第1話 便利屋金木犀
――――では、出逢いの話を語るとしよう。
オレンジがかった黒髪に、中性的な顔立ち。
暗く大きな双眸は少し目尻が上がりどこか猫のよう。
彼の名は
高校生であり現在、便利屋でアルバイトとして働いている。
そして夏休み真っ只中のこの日、彼はとある依頼の猫探しの最中だった。
猛暑に晒される中、木蓮は汗を拭い塀の上を見つめた。
「やーっと、見つけた」
2メートル近くある塀の上を、純白で綺麗な毛並みの猫が優雅に歩く。
ただ、その優雅さに似つかわしくない、そのまん丸な腹。けれど、それがいい目印だ。
「そのたるんだ腹……やっぱりそうだ」
ャージのポケット中から一枚の写真を取り出し、写真と目の前の猫とを照らし合わせ、依頼の猫だと確信する。
「にゃ?」と、木蓮に気付いた猫は一度歩みを止めるが直ぐにトコトコ歩き出した。
「おいおい、逃げるなよ?」
写真をズボンのポッケにしまうと両手をポッケに入れたまま2メートルはあろう塀の上を軽々と飛び上がる。
「よいしょっと」
幅20センチ程度の塀の上に降り立ち、猫の後ろをスラスラと歩く。猫との距離は5メートル弱。
「にゃ……?」猫は背後に感じた、近づく存在にゆっくりと振り返った。
だが、既にそこには誰も居ない。
そして猫が前を見た時には、目の前に突如として壁ができている。
「にゃ……!?」これは……人間の足だ。
どうして、どうやって、いつのまに。
とその猫が驚く暇も無く――――。
「はい、捕まえたー。」
そうして、木蓮は呆気なく猫を捕らえるのだ。
木蓮は猫を片手に、ポッケからスマートフォンを取り出し電話を掛ける。
――――プルルル♪ プルルル♪ プルルル♪
「よー。どうだ、見つかったか?」
電話の向こう側から聴こえるのは成人男性の低い声。
第一声の「もしもし」が無いのは、木蓮とその男が仲の良い関係にあるからだ。
「ばっちりっすよ。」
「そうか、ならよかった。」
「じゃあ、こいつ。
早速、依頼主んとこ届けちゃいますんで」
「おう、分かった。こっちも今、ちょっと立て込んでてな。悪いが終わったらまた連絡してくれ。」
「はい。じゃあーまた後で」
「おう」――――ガチャ。っと通話は切れる。
木蓮の通話相手であるその男の風貌は和服姿に無精髭を生やす30代半ばに見えるが、その実20代後半の男。
そして今、その男の目の前には数人の黒いスーツ姿の者達と少女が居る。
彼らがいるこの場所は、とある雑居ビルの中にある便利屋【金木犀】の事務所 兼 男の自宅である。
そして今この場所で、丁度、新たな仕事の依頼を交わしている最中だ。
「すいません、失礼しました。
それで、この子を見つけて貴女方に引き渡せば良いんですね?」
男は携帯電話をしまうと、確認するように問うた。
男の向かいには、お茶の並べられた机を挟みソファーに少女が座っている。その少女の背後には黒いスーツを着た従者でありボディーガードである男女4名が隙一つも油断無く立つ。
「はい。よろしくお願いします」
机に置かれた一枚の写真に写るのは一人の少女。
腰元まで伸びた綺麗な銀色の髪、そして碧い瞳。
何処と無く、似ている。
目の前に座る依頼主である少女の髪型がショートボブと言うだけで、その少女と写真の少女の顔が瓜二つであったのだ。
***
木蓮は捕まえた猫を依頼主の家に届けていた。
「もう、リーラちゃん勝手にどっか行っちゃって。心配したのよ。」
ヨシヨシヨシ、と依頼主である飼い主の女性が嬉しそうに純白な猫の毛並みを撫でているその横で、「うおー」と広々としたリビングとその豪邸に目を奪われている。
「ありがとうね。助かったわ。
はい、これ。お約束のお金よ。」
女性は現金の入った封筒を手渡し、手に取り封筒の中身を確認する。
「はい。確かに。
ではまた、何かあったら【金木犀】までご依頼ください」
「そうね、その時はまたお願いするわ。」
そうして、依頼と報酬を受け取ると木蓮は依頼主の家を後にした。
「よっしゃー、終わりって……電池無いじゃんよ……」
無事依頼主に探し猫を届け終えたところだが、報告を入れようと取り出した携帯電話に電源が入らない。
「仕方ない……事務所まで戻るか。めんどくせ」
本来ならば電話一つで報告を済ませて帰宅するところだが、報告のしようが無い状況に仕方なく事務所まで戻ることにする。
