15:唐突
ようやくこの世界にいても不思議ではない格好を手に入れたカーベラと俺は普通にショッピングモールを回った。
部屋着などの生活する上で必要な衣類を数着、あとは生活必需品を数点買った。さすがに部屋着は先ほど買った服よりはかなり安めのを買ったが、これでこの世界でも生活できるようになっただろう。
「むつきー お腹減ったー お弁当食べさせて」
「ショッピングモール来るのにお弁当持ってくるやつがいるか。 フードコートでも行って適当に食べるぞ」
そこまで俺の作ったご飯が好きなのか知らないが、気分は悪くない。嬉しいとは言ってない、気分が悪くないだけだが。
「何食べたい?」
カーベラは困った顔をしながらフードコートにある料理店を見ている。
「どれが美味しいのかわからないし、わからない食べ物の方が多くて選べない」
「ま、それもそうか。 お前の世界ではどんな料理があったんだ?」
前々から気になっていたことだ。箸の使い方は知っていたようだし、類似した食文化が形成されているのかもしれない。
「うーん 名前は違うけど、前弁当の中に入ってた『唐揚げ』に似た料理とか、『スシ』っていう炊いたご飯の上に切った魚を乗せる料理があったかな。」
「寿司? それはこの世界でもあるぞ?」
驚いた寿司が異世界にもあったとは。日本に似ている料理があるのだとすれば箸が広まっていたことも納得できる。
「えーとね。 どこかで聞いた話なんだけど、『スシ』っていう料理は遠い国から伝わった料理なんだって でもね、私の住んでいたところは海が少なくて食べたことがないの」
もしかして、この世界から異世界に連れてかれた人がいたのか? なるほどこれはとても興味深い。
それに話から聞くに、鮮魚を輸送するための技術などはあまり進んでいないのか。
「よし。じゃあ寿司屋に行くぞ」
フードコートには寿司はなかったが、地図をみると回転寿司屋さんがあるっぽいのでそこに向かうことにした。
「なあ、もしかしたらこの世界から人が送られたことがあるんじゃないのか?」
「あー 確かにそんなことがあっても不思議ではないかも。 私が今むつきを連れてこうとしてるみたいにね。 ただあっちの世界じゃ信じられてないだろうけど」
もし、異世界に行けたら俺みたいにこっちの世界から連れてかれた人がいるのか探してみることにしよう
そんな『もしかしたら』の話をしながら寿司屋に入る。どうやら回転寿司ではないようだが、値段もそこまで高くはない。回転寿司以外は全て一貫がものすごく高い高級店だと思い込んでいたが、ここはその中間をつく良さげな店に感じた。
「俺もう所持金が少ないからあんまり高いの頼むなよ」
「えー 折角食べられると思ったのに」
「高いの頼むなって言っただけだ」
俺が今日いくらお前のために出費したと思ってんだよ・・・ 口にしたらそれこそ人間関係が破綻しそうなのでいえないが多少イライラが募る。
バイト始めようかなぁ。だが、カーベラがいるとなると簡単に家を空けられないし、どうしたものか。カーベラへの出費がこれから少しはかかるだろう。何か収入源を増やさなければ・・・
「お待ちどうさまでーす こちら大トロになります」
「わぁ はやーい! こっちこっち〜」
げ・・・
「うんまぁ〜い これがスシなんだね。魚ってこんなに美味しかったんだぁ」
「お前、話聞いてたよな」
「堅苦しそうなむつきの顔見てたら悪戯したくなっちゃって」
片目をつぶりながらこっちを見る。可愛い。いや可愛いが・・・お財布事情はまた別の話だ。
「じゃあ高いのはこれ一貫だけにしろよ。あとこのセリフもフラグじゃないからな。次また高いのを頼んだら当分飯作らねぇーから」
その一言でマジ事だと察したのだろう。顔を青ざめたカーベラは遠慮気味に寿司ネタを選んでいく。
俺は・・・まぁ1、2貫程度で今はいい。カーベラが何をしでかすかわからないので一応財布に余裕は作っておきたい。
「お待ちどうさまでーす。こちら注文されたものになります」
頼んだ寿司がくる。まぁ頼んだのを見てもカーベラはちゃんと遠慮してくれたそうだった。
「・・・むつきそんな少なくていいの?」
露骨に少なすぎたか。カーベラがこちらを見てくる。
「今は別に大丈夫だ。 もしお腹が減ったら家に帰ってからでも作るさ」
カーベラに心配をかけないように答え、俺は自分の頼んだものに箸を進める。カーベラもわかってくれたようで、食事を再開する。
時々「美味しい!」だの「何これ?」と物珍しそうに寿司を見るなどどうやら満足はしてくれたそうだ。俺は先に食べ終わらないように少しずつカーベラの様子を見ながら食べていた。
「・・・むつき 目つぶって」
「何だ急に?」
「いいから、いいから」
カーベラが急かすので言われるがままに目をつぶる。 まさかのキスか?? まて、カーベラまだ恋愛に持っていくのは早いぞ! もうちょっとこうゆっくりと・・・
「大きく口を開けて」
違った。何だか安心したようながっかりしたような。望みは薄いとはいえ男子高校生に目をつぶれなんて言ってしまうと少しは淡い期待を寄せてしまうものだ。
言われた通りに口を開く。
「はい。あーん」
口の中に寿司が入れられた・・・ってそれどころじゃない。「あーん」だと⁈ もう恋愛持ってっても良くなって来た気がする。
・・・と「あーん」のせいで存在感が薄れていたが、この脂身は―
「お前、大トロいつ頼んだんだ⁈」
「むつきが腹減ってるだろーと思って、こっそりとね」
もう「あーん」のせいで戦意は失われている。
「美味しかった?」
「あームッチャ美味しかった。 ってお前は学校の件といい、これといい俺が言った事全部破らないと生きていけないのかよ・・・」
ため息を混じらせながらそう呟いた。
「もう・・・ 私もあーんなんて初めてなんだから、少しはありがとうくらい言っていいんじゃないの」
頬を膨らませながらこっちも見てくる。
「・・・あんがと」
そういうと、カーベラはドヤ顔で
「それで良し」
何だか口喧嘩で負けてしまったように感じ、少しばかり不快だがカーベラは食事自体は楽しんでくれたようでよかった。
買い物も終わり、お昼ご飯も食べショッピングモールを後にする。行きと同じくバスを乗り、家の近くで降りる。家に帰る途中カーベラと出会った公園が見えた。今日は誰もいないようだ。午後2時くらいの陽は燦々と世界を照らしている。
―ストン―
その音が誰もいない公園に響く、脳裏に刻まれたあの乾いた音を聞くまでは。
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