31:恥ずかしいことは再利用される

「彩芽―行ってらっしゃ」


―バタンッ


 えぇぇ・・・兄ちゃんに向かって「行ってきます」もないのかよ。

 いや、こうなった原因は俺だよ?でもまぁあくまでも俺を慕う問題から発生したこの事態な訳で・・・

 心の中で考えているだけで恥ずかしくなってしまう。

 

 さて、どうするか・・・


「アリア、作戦会議だ。さっきのは水に流してやるから手伝ってくれ」

 さっき俺とカーベラの会話を盗み聞きして現行犯逮捕されたアリアは少ししょんぼりしていたが俺が声をかけるとその紫紺の瞳に喜びの色を出してこちらにくる。まだアリアにも子供らしいところがあって可愛いものだ。

 一応断っておくと別に俺とカーベラの会話は聞かれてまずいものではなかったと思う。良い雰囲気ではあったかもしれないが断じてそういうのではない。そういうのとはそういうのだが。


「・・・ねぇ。私は?」


 カーベラが心配そうな声で俺に聞く。答えるまでもない。


「要らん」


 なぜ作戦を考えるのにコイツが必要なのだ?俺の中ではそういう疑問が普通に湧いた上での返答だったのだが、カーベラは瞳に驚愕の色を浮かべた後、不満、怒りとネガティブな感情を俺に露骨にむけてくる。


「だってお前作戦とか考えても無理だろ?」

 無理だろ?というのは考えれないだろという意味ではない。いや含んでいるには含んでいるのだが、どちらかというとまず、出来ないだろ?という意味だ。


「・・・う、う、うわぁぁぁん! アリアァむつきがひどい事言ったぁ!!」


 わめきだしたカーベラはその後拗ねに拗ねまくって親も妹もいないリビングでふてくされていた。





「ただいまぁ」


 夕方。気づいたらもう彩芽が帰ってくる時間帯だった。どうやら「ただいま」は言ってくれたそうでどこか安心する。

 ちなみにカーベラの機嫌を直すやらなんやらで作戦らしい作戦は思いついていない。

 ただ、狙うは彩芽が晩ご飯を食べにくる時というのは確定事項だろう。

 彩芽があんなに不機嫌になってしまったため、その時しか俺と顔を合わせてくれないのではないかと思う。


「お、おかえり」


 おっと、いきなり言葉に詰まってしまった。


 案の定彩芽が怪訝そうな顔で俺を見てくる。が、しばし経つと「まぁ、いっか」と顔をそらし、自分の部屋へ荷物を置きに行った。


 すぐさま俺は夕食の準備をする。今日は彩芽のご機嫌とりもあって焼うどんを作ることにした。そういえば、カーベラと会って初めて作った料理もアリアが来て初めて作った料理も焼うどんだった。

 何かと俺の周りには縁深い料理なのか。

 ちなみに彩芽が焼うどんが好きということもあって俺の得意料理リストには焼うどんが堂々の1位としてランクインしていると思う。それだけ作ってきたということだ。

 前は色々とカーベラのことで考え事をして焼うどんを作っていたら指を切ってしまったが、今回は特に困ることなく焼うどんが作り終わった。

 

「おーい、ご飯できたぞ」


 俺の一声で足音がなり、徐々に近づいてくる。3つも。

 たまには空気読んでくれよな。


「むつき 今日は食卓でみんなで食べるの?」

「カーベラ・・・多分行かなかった方がいいんじゃないんですか?」

 本当にアリアの言うとおりなのだが。


「ねぇ、お兄ちゃん。この人達まだ家にいるの? 本当に匿ってるんだね、この女たらし」

「いや、この女たらしとか下品な単語お兄ちゃん教えたつもりないぞ?」

 ハーレムやら女たらしやら、妹の保護者として妹がこんな言葉を使っていると少しは心配になるものだ。


「ていうか、カーベラ、お前は何かやらかしそうだからアリアと俺の部屋でご飯食ってろ」


 そう言うとカーベラは頬をわかりやすく膨らましてから何かを思いついたように「ニヤっ」と笑う。そして手を体の前で組み、あからさまにモジモジする。何かを恥ずかしがっているように。

「ね、ねぇ・・・むつき。私をか、家族にしてくれるて言ってくれてあ、ありがとう。あんなに熱血に言われたら、私もね? そ、その乙女心が揺らぐっていうか・・・」

「お、おいお前何言ってんの」

 頭の中に「?」マークが幾つも浮かび、同様しているとアリアの顔は「やれやれ」と呆れている表情。彩芽の顔は真っ赤になって恥ずかしそうに俺とカーベラを交互に見返している。


「お、お兄ちゃんとこの人ってやっぱりそういう関係なのっ?」


「彩芽さん。どうかこの不出来な私を姉として受け入れてくれないかな?」

 カーベラは恥じらった様子を続ける。


「お、お姉ちゃん・・・?」


「はぁ・・・お前本当に何言ってんの?確かにお前は不出来でポンコツで何かと俺の忠告を破りまくる問題児だけどいい加減にしろよ?」

 

 俺は状況をやっと理解できた。しかしもうこれでこの話は3度目だ。また動揺するわけには行くまい。

 ここはクールに返すが吉だ。いちいち反応していては揚げ足をとられてしまうかもしれないからな。


「え、えぇ・・・?」


 彩芽は困惑しまくっている。一方カーベラはその恥じらった顔を嫌な予感がする笑顔に置き換える。


「えー? 昨日の、あの熱い熱い言葉はなんだったの?『家族でいい。そんな家族でいい。』だってぇ・・・ それに今日の朝も『元気なお前に救われているんだぜ』だってぇあぁ・・・感動したなぁあの言葉は・・・」


 もうこの話題でいじられるのは数回目だが、まだ恥ずかしさは俺の記憶から消えずしつこく粘りついている。いや、おそらくこれは一生取れないものなのではないだろうか。


 しかも新ネタも繰り出されてしまった。


 彩芽を見ると、一時困惑し顔の色が冷めたかと思ったが、今の発言で思いっきりまた赤くなった。


「いやいやいやいやいやいやいやいやっ! 彩芽・・・違うからね!? ねぇ・・・聞いてる!?」

 もう俺の耳も聞かずにただただ赤くなっている。

 カーベラは機を伺っていたのか俺に近づき耳打ちをする。

「(やめて欲しいなら大人しく一緒にご飯食べましょっ)」


 いや、あのだな・・・今日は俺は彩芽に諸々の誤解と謝罪をするつもりなのだが。しかもカーベラのせいで誤解が一つ増えてしまっている。


―パンッ パンッ


 乾いた音が2回鳴った。音の方を見るとアリアが呆れ顔で両手を叩いていた。

「はぁ・・・アリアもいい加減にして下さい・・・彩芽さんが本当に勘違いしてしまいますよ?」

「・・・はぁーい ささ、ご飯冷めちゃうから一緒に食べましょっ?」

 勝手に食卓の椅子に座り始める。本当に勝手なやつだ。

 もう何だかどうでも良くなってきた。どうせ俺が彩芽に誤ったり、一生懸命誤解を解こうとしているところをいたずらに見にきたんだろう。


「はぁ・・・彩芽いいか?」

「え、えぇ・・・? 私が何?」

 どうやら彩芽はこの状況にまだ頭が追いついていないらしい。


「ご飯食べるぞ」

 これ以上カーベラの悪戯が進むのも良くない。しょうがないが俺は一緒にご飯を食べることにした。

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