第2話 依頼と契約


 ――――現代

 先の時代にて存在を否定されてきた超能力が事実上存在する。

 それらは【霊能力】と呼ばれ、その時代における対人・対軍・対国同士の争い、戦闘を大きく根本的にひっくり返した。

 先の時代において、対人における戦闘に対し銃は最も有効な手段の一つと考えてられていたが、

 今日こんにちその事実はもう無い。

 彼らは、一個人で剣銃武装する兵士一個小隊の力を持ち、中には国家戦力を誇る力を一個人で持ち得る者も存在する時代。

 彼らは、SPO (Soul Phenomenon Occurrence)装置を駆使して無い場所から新たなモノを生み出し、存在する物体、物質を変化・改変させる力、又はそれらを操り操作する力を行使する。

 ――超常の力、それをその身に体現した者達――

 それが、【霊能力者】だ。


 


 ――――プルルル、プルルル、プルルル。

 数度、電話を掛けるが繋がらない。


「なにやってんだ? 木蓮は……」


 金木犀の事務所にて無精髭を生やした和服姿のその男が繋がらない電話に困り顔を浮かべる。

 ――――プルルル、プルルル、プルルル

 そして、男は次なる相手へと電話を掛けた。


「はい、もしもし。」


「あ、夜兎やとか?」


 電話の相手は黒のパンツに黒いライダース姿の白髪。夜兎と呼ばれる若い男。年齢は20歳前後と言ったところか。

 空の上、太陽は沈み月が輝く――――月下、夜兎と呼ばれる男は高層ビルの屋上で夜の街を歩く人々、行き交う車を見下ろしている。


「はい。源犀げんさいさん。」


「悪いが木蓮に連絡がつかない。

 今回はお前、一人で頼むわ。依頼主の方も捜索は手伝ってくれるみたいだしな。」


「そうですか。

 ……それで、依頼内容ですが、対象を傷つけずに捕縛すれば良いんですね?」


「そうだ。どんな奴かは送ったメールを見てくれたと思うが……気を付けろよ」


「可愛らしい少女でしたね。」


「……。依頼主も依頼主だ……。」


 源犀から何処か困惑したように困り果てた声が発せられていた。


「夜兎、子供とは言え相手は霊能力者だ。気を抜くな。」


「はい。お任せください。」


「それじゃあ、頼んだぞ。」


 ――――プッー、プッー。

 そうして、通話は切れる。

 夜兎の携帯端末の画面には、対象である少女の写真が映し出され、その下には【銀露地ぎんろじハズキ】と名前も記載されていた。


「なんだか、面白くなりそうな気がするなぁ」


 輝く月下、その言葉と共に夜兎の口元には笑みが浮かぶ。

 そして、視界を阻むものが無い高層ビルの屋上にて夜兎は夜の街へと飛び降りる。


 ***



 (この男、答えない気ね……!?)


 苛立っている少女の眉がピクピクと震えている。


「あたしを舐めてるのかしら……?」


 少女は腕を組み、鋭い目つきと形相で去り行く木蓮の背中を見ていた。


「だから……! 待ちなさいよ!」


 と苛立ったように叫び少女はこの場を立ち去ろうとする木蓮をまたも呼び止める。

「あー……?」と困り顔を浮かべて、木蓮は足を止める。

そうして振り返る木蓮の元へと少女は近づき上目遣いで迫った。


「便利屋かなんか知らないけどね!

 アンタ今! 「困ってる人は見捨てない」って言ったわよね! そう、言ったわよね!?」


指をさしそう語る少女に「お、おう……?」と木蓮は体を逸らして不安そうな表情を浮かべる。


「だったら、あたしを守りなさい!」


唐突なその言葉。

木蓮に「……は? ……え?」と、困惑の上に困惑が重なり困惑の雁字搦めに陥ったような動揺する表情が浮かぶ。


(丁度いいわ! コイツを利用しコイツの正体も暴いてあげる!)