***
刻は夕方。
日は傾き空が紅く染まる、その下で多くの人々が街を行き交う。
仕事終わりに飲み屋を探すサラリーマン。
夜遊びに向かう若者達。
徐々に照らし始める街頭と店のネオンの明かり。
ビルの窓にも残っている人々の明かりが輝く。
大人のお店も営業を始め、街は夜の顔を見せ始めていた。
「よっと」
ピョンピョンと軽々に木蓮はビルなどの建物の上をいとも容易く飛び越え街中を行く。
「ダメね! 全っ然ダメ! ほんとダメダメよ!」
「なんだ?」
すると――――。
飛び越えようとしたその矢先、比較的人通りの少ない建物の路地裏で少女の声が聴こえ、その姿が目に映った。
揉めているのか、絡まれているのか。
少女一人と若い男二人がそこに居たのだ。
木蓮は、その少女と若い男二人の会話に耳を傾ける。
「アンタ達。そんなんで、あたしをナンパできるって本気で思ったわけ?」
「なんだナンパか」と話を伺っていると、気の強い少女とその気の強さに少し怯む若い男の光景が滑稽に映り――――プふふふ。
「何あれ、おもしろ」
と笑えてしまう。
そんな中、少女のその言葉に苛立った男が大きな声で反論した。
「なんだと……! このクソ女!」
「はぁ。本当にダメね。救いようの無い馬鹿だわ。」
だが、少女は少しも動じずに溜息を吐くと、胸を抱えるように腕を組み心底呆れた様に頭を横に振り
「ナンパに失敗したからって吠えてるんじゃないわよ。程度が知れるわね。
いいや、程度を知りないさい。己のね。」
尚も少女は悠々と語りつづけるのだ。
「良い? あんた達じゃアタシと釣り合わないのよ」
男の握った拳に力が入る。歯を食いしばり、目には鋭い眼光が光る。
「おい、
「おっけー。 程々にな」
一人の若い男は人通りの少ないこの道で、まるで人を警戒する様にキョロキョロと周りを見渡し始めた。
そして、ニット帽を被る若い男はゆっくりと少女へ歩を進め始める。
何かが起ころうとする異様な前振れだが、少女はというと余程余裕なのか気が強いのか逃げる素振りを見せようとしない。
「おい、クソ女……!」
ニット帽の若い男は、嫌らしい笑みを浮かべながら少女に近づくが「クソはアンタよ!」と即答され、表情は直ぐに一変し怒りが顔に滲んでいた。
一歩、二歩、三歩――――と少女の目の前に立ちはだかる様に近づくと少女の腕を力強く掴んだ。
「何するのよ。離しなさい!」
その男の行為に、少女は睨み付けるような目付きで男を見上げた。
「嫌だね。」
男の怒りでぐちゃぐちゃな笑顔が返答と共に少女へ向けられる。
「これは、警告よ。3秒以内にその薄汚い手を離しなさい。」
そして、静かにだが力強く少女は宣告する。
「何言ってんだよ……? 離すわけねえだろがよぉお?」
すると、そんな少女にニット帽の若い男は、更に腕を強く握りしめるのだ。
「こりゃー、やばいね……」
建物の上から面白おかしく見ていた俺はその緊迫した状況に思わず声を漏らした。
――――3
「お前さっきから調子こき過ぎなんだよ……! このクソ
その男の吠える叫び声を避けるように少女は下を向く。
――――2
「どこのお嬢様か知らねえが、お前に教えてやんよ……!」
――――1
「世の中の厳しさってやつをな――――!!」
「ゼロ。終わりね――――」
そう男が襲い掛かろうとした時、また少女が「0」をカウントしたその時。
そこに、突如として何者かが現れた。
ドンッ!! と大きな鈍い音が響く。
凄まじい物音を聴き、目を向けるその場所に見張り役の若い男が見た光景は、
居るはずの無かったとある少年と、
「わるいね。
これ以上は俺も、見ていられそうになくて」
ひび割れた建物の外壁、その下に気を失い伸びる連れの若いニット帽の男。
そう、そこに降り立つは、篠宮木蓮。
理解のできない光景が目の前に広がる。
「は……?」
若い男の口から自然とその言葉1文字が出た。
後退りする様に引く足、震える眼光、歪んだ表情。それは、恐怖から来るもの。
「嘘だろこれ……? おい、どうなってんだよ……!?」
2対1それも相手は少女1人。優位に立っていたはずが、ほんの数秒目を離した途端、それが一変した。
連れのニット帽を被った男は伸びて意識を失い、叩き付けられたであろう壁にはひび割れた亀裂が入っている。
――――叩き付けられたられた?
