24:彼女のストーリー

「も、もう機嫌直せよ」


 未だカーベラは「グスッ、グスッ」と俺の隣で泣いている。ちなみに俺は試験が終わった反動でラノベを解禁し、アリアはレオの上で寝ている。


「だってぇ、むつきが家を追い出すとかいうから・・・」


 頬を膨らませながらこちらを見る。何これ、可愛いんですけど。


「何か、同じようなことが前にもあったけど、なんでそんなに家を追い出されたくないのか?」


 確か、以前学校でコイツに悪戯されたとき、出てこないと家を追い出すと言ったら、泣きながら出てきた。なぜそこまで家に固執するのか。


「じ、実は私さ。物心ついた時から両親がいないんだ。私が生まれてすぐ、父は私と母を捨てたの。」


 え・・・? 今なんて・・・


「その後、母は私を養うために魔女として王国のために戦ったの。私の魔女としての才能は母親譲りでね、母はあっちじゃ有名な魔法使いだった。私を産んだのを機に魔女を卒業したらしいんだけど、王国は母の才能を買っていた。王国は母に膨大な報酬を出したの。母は私を養うために王国を守るために魔王軍と最前線で戦っていた。」


「で、お母さんは・・・?」


 わからない。この状況がわからない。これがカーベラの過去だとは思えない。だってあのカーベラなのだから。だが、それでも俺は踏み込んだ。


「・・・ある日ね。母は魔王軍の幹部とぶつかったらしいの。で、敗れて死んだ。相手はね、魔王軍幹部の中でも魔王の最側近と呼ばれるものだったんだって。王国軍はその相手の実力を見た途端、すぐに退却命令を出したそうよ。・・・母を殿に。」


 カーベラ・・・


「母の死体はさも無残だったと聞いたわ。現場には四肢も残っていない遺体と、このネックレスだけが残っていたんですって」


 カーベラは首にかける赤い宝石の付くペンダントに手を伸ばす。あの日、あの時彼女が一番不安だったときに彼女が触れたペンダントに。

 おそらく彼女が一番信じているものに。

「・・・・・」

 俺は何も言えないでいた。ただ聞くので精一杯だった。あの明るいカーベラから到底想像できない過去。


「・・・私が3歳にもなってないときだった。はっきり言って、母の顔を明確に思いだせない。母に触れた感触も、母の声も母の温もりも。・・・そして受けていたであろう愛情も。でも私はその愛情を信じてるの」


「・・・信じてる?」


「私を育てるために魔女として戦っていた母の温もりを、愛情を、私は信じる。現に私は母が王国からもらった莫大な報酬のおかげでここまで生きてこれた。・・・お金だから物だから、それは本当の愛じゃないかもしれない。でも私はそのお金のおかげで生きてこれた。それは紛れもなく母から貰ったものだもの。物だろうと関係ない。母から貰ったものにはちゃんと愛情がこもっていたんだと私は信じる。この母の残したペンダントも・・・ それを信じなかったら私は・・・何のために・・・生まれてっ・・・」

 カーベラは言葉を詰まらせる。

「・・・・・・」

 俺は絶句した。また何も言えなかったのだ。いや、何と声をかければ良いのだろうか。

 俺は確かに両親が忙しいというものの、母の、父の『愛』を確かに知っている。そんな俺が何と声をかけられようか。


 カーベラはいつの間にかに溢れていた涙を拭い、こちらに視線を向ける。


「・・・だからね。むつきがここに匿ってくれるって言ったとき、何だか家族みたいだなぁってとっても嬉しかったの。まだ数日しか経ってないけど、私がふざけて、むつきが怒って、最近ではアリアが隣で呆れている。家族・・・とまでは言わないけど、こんなに人が隣にずっといてくれることはなかったから・・・嬉しかった・・・」


 気付いたら俺は手に持っていたラノベを置き、両腕でカーベラを包んでいた。

「いいさ。家族でいい。肉親じゃないけどそんな家族でいい。もう追い出すなんて言わないからいつもの馬鹿みたいに明るくて俺にこっ酷く叱られるカーベラに戻れ」


 カーベラは俺の腕の中でコクコクとうなずいた。


 俺が知らなかったカーベラの一面。


 コイツは『愛』に飢えている。『愛』を欲している。カーベラの母親はどんなにカーベラを愛したことだろうか。カーベラの母親が残したものにはどんなに『愛』が込められていただろうか。

 だが、コイツは、カーベラは実感したことがないのだ。だからその『愛』を信じることしかできない。

 いつもの愛されキャラ的な存在も誰より彼女が『愛』を欲していたからかもしれない。彼女は愛され、温もりを感じてみたいのだろう。

 カーベラの性格のことだ。異世界ではおそらく彼女には多くの友がいた。でも彼女を心から愛し、守ろうとした母親に代わる『愛』など並大抵のものではない。簡単に感じられるものじゃない。


 いつの間にかカーベラは俺の腕の中で寝息を立てていた。そんなカーベラを見ながら俺は俺の知らない心のどこかで彼女に本当の『愛』を与えてやりたいと思ったのかもしれない。

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