そんな中、少女の心内には企みが浮かんでいる。


「アタシ、今追われているよ。ある奴らに……!」


 少女は度腕を組み、不機嫌に話し出した。


「ホントかよ?」


 偶然出会った少女が、これまた偶然追われていたなんて話、そうそう信じれるものではない。

 漫画やアニメの世界か。なんて疑念を木蓮は抱き疑うように首を傾げた。


「本当よっ! まさかアンタ、信じてないの!? このアタシを!?」


 木蓮は(どのアタシだ。)などと心の中でツッコミをいれ、そんな少女に(まさかも何もアンタの事なんて知らねーし。)と困り顔を浮かべ悩むように俯いた。

 実際、偶然に偶然を重ねたそんな言葉を鵜呑みに出来るはずもない。

だが、本当であるならば助けてあげたいところだ。

しかし、それには相応の対価が発生する。


「あ、あのだな……。俺らも――――……」


と木蓮が語ろうとしたその時――――



「なぁ、あんた……?」


 二人の前に黒服に身を包んだ者達が現れる。

 ビシッと黒のスーツを着る男が前に1人後ろに1人、前後の道を塞ぐ。

 その光景にまさかな、不吉な予感をよぎらせながら木蓮は恐る恐る少女に問うた。


「それで、どんなやつに追われているんだ……?

 特徴を教えてくれよ。」


明らかに、「そうだ」と言える風貌。

この時、木蓮は少女が言っていた事が本当なのだと理解した。


そして、少女は何故か誇らしげに語る。


「そうね。スーツを着ているわ。黒のね。

 そして、アタシのことをずーっと追いかけ回してくる忌々しい奴らよ!」」


 ほらね、本当だったでしょ!と言わんばかりの、少女の言い方に構ってあげる暇もなく、


「あぁ、そうかい。」


 と木蓮は頷いた。

(おいおい……悪の組織感プンプンじゃねーか)と不安な表情を浮かべながら。



「――――にて、発見致しました。

 ですが、十代半ばと見られる見知らぬ少年と一緒です。

 はい、わかりました。即時、捕縛致します。」


 この時、目の前の黒服の男は無線か何かで誰かと通信をしていた。

 そして通信が終わると、息を合わせたかのように前後から同時に少しずつ、ゆっくりと近づく。


「君、そこを退きたまえ。」


 ――――警告か。

 前方の黒服の男は静かに木蓮へと、そう告げる。


「なぁ、アンタ。 

 もし、捕まったらどうなるんだ?」


 その警告に返答も反応も示さず木蓮は横にいた少女に問いを投げかけた。


「そうね。アタシは自由と時間を奪われ、アタシは道具のように扱わられるでしょうね。」


 その言葉に、少女がもし捕まれば酷い目に遭うのだと悟り「そうかい。」と木蓮は小さく頷いた。


そうして、神妙な面持ちで木蓮は彼らに返答をする。


「悪いが、どけそうにねーっすわ。」


  その返答に少し動揺したのか黒服の男達は立ち止まった。

 そして、口を開き答えた。


「そうか。では、せめて何もしないでくれ。」


 前方の黒服の男が言うそれは、手を出すな、ただ傍観していろ、関わるな。と言う暗示だろう。

 しかし、木蓮の答えは――――


「それは聞けねー相談っすね。」

 

 拒否だった。

 そして、今度は木蓮から彼らに警告を告げる。


「アンタらこそ、

 もうそこから、一歩もこっちへは来るな。」


 その瞬間、木蓮の纏う雰囲気が少し変化したような気がした。

 けれど、それは本当に些細なもの。

 気のせいだと言われても、なんら不思議に思わない程だった。

 それでも、ここにいた少女を含め彼らは、些細なその変化に一瞬目を奪われる。


(やっぱりコイツは普通じゃない……!

 今がコイツの正体が知れるチャンスだわ!)

 

 その時、少女は胸の内に抱く企みにチャンスだと待ち侘び。 そして、黒服の男達はその一瞬の感情に戸惑いを感じていた。


 そう、たかが目の前の若く幼い少年に抱いてしまったその感情に。


(なぜ、こんな少年に……!?)


 強者など、人生において幾度となくその目に写し、時に対峙してきた。

 数々の者を目の前にし時に抱いてきたその感情が今、幼い少年に感じてしまった。

 それは、畏れ。自身でさえ、信じられるはずもなかった。

 だが、もう一度見ればその少年に感じた畏れは既に無くどこか陽気な少年に見えた。

 そして、一瞬の物怖じはしたが、黒服達は一歩前へと――――……


「な……!?」


 突如、男の視界から木蓮の姿が消える。


「来るなって言ったでしょう。」


 そして気づけば、すぐ目の前――――否。既に懐へと入られていた。


「一瞬だから、許してくだせー」


 ――――ドン

 巨力な一撃が前方にいた黒服の男の鳩尾みぞおちへと入る。


(いつのまに……!?