そもそもそれが、おかしいだろ……。とその男は思ったに違いない。
目の前に突如として現れたのは自分より少し若いくらいの少年なのだ。
これをやった奴は? と考えればその少年だと判断はできる。だが、巨躯な身体を持っている訳でもなく、人よりも筋肉量が突出している様には見えない。
そんな、少年が男性1人を5メートルほど突き飛ばす。
それも背後の壁に亀裂が入る程の力で。
信じられるはずがない。
――――いや、だからこそ。そうなのか。
「あんたじゃ、俺には勝てないよ。分かるだろ?
だからさ、その人連れてさっさとどっか行きなよ。」
目の前の少年が語る言葉に、余裕と圧倒的な差を感じ取れた。
それは、普通を超えた領域。
一般常識を超えた、その部類にいる者達だと。
「それに、これはあんた達の為でもあるんだから。」
その言葉の直後、若い男は恐怖と動揺で震えながら即座に連れの男の元へ駆け寄り、肩を抱えて逃げるように消えていった。
「ちょっとアンタ!
いきなり出て来てどう言うつもりよ!?
勝手に余計なことするんじゃないわよ!」
その時、木蓮の背後から苛立ちを含んだ叫び声が聞こえる。
振り返ると、気の立った様に眉をひそませる少女がいた。
「いやー――――……」
説明する間も無く、少女は身を乗り出す様に顔を近づけ尚も訴え続ける。
「ひょっとして、アイツらからあたしを助けたとか思ってんの!? ばっかじゃない!
どこをどう見たら、アタシがあんな奴等にやられんのよ!」
そんな少女に(うるせぇ女だな。)と思った木蓮だが、次の瞬間にはその間近で見た少女の瞳に釘付けになってしまった。
(綺麗な
長く美しい銀色の髪、透き通るような白い肌、整った目鼻立ち。苛立つ少女は、おうよそ美少女なのだが。
なによりも、際立ち惹かれるのはその瞳。
まるでブルーサファイアのような碧く美しい瞳をしていた。
そんな瞳に目を奪われていると
「……って。 聴いてんのアンタ!?」
と少女は、更に詰め寄ってきた。
「いくら、あたしが世界クラスの絶世美少女だからって、この状況で見惚れて固まってるんじゃないわよ!」
そんな少女に(よく、自信満々に自ら語れるな)と感心しながら木蓮は、一呼吸付くように「はぁ」と、ため息を吐く。
「なによ、その溜息は!」
そして、苛立つ少女へ木蓮はゆっくりと口を開いた。
「あのなー、これはアンタの為でもあるんだよ。」
「だーかーら! 助けは要らないって言ってんの! おわかり!?」
威嚇するように顔を近づけてくる少女から、顔を背けるように木蓮は困り顔を浮かべる。
「別にアンタを助けたわけじゃねーよ
むしろ俺は、アイツらを助けたんだよな。」
ふん!っと今度は少女が顔を背けて、威嚇するように身を乗り出していた姿勢は元へと戻り不機嫌そうに、腕を組んだ。
「アンタ、アイツらに何しようとした?」
(……あの瞬間、嫌な予感がした。
それに、微かにだがこの女の右腕に
上から少女らを見下ろしている時、微力だが少女の右腕に潜在的な力が集るっているのを木蓮は感じ取っていた。
「別になんでもいいじゃない。」
答えようとしない少女に「おい」っと疑うような眼差しを向け木蓮は見つめる。
すると、痺れを切らしたのか「軽く腕を飛ばすくらいよ!」と答えてくれた。
「あのな……。アンタ、日本人か?」
呆れを含んだその言葉。
決して、揶揄しているわけではない。
単なる疑問からくるものだった。
流暢な日本語。大人びたその容姿は何処となく日本人。だが、『分かっていない事』があると言うことと碧い瞳の色が、俺の中で少女が日本人であると疑わしくさせていた。
「産まれは日本、国籍も日本、育ちはイギリスよ。何か文句ある!」
(そう言うことか)と木蓮は納得するように頷くと、「いいや、別に」と首を横に振るう。
そして、一つの確信を持って気になることを聞いた。
「それで――――、アンタ霊能力者なんだろ?」
「そうだけどなに。」
そう、躊躇いなく後ろめたさも無くキッパリと答えるあたり(やっぱり、知らないのか。)と確信する。
「あのな、知らないようだから教えてやるが。
これは、アンタの為でもあったんだ。
いいか? この国じゃ、街中で安易に霊能力を使うことを法律で禁止してるんだよ。
