幕開け??

09:始まるもんも始まらない

 2月29日朝、朝といっても起きたばかりではない。先程、俺の人生でおそらく1番カッコいいイベントが過ぎた。少々、恥ずかしいのと満足感が入り混じったような心境だ。そしてこれから始まる俺の冒険物語を前に俺は、俺は・・・


「カーベラ、行くぞ!」


 身支度を整え、とりあえず生活日常品と少しばかりの着替え、それにナイフやライターなどの便利グッズを入れたリュックを背負い俺はカーベラに叫ぶ。


「・・・どこに? これから遠足なの? じゃあまたむつきの手料理食べれるの? やったー! お弁当の中身は何? いややっぱ楽しみしたいから言わないで!」

 はぁ・・・ 冗談きついぜ。やっぱりお調子者のところがあるよなコイツ。でも今朝の満足感があるから許してやろう。何せ俺は優しいからな。


 異世界にこれから行くとして、彩芽はどうしようか。でも、カーベラがこの世界に落ちて来たってことは魔法で簡単に行き来ができるのかもしれない。何とかなるだろう。


「『どこ』って魔王倒しに行くんだろ?てか、彩芽があるから9時5時でこっちの世界に戻って来たいんだけど。残業はできる限り少なくお願い。法的労働時間は守れよ」


「『ほうてきろうどうじかん』? それが何かは知らないけど、さっきから何を言っているの?」


 どうにも話が噛み合わない。


「・・・もしかして」

「もしかして何だよ」


「今から私がいた世界に行くと思ってる?」


「・・・え? 違うの?」


 カーベラが腹を堪えてこちらから目を逸らす。

「だからそんな遠足のよう・・・ップークスクス!」

「え・・・行けねぇの⁈」


「当たり前じゃない!そんな大量の魔力使う魔法は国の王クラスか魔王あとは魔王を倒した者くらい自分に自信のあるやつじゃないと使えないわよ」


「お前使えないの?」


「当たり前じゃない。そもそも私も異世界なんて半信半疑だったんだからね?『私には不可能がない!』ってくらい自信を持ったり、『私は何でもできる!』ってくらいイメージがないと異世界なんて信じられないし、人を異世界に送るなんて芸当できないわよ」


 え・・・マジで? どうしよう先程まで冒険に心踊らされ、気合い入れていた自分が急激に恥ずかしくなる。

 そんな心境が顔に少しばかり出たのだろう。カーベラはその瞬間を見逃さなかった。


「えー もしかしてむつき君 異世界にもう行くと思って気合い入れてたぁ?私のことをそんなに助けてくれようとしたのぉ? 私的には嬉しいけど、ちょっと気が早かったみたいですねぇ クスクス」


 恥ずかしいから止めて!!


「まあ、色々すっ飛ばして説明していた私も悪いか・・・」

 え、まだ説明しないといけない厄介事があるの?はぁ、やっぱ異世界なんて行くのやめようかな・・・

「昨日、出会った時私はまぁまぁすごい魔女って言ったでしょ?何てったって魔王の追手をワンパンできる魔女だもの。」


「あぁ、確かに言われてみればそんな事言われたような気もする。」

 まぁ、こんなやつがすごい魔女って異世界もしかしてイージーゲームなの? と言いそうになったが、昨日コイツがワンパンした追手に怖気付いて腰が引けていた事を思い出してその言葉は喉付近で急ブレーキがかかる。


「でね、私の国の王様がね、魔王の侵略を予期して、私みたいな凄腕の魔女をこの世界によって3人ほど送り込んだわけなの。異世界に渡るって正直言って3人合わせてやっと私たちの世界に戻れるかなってくらいの魔法なの。しかも選りすぐりの3人でね」


「じゃあ、その残り2人を探すのが先決か?」

「そうなるわね」

 なるほど大体コイツの目的が把握できてきた。そうすると問題なのは時間だな。


「俺はまだイマイチ分かってないんだが、その魔王とやらはそんなにやばいやつなのか?お前の国が侵略されるまでそこまで時間がないなら、早く探すべきだと思うのだが」

 と、急かすように俺が言うのも訳がある。


 先ほどの恥ずかしくて死にそうな感動ありの一件後、コイツはあからさまにくつろぎだしたのだ。果たしてここまで余裕を見せているが、大丈夫なのだろうか。


 そんな俺の疑問はすぐに一蹴された。

「えー? そんな急がなくても大丈夫よー あくまでも、私たちはいつか魔王が攻めてくるかもしれないからって意味で送られたの。うちの国も一応一国の王国だからそんなに簡単に滅ぼされたりはしないわよ。」

「そう、なのか?」


 何だか、話していると話している分、この冒険者魂と言うか、何と言うか昂る気持ちが覚めて来てしまう。


「大体だけど、私には1年くらいは余裕があると思う。それまでに散らばってる2人と合流して、あっちに戻れればいいわ。」

「他にすることはないのか?」

「唯一の懸念材料といえば、私たちの世界に戻る魔法が使えるかどうかね。3人集まれば大丈夫でしょなんて言われてるけど、実際そこが一番の不安どころだわ」

 それ、大問題じゃん。

「打開策はないのか?」


「う〜ん 打開策という打開策はないけど、この世界を知ることが一番大切かな」

「なぜだ?」

「私自身、他の世界があったことに驚いているから、違う世界を行き来するっていうイメージが湧かないのよね」


 なるほど。先日言っていたイメージの力っていうのに関係しているのか。にしてもコイツと長くて1年間一緒に過ごさなければならないなんて。


 そして俺の気持ちが一番落ち込んだ理由がある。

「てかさ、これじゃあいつもの日常とほぼ変わんないじゃねぇかよー!」


 そんな期待外れ感とともに俺の日常はまた歩み出した。

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