 どうゆうこと、アイツの動き……まったく見えなかった……!?)


 少女の顔に驚愕が浮かぶ。

 直ぐ横にいた筈の木蓮が突如として気づけば、15メートル程度離れた先にいた。

 初動の動きすらも悟ることが出来なかった事実に驚愕を覚えずにはいられない。


「ウッ……」


 そして、男は一瞬苦しそうな表情を浮かべるが直後に倒れるように意識を消失した。


「お前――――……!!」


 その光景にもう一人の黒服の男は苛立と困惑を浮かべる。だが、それまた一瞬だった。

 目にも止まらぬ速さでその場で踏み切り、壁の側面を数歩踏む。

 そして瞬く間に男の背後へと木蓮は回り込んだ。

 後に残るのは、微かな足音と風を切る音だけ。


 ――――ドン


 今度は首元へ鋭く手刀を入れていた。

 黒服の男は白目を剥き、その場に崩れるように倒れ込こむ。


(これは、身体系能力向上付加型術式しんたいけいのうりょうくこうじょうふかがたじゅつしき……!?

いつのまにSPOを起動させたの……!?)


 その刹那とも言える数度の光景に驚きつつも、その異常な身体能力に少女は、何らかの霊能力を使っているんだと考えた。


しかし――――


(いいや、違うわ――――……!)


 違った。

 

(あり得ない……。あり得ないわ……!

 アイツの言ってたこと全部本当だって言うの!?

 信じられない……でも、今のアイツは……!)


 そして本当の真実に気づき動揺する少女は、一段落したように溜息をつく木蓮を驚愕の眼差しで見つめていた。


(霊能力を使用していない……。

 だって、術式を使用したようなオーラの残滓が、まったく無いんだもの……!)


 そう、木蓮はSPO装置を起動させ霊能力を行使した様子が一度も無かった。それにもし、少女の気づかないところでSPO装置を起動させていたんだとしても、起動後の霊能力術式発動時、発動後に出るオーラの残滓が辺りに漂うはずである。

 が、その残滓すらも感じ取れなかった。

 この事実は、今までの一連の木蓮の行動が本当に霊能力を使っていない「単純な身体能力」であったと言う真実に違い無いのだ。


(あり得ない、有り得ないわ……!

 今のが全部、ただのアイツの身体能力だっていうの……!?)


 それが本当の真実であると悟りながらも、納得のいかない少女は、酷く睨みを利かせた眼で木蓮を凝視した。

 そんな中、木蓮は「あのな、さっきの話の続きなんだが……」と何事も無かったかのように平然と会話を始める。


「まぁ、見た限りじゃあ色々と大変そうだな。アンタも。

 でもな、言いにくいんだがボランティアでやっている訳じゃねーんだ。 だからな……その……」


 いくら、「困っている人は見捨てない!」をモットーに便利屋で人助けをしているとは言え、それはあくまで商売だと言うこと。

 それ相応の――――……

 と言いづらそうにする木蓮は言葉を濁す木蓮に


「分かってるわよ! そんなことくらい!」


 と少女は大きく叫んだ。

信じられない事を信じなければならない、モヤモヤとした状況に苛立ちを感じながら少女は、徐にカバンの中から財布を取り出した。

(なんで、怒ってるんだ?)と少女の抱く胸中を知らない木蓮は釈然としない様子。


「はいこれ。今手持ちこれしか無いけど、前金で10万。だめかしら……? 

それと後で……そうね。50万払うわ。」


 財布の中からスッと1万円札10枚を取り出して少女はそれを木蓮に差し出す。


「ご、ご、ご、ご、50万!?