しかしも、霊能力を扱う者が一般の、普通の民間人に向けてそれを使うなんてよっぽどの重罪だ。」
そう、この国。日本では、街中での霊能力使用を原則として禁止している。
それは、治安維持の為であり秩序を保つ為である。
「それが例え、先に手を出してきたのがアイツらだったとしてもだ。
身を護るためとは言え、腕を飛ばそうとするなんてやりすぎなんだよ。」
自己防衛の為、治安維持の為、正当性の認められる状況下での霊能力行使は認められる。
だが、霊能力は刃物や銃・兵器となんら変わりはないのだ。
それが、いくら自己防衛と言えど丸腰の相手、いわゆる一般人に向けて行使するなど過剰防衛と判断されても仕方がない。
そして、現代の日本の世論的にも一個人が兵器である霊能力者は不利な立ち位置にあるのだ。
「……うそ。 知らなかったわ。」
(そんな法律があるなんて……。)
少女は驚愕したように驚くと、少し考え込むように頷いた。その姿に「納得したか。」とホッと一息付くと木蓮は振り返る。
「分かったならいい。今後、気を付けろよ」
そうして、その場を後に歩き出す。
(て言うか、コイツの口ぶり。コイツもアタシと同じ霊能力者ってこと……?)
木蓮の去り行く背中を前に、少女は思考をよぎらせていた。
しかし、霊能力者などその辺に当たり前にいるように多く存在するはずもない。
だから少女の中で木蓮へ対する疑問が生まれたのだ。
一般人か、霊能力者か。
だが、少女の疑問はその光景が呆気なく結論付けた。
「そうね。そうりゃそうよね……。」
凹み、大きく亀裂の入った壁。
170センチ前後であの体格の少年が到底行ったとは思えない、その行為。
では、何かしらの力が働いたであると言うこと。
即ち――――
「ちょっと待ちなさい!」
少女は去ろうとする木蓮を叫び引き止めた。
そして、振り返る木蓮に少女は壁に指をさし問い詰める。
「なら、アンタあれどう言うことよ……!」
(人に説教しておいて、自分だけ!?
そもそも、法律なんてのも本当のことなのかしら……!?)
苛立ちと疑念を抱きながら少女が示すのは、凹んだ壁に大きく入った亀裂。
木蓮がニット帽の若い男を突き飛ばした時にできた建物の側面にできた破損部分。
「あーあれ。」
と、理解したように木蓮は頷いた。
「使ってないよ。ただ、蹴っ飛ばしただけ。」
そう言って説明した木蓮は、「そう言うことだから。」とまた振り返り歩き出――――……
「そう言うことだから。……じゃ、ないわよ!
こんなことが、ただの身体能力でできるわけないじゃない……!」
……そうとするのだが、叶わずまたも引き止められてしまう。
「そんなこと言われてもなぁ。実際そうだし。」
そう困ったような表情を浮かべる木蓮の姿に、少女は誑かされているのだ思えてしまった。
だから、少女はより一層腹が立ってしまう。
「アンタ一体何者!? 答えなさい!」
故に、何としても木蓮の正体を暴いてやろうと少女は決意する。
「これは命令よ! 抗えない絶対的な命令なんだから!」
どうやら、答えなければ行かせては貰えないらしい。
(早く戻って、報告しなきゃ行けないんだけどな……)と木蓮は困り顔を浮かべる。
しかし結局の所、言わなければ行かせてはもらえないだろう。
そうして、木蓮は溜息をつき仕方なさそうに「抗えない絶対的な命令か」と言葉を漏らし少女の問いに答えるのだ。
「今は、ただの日本の高校生。」
決して、嘘は言っていない。
そして、もう一つ――――。
「それと――――、ただの便利屋だ。」
木蓮はそう呟いて、営業スマイル全開で振り向いた。
「探物から用心棒、特殊調査まで。
『困ってる人は見捨てない』をモットーに、お客様のご依頼、絶対安心解決。
お悩み事があれば是非、信用一番の当店【
どうぞ、ご依頼ください」
癖と言うべきか、マニュアル通りに店の売り文句を語ってしまう。
だが、「何者」と言う問いに答えるならば、今はこれが答えだ。
「じゃ、そう言うことだから。
なんかあったら相談でもしにきな」
そう最後に言葉を残して、また振り返ると
木蓮は逃げるように歩みを進めた。
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