16:いつも以上に嫌な予感

 時刻は昼過ぎ。陽は世界を照らしている、世界の半分と俺たちを除いて。何かが照らされればどこかに影ができる。これは使い古されている表現だ。だが、現時点でも世界では夜になっているところがあるだろう。影になっているところはあるだろう。

なのになぜ世界にまた影を増やしたのだろうか。目の前の存在。確かに明るいがその本質は闇で影だ。以前に感じたものと同じ―


 そこに立ち、青色の線がアクセントで、胸部には何かシンボルのようなものが記されている銀色の鎧に身を包んでいるのは世にも珍しいデュラハンだった。

 首のないその姿はまさに異形。魔法だの色々見たので特段驚く訳ではないが、異世界にデュラハンが実在するとなるともう異世界には何でもあるのではないかと思ってしまう。


「見ぃつけた」


 少々距離があったが、俺たちの存在は気づかれているようだ。禍々しい存在がこちらに問いかける。

「オレの仲間は、オマエが殺ったのぉかな?」

 カーベラを見ながら。 俺たちは特に何も答えない。


「なぁお前またワンパンできるよな?」

 一応俺は確認をとる。


「・・・あの首なしの実力は知らないけど、前のやつより格段に実力は上だと思う。それに今日私、小型化を長時間使って魔力の残量は半分くらい。そこまで魔法の乱発はできないと思う」

「マジかよ・・・」

 何かを確信しているようにあのデュラハンの力が前に送られて来たやつより格段に上と断言する。


 そんな敵を前に俺の思考が頭を走る。

 恐怖。

 何にここまで自分の心拍数を上げられているのだろうか。それだけでない。額に走る一線の汗、手先の震え、エトセトラ、エトセトラ・・・


 恐怖とは動物・人間の持つ感情の一つ。ある百科事典で『恐怖』について読んだことがある。恐れの中でも恐怖症のように特定の事態にはなっていないが、対象があるものが『心 配』。一方、漠然としたものが『不安』だと。

 さて、俺の恐怖はどちらだろうか。もはや魔王軍恐怖症というどちらにも属さない恐怖かもしれない。


 俺は今人生最大にビビっている。だが、何だろうか怖気付いて腰が引けるような感覚はない。同時に俺は自覚した。再認識した。

 自分自身の選択を。


 俺の選択はこいつらからカーベラの世界を救うという事なのだ。


「―つき むつき 大丈夫?随分難しい顔をしてるけど」


 あの存在を前に思考だけが前に進みすぎていた。遅れて来た感覚は隣の少女の呼びかけとともに思考に追いつく。


「あぁ 大丈夫だ。もうこんな場面も2回目だし体に慣れてもらわないとこれからが不安だしな。お前こそちゃんとあいつ倒す準備しておけよ」

 そうこれが俺の選択だ。怖気ていてもしょうがない。


「お前の望みは何だ?」

 俺はこちらの出方を伺うように見てくるデュラハンに尋ねる。

「オレの役目はぁ、ソコにいる魔女の抹殺だぁよ」

「なぜこいつを狙う」

 まあ答えは知っているのだが。

「3大魔女がどっかに送られたぁってなったらほっとく訳にはいかぁないでしょ?」

 笑顔 ―否、首から上がないので表情はわからないが、笑うような態度で俺の質問に答える。にしても3大魔女と数えられていたとは・・・


「コイツを殺してその後は? お前は元の世界に帰られるのか?」

「ん〜 主に認めれる、それだぁけで十分なんじゃぁないかなぁ?」

 狂人のような顔 ―否、またしても表情はわからないが、そんな態度であっけなく俺の心配を返される。

「むつき。あいつらに声をかけるだけ無駄よ。魔王はね、死者を蘇らせて自分の手駒として扱うの。しかも尋常じゃないほど自分に忠実になるように細工してね」

 多少の怒気をはらんだ声と共にカーベラがようやく口を開く。

「それにあの鎧。あのシンボルは私の国のシンボル。それにあの高価な鎧を見るに、国の騎士団の幹部かそれ以上の者よ」

 なるほど、魔王から人々の守る者の屍を弄び、守っていた者を自らの手で襲わせる。何とも非道なやり方だ。いつもはあんなにおちゃらけているカーベラの気が立っているのも合点がいく。

 それに前に送られて来たやつより格段に実力が上というのにも合点がいく。

 またもう一つわかったことは、俺が思っていたようなデュラハンとはまた別の存在であるということか。どうやら目の前の彼は首を切られて死ぬという壮絶な最後だったらしい。

「主をけなされるなんてぇ、許せなぁいよねぇ」

 歪んだ怒りを混じえそう言いながら、デュラハン改め首なし男は手を差し出しながら・・・

「僕はぁね、騎士何だけどぉ魔法もそこそこできるノォよ。」

 俺はとっさに身構えた。

「“ダークバレット”」

 黒い塊がカーベラを狙い飛んでくる。俺はとっさにカーベラを庇う。カーベラの話からすればこの魔法も効かないだろう。


 −パァン


 予想通り塊は俺の前で弾けた。やはり俺には効かないらしい。

「やっぱり俺には魔法が効かないんだな。カーベラ、俺を盾に攻撃しろ」

「え・・・?」

 いや、何を困惑している。


「あ、忘れてた! むつきが魔法効かないの!」

「いや、だから今魔法が効かなかったんだろ」

 何をわかり切ったことを言っている。放たれた黒い塊は俺の目の前で弾けた。俺が魔法効かなかったという理由以外ないだろう。


「むつきが魔法効かないの忘れてて、普通に防御魔法展開しちゃった」

 片目をつぶりながらこっちを向いて軽く謝罪する。前をよく見ると目の前の首なし男を含む景色がガラスを通したような形になっている。


「っお前 今俺一番かっこいいシーンだったんだからな⁈ 女の子を庇うとかやってみたかったのに、何してくれてんだよ!」

 生きてて初めて何かを身を挺して護るという俺の人生で数度とないだろうシーンを潰された。

「へぇ〜女の子ねぇ ちゃんと乙女として私をみてくれてる訳ね あ・り・が・と・う」

 ニヤニヤしながらカーベラが俺をみてくる。何とも嫌なやつだ。俺の今世紀最大の出番を取りやがって!


「はぁぁ・・・?」

 俺とカーベラの小さな喧嘩を見ながら沈黙していた首なし男からそんな言葉が漏れた。

「そ、そんな訳がぁっ “ダークバレット”! “ダークアロー”!」

 次々と魔法を打つが、どれもこれもカーベラの防御魔法の前にあっけなく消える。

 

 もう打った魔法は数十発になる。

「相手が悪かったわね首なし男! 私を殺したいなら魔王直々に出向くようにでも伝えなさい! まぁそんなこと伝えれたらの話なんだけどね」

 そう笑いながらカーベラは片手を天に向ける。

「“エクスカリバー”!」

「ヒィぃぃぃ!」

 

 何も起こらない。嫌な予感がする。

「“エクスカリバー”!」

「ヒィぃぃぃ!」

 やはり何も起こらない。

「むつき・・・怒らないで聞いてほしいんだけど・・・」


「・・・防御魔法使って魔力不足にでもなったか?」


 カーベラは気まずく沈黙を貫く。

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