 それにそんな、あっさり10万だと……!」


  その金額に木蓮は驚き動揺し固まる。


「なに? 不満かしら? なら――――……」


「いやいやいや……それで引き受ける……!」


 そうして、あまりの金額に後ろめたさを感じつつも。「これ以上は……」と引き攣った様子で、少女の依頼を引き受けることにした。


「そうなら、良かったわ。」


 頷く少女に、木蓮は焦ったように「取り敢えずそのお金はしまってくれ」と財布の中にお金を収めるよう催促す。


「納得したなら、アタシをしっかり護りなさいよね!」


「あぁ、わかった。それで、聞きたいことがいくつか有るんだが。

 アンタ、アイツらに狙われてんだよな?」


 そう覇気の無い返事をしながら、木蓮は伸びて倒れている黒服達を指差した。


「そうよ。」


「でだ、護るって言ったって、いつまでアンタを護ればいいんだ?」


「そうね。……日の出を迎えるまでかしら。」


 すると少女は少し考え込むと、そう刻を提示した。


「そうかい。だがよ、それまでアンタを護ったとして その後、アンタはどうすんだ? 

 奴らにまた追われるかも知れねーだろ?」


 木蓮の疑問はもっともだった。

 日の出まで少女を護ったとしても、その後に黒服の者達が少女を追ってこないと言う保証はない。それに何故、時刻に「日の出を迎えるまで」を指定したのかが謎だったのだ。


「心配はいらないわ!

 その時間まで逃げ切れば、アタシの勝ちなのよ!」


 その少女の返答に(逃げ切る?? 勝ち??)と首を木蓮は首を傾げた。

 けれど、木蓮は少女がそう言うのだからとそれ以上は深くは聴こうとはしない。


「……まぁ、いっか」


 と言うより面倒臭そうで首を突っ込むのを辞めたのだ。


「でも、気をつけなさい。

 一番厄介なのは、そいつらじゃないわ。」


 すると少女は、そこに伸びて意識を失っている黒服の男達をさし、木蓮へと忠告をした。

 

 「注意すべき、超優秀でなんでもそつなくこなすハイスペックな子がいるのよ……!」


 少女の敵への口ぶりに、「やけに、褒めるな」と感心しつつ木蓮は話を聞き続ける。


「もしかしたら今頃、アタシを捕らえる為に別の協力者を見つけてアタシを探し回っているかもしれないわ……!

 敵は奴らだけではないかもしれないってことよ。」


「そうかい。なら取り敢えずは黒いスーツの奴らに警戒しつつ、居るかもしれねー別の協力者に注意して動けば良いんだな。」


「そう言うこと。

 だから、アンタはアタシを守るために必死に働きなさい。分かった!?」


「分かった、分かった。」


 そう気怠そうに言う木蓮に(本当にわかっているのかしら……?)と少女は不安そうな表情を浮かべる。


「……それで、アンタのことなんて呼べばいい?」


そして、名前を聞いてきた木蓮に


「なに、ちょっとアンタ。きゅーに馴れ馴れしいわね……!」


 と不快な表情を浮かべるのだ。


「まぁ、良いわ。教えてあげる。

 ハズキ――――」


 でもまぁ、仕方ないと少女は名前を語る。


「私のことはハズキって呼びなさい!」


 そんな、少女の態度に動揺しながら


「……よろしくなハズキ。 俺は木蓮。

 篠宮木蓮しのみやもくれんだ。」


と木蓮も自身の名を語り――――


「では、その依頼「金木犀きんもくせい」が確かに引き受けた。

 アンタを約束のその時間ときまで、この俺が必ず護り通そう。」


 握手を求めて、手を差し伸ばす。

 そして少女は「手汗大丈夫でしょうね……?」と言いながら木蓮のその手を取り握手を交わした。


「その誓い絶対にたがえるんじゃないわよ。

 いーい? どんなことがあっても、あたしを護り抜きなさい! そして、あたしに美しい日の出を見せなさいよね!」


(そして、暴いてやるわ。アンタの正体……!)


 上目遣いで目を合わせ、念押しするように言う少女。ついでにこの男、木蓮の正体を暴いてやろうと胸の内で企み意気込みながら。


「あぁ、護ってやる。

美しいかは保証しかねるが、『日の出』見せてやるよ。

――――契約成立だ。」


 そう、これが始まりの依頼。そして契約。

 ――これが木蓮と少女の最初の出逢い。――



《――――そして、俺の平穏な日常が崩れたその瞬間だ。》


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