29:いってくる

まさかここまでブラコンを拗らせているとは。確かに俺は彩芽にはおそらく世界一優しいし甘いだろう。俺自身小さいときから親が忙しかったので妹という遊び相手ができたのはとても嬉しかったと記憶している。


 俺を慕っていてくれたのは嬉しいが、異世界だの何だのが引き金となり、このような形で彩芽の感情が爆発してしまうと、なんと声をかければいいのやら。


 実際俺がキザったセリフを言うと後日恥ずかしい目で見られることは実体験済みだ。


 それにあのカーベラが聞き耳を立てていないはずがない。彩芽はカーベラとアリアが気を利かして押し入れに入ってくれたとでも思っているかもしれないが、あいつらはそういうやつじゃない。


 それに俺は最近あの2人にしつこく付き纏われている。そのおかげがあってか何となくあいつらの気配を察知するという離れ技を手にした。何てったってただただ尾行されているのではなく、透明化だの小型化だのを駆使して尾行されているのだ。押し入れにいるかどうかくらい何となく察知できる。


 だからこそ何て言えば良いのかがわからない。それに彩芽も彩芽で良い性格をしているところがあるので今はありがたーく俺の言葉を受け取っても後日何と言われるかわからない。


 これは・・・難しいぃっ!


「・・・・・」


「・・・どうしたの? お兄ちゃん」


 言葉に詰まり、彩芽を見ていたら不思議に思われたのか質問されてしまった。


「ま、まぁ・・・その、あれだな・・・お前・・・結構なブラコンだな」


 どういえば良いか分からずに言ってしまった。おそらく地雷だろう。ちょっと後悔。


 みるみる内に彩芽の顔が赤くなっていく。少し後悔。


 顔全体が赤くなったと思ったら、彩芽が俯き肩を震わせている。今にも爆発しそうだ。まぁまぁ後悔。


 肩の震えが収まったと思ったら顔を上げて目を見開き口を大きく開ける。あぁぁぁやばいやばい結構後悔。



「・・・お、お兄ちゃんの馬鹿ぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!」



 やってしまった。


―バンッ


 彩芽は飛び跳ねてベットから立ち、部屋を出る。




―スッ

 押入れの扉があいた。やっぱり聞き耳を立てていたらしい。

 カーベラがニヤニヤしているのかと思ったら呆れた顔でこちらを見ている。


「はぁ・・・むつきってヘタレなの? 私への発言の件もそうだけど、もっと自信を持って言葉を投げ掛ければ良いのに はぁあ、感動シーンだと思ったのになぁ・・・」


 聞き耳立てていたやつにどうこう言われたくはない。ちなみにアリアはちゃんと気を利かして姿を見せない。


 はて、どうしたものか。彩芽が思っていることを明かしてくれたのに俺たちのせいで嫌な形で終わってしまった。


 もう一度言うが、俺「たち」だ。カーベラが聞き耳を立てるようなやつじゃないと信用できればもっと良い言葉を投げかけられた。


「・・・ぉ、お前が聞き耳立ててると思ったから・・・素直に言えなかったんだっつーの」


「あ! そうやって私のせいにするの? 最低! ヘタレ!最低!薄情者! ・・・あ、でも家からは追い出さない優しいところもあるけどっ!」

 何だ、最後のフォローは。正直いらない。


「はぁー なんかもっと悪い事態になった気がするなぁ」


「自業自得!」


 今回ばかりはまともなことを言われる。確かにこればかりは自業自得だなぁ。

 本当にどうすれば良いのだろうか。

 と、思っているとカーベラが俯きながら俺の肩をつつく。


「はぁ・・・っ私だって言われて嬉しかったんだから、だから・・・同じように話してあげれば良いだけなのに」


 「何を」「誰が」「どのように」と詳しいことは何一つ触れなかったが何となく意味は理解できた。


 俯いたことで、表情は見えなかったが髪によって正体を隠されている部分からはみ出た耳はほんのり赤く染まっているのが見えた。


 嬉しかったのか・・・俺のとっさに出たあの言葉が。

 と、ちょっぴりこちらも嬉しくなった気持ちとともにもう一つの心情も芽生えてくる。


 じゃあ、煽んなや。


 目が自然に細めになり、俺はおそらくカーベラを訝しげに睨んでいるだろうが、幸いなことにまだカーベラは俯いているので気づいてはいない。

 気づかれない内に慌てて眼光を戻す。本当に今回ばかりはカーベラの言う通りだな。


「いってくるよ」

 俺はカーベラにそれだけ言い残して部屋を出る。「言ってくる」と「行ってくる」。どう俺の言葉を認識しのかは分からないし、どっちもかも知れない。カーベラはちょっと嬉しそうにこっちを向いて無言のまま笑顔で返事をする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る