキのコーヒーカップの中には、最初の一口目以降口をつけていないコーヒーが殆ど残っている。
余程口に合わなかったのか。と思いつつ木蓮は自分のコーヒーを急いで飲み干し「少しは待て」と愚痴を溢してハズキの後を追うのだ。
《――――因みに会計は全部ハズキ持ち》
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