第53話 お見舞いの人が来ました。

「なーによ。思いっきり元気じゃないの」


 聞き慣れた、あきれたような感じの声が聞こえる。

 そっちのほうを見ると、扉に手をかけたケイが見えた。


「ま、起きられるようになってよかったじゃない。鎧の上からじゃ傷の具合とかわからないから、治療もウェナまかせだったのよ」

「治療といっても、魔力を送ったり、患部を冷やす程度でしたが」


 ケイに続いて、ウェナも部屋に入ってくる。

 そして、その後ろに。


「あのくらいの大声が出せるなら、大丈夫でしょう」

「うむ。一時はどうなるかと思ったが、起きられるようになってなによりだ」


 ジュリアさんに、議長さんもいた。

 議長さんは木製の車いすに乗っていて、それをジュリアさんが押している。

 二人とも服の間から包帯が見え隠れしていて、ちょっと痛々しい。


「ああ、えーと。その」


 私はマーグの賞金額のせいで頭が真っ白になってしまって、言葉が続かない。


「ん? まだ意識がはっきりしていないか?」


 議長さんが少し首をかしげる。

 横にきたケイが、私の顔の前でひらひらと手を振った。


「兜の外からじゃわかんないからねえ。また寝ようとしてたんじゃない?」

「先ほどは、受け答えも、しっかりしていたのですが」


 ウェナが、硬直した私の腕に触れる。

 その、冷たい指先の感触が、私を少し落ち着かせてくれた。


「いや、大丈夫、です。はい」


 単語ごとに息を入れて、どうにか話すことができた。


「ふむ。まあ、意識が戻ったばかりだ。今は手短にしておこう」


 議長さんの車いすが、私の横につけられる。


「まず最初に礼を言いたい。議長としてだけでなく、私個人としても」


 議長さんが深々と頭を下げた。


「君のおかげで、あの場にいた子供たちや私は全員助かった。本当にありがとう」

「私からも、お礼を言わねばなりませんね」


 さらに、ジュリアさんまでが頭を下げる。


「闘技場で盗賊どもに火球を打ちこまれたあと、あなたが動いてくれなければ私や兵士たちは今ごろ生きてはいなかったでしょう」

「いやいやいや、あの時は身体が勝手に動いたというか」


 私はすっかり慌ててしまった。

 だって、年上や目上の人にこんなふうに正面から頭を下げられたことなんてなかったし。


「私はあのマーグを止めてただけだし、実際に議長さんや子供たちを守ったのはウェナだし。とにかく、顔を上げてくださいよ」


 議長さんとジュリアさんは、顔を見合わせると少し笑ったみたいだ。


「ふふ。君の言うとおりの人柄のようだな」

「そうでしょう?」


 二人が顔を上げてくれて、私はやっと落ち着けた。

 ああ、びっくりした。偉い人とこうやって話すだけでも変に緊張しちゃうのに。


「さて。君には他にも伝えたいことがある。ケガの身であるジュリアに来てもらったのも、そのためだ」


 議長さんがちらっとジュリアさんを見る。ジュリアさんは黙ってうなずいた。


「君には盗賊団討伐の報酬に、臨時警備員の給金と、マーグの首に掛かった賞金が支払われる。それは確定だ。これから話すことにどんな答えをしても、これらの金銭は支払う。それを踏まえた上で話を聞いて欲しい」

「は、はい」


 賞金のことを言われて、私の身体がびくっと反応する。

 さっきギド王に言われて先に叫んでたおかげで、なんとか叫ばずに耐えられた。

 心臓はすごくドキドキしてるけど……。


「結論から言うと、この街の守備隊に君を招きたい。待遇はこのジュリアと同列で、守備隊の隊長格だ。この街を守るのに、君の力を貸してほしいのだ」

「へ?」


 これまた予想外のお言葉で、再び頭の中が真っ白になっていく。


 守備隊とかに誘われるのって、闘技大会の上位入賞者じゃなかったっけ?

 前にケイがそんなことを言ってた気がしたけど。

 そういえばケイも隊長を目指してたんじゃなかったっけ?


「えーと、ケイ?」


 私はケイの姿をさがしてキョロキョロしてしまった。

 部屋の壁によりかかっていたケイは、こっちを見て笑っている。


「私も守備隊に誘われて、入ることにしたよ。さすがに、いきなり隊長とはいかないけどね」

「おお、そうなのね。おめでとう」


 議長さんが咳払いをして、私は視線を議長さんに戻す。


「地位がジュリアの上役でなく同列という点については理解してほしい。確かに君は、ジュリアや守備兵たちを出し抜いたマーグに勝った。だが、守備隊の統率、指揮能力といった面ではまだ彼女にはかなうまい」

「いやその、むしろ下でも全然構わないんですが、そこを気にしてるわけじゃなくて」


 私がしどろもどろになっていると、議長さんは少し残念そうに目を細めた。


「君の事情は、軽くだがここの二人に聞いたよ」


 議長さんが、そう言ってウェナとケイを交互に見る。


「その鎧のことや、闘技大会でなく警備員に参加したことをね。もともとは資金稼ぎが目的で、守備隊に志願を希望するわけではなかった、ということだが」

「そうなんです。まさか、こんなことになるなんて思ってなかったし」

「だが、君は誰も防ぐことができなかったマーグたち盗賊団を押しとどめ、討伐に大きく貢献した。これは、運や偶然でできるものではない。その力を、このエクサに生きる人々のために役立ててほしいのだ。このことはジュリアにも同意してもらっている」


 そう言って、議長さんは後ろを見る。控えていたジュリアさんが、しっかりとうなずいた。


「このあたりも治安まだまだ不安定です。この街だけでなく周囲の安全も守るため、クロウ殿の力をぜひ借りたいのです」


 二人が、からかいや冗談で言っているわけじゃないのは、よく分かる。

 でも、だからこそ。

 私は、二人を見ることができず、目をそらしてしまった。


「少し」


 絡まるノドを押さえ、私はゆっくり声を出す。


「少し、考えさせてくれませんか」


 今は、それだけ言うのが精一杯だった。

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