第54話 これからのことを、考えました。

「ああ、構わないよ」


 議長さんは、優しく言ってくれた。


「無理にとは言わないが、よく考えて欲しい。それと、返事がどうあれ傷が治るまではここに滞在してくれ。精いっぱい歓迎させてもらうよ。それが私にできるせめてものお礼だ」


 ジュリアさんが議長さんの目配せを受けて、彼の車いすに手をかける。


「それでは、今日はこれで。いい返事を期待しているよ」


 二人は、そのまま扉から外へと歩いていった。

 扉が閉められたのを見て、私はまたベッドに横になる。


 なんだか、すごいことになっちゃったなあ……。


「ここは、おめでとうって言ってあげたいとこなんだけどね」


 ケイが、頭をかきながらこっちを見る。


「クロウはやっぱり嫌? こんな誘いが来るなんて滅多にないよ?」

「うーん……」

「いかが、いたしましょうか。目的である、資金稼ぎは、成功しましたが」

「そうなんだよね」


 ウェナの言うとおりで。

 マーグの賞金だけで、家を建てるには十分すぎるくらいのお金が手に入りそう。


 自分の家を建てて、畑で食べ物を作って、静かに暮らすこと。


 鎧を着たとき、自分で言った言葉だ。今でもしっかり覚えてる。

 それがかなうまで、鎧を着ていられる。それが、私がギド王と交わした契約だ。


「クロウ様」


 ウェナが、私の腕に手を乗せる。


「クロウ様の目的は、かなうのです。私や、リギドゥス王のことは考えず、クロウ様の思うように、してください」


 ウェナは、なんとなくわかったんだろう。もう契約が終わろうとしていることを。

 確かに、家を建て終えれば、野菜の種なんかは残りのお金ですぐ買える。

 そうしたらもう目標達成、契約完了だ。


 契約が終わるってことは、死鋼の鎧が私から離れるってことだ。

 そうなったら。

 死鋼の鎧も、それに宿るギド王も、ウェナも、またあの遺跡の中に戻ることになる。


「なんだかなあ」


 なかなか結論を出せない私にイライラしたのか、ケイが壁から離れて扉へと向かっていく。


「治療もあるし、私はもう行くけどさ。どっちか迷ってるなら、クロウが今やりたいほうを選べばいいだけじゃない」

「やりたいほう……」

「そう。あんまり余計なことは考えないで、思ったことをそのままね」


 それだけ言うと、ケイは扉を開け、そっと外へと出て行った。


 やりたいほう。

 やりたいこと。

 でも、なんでだろう。

 自分の家を建てるって目標は、今ではなんだか薄れてる。


 ちょっと考えたら、原因はすぐにわかった。

 それよりも、もっといいことを見つけたからだ。

 それは。


「よし、決めた」


 私は身体を起こし、ベッドの上に座った。


「ちょっと待っててね」


 身を乗り出すウェナを手で止めて、私は鎧の胸に手を当てた。

 しっかりと念じると、鎧はゆっくりと私の身体から離れていく。

 積み上がっていく鎧の欠片。それはベッドからはみだして床にもこぼれ落ちていく。

 

 この鎧のおかげで、私は今こうしていられるんだ。


 最後に残った兜は自分の膝の上に置く。

 そして私はウェナに向き直った。


「決めたけど、それを言う前に、ウェナには聞いて欲しいことがあるの。この、鎧を着ていない姿でね」


 ウェナの、宝石みたいな青い瞳が私を映す。

 一度深呼吸してから、私はしっかりとウェナの顔を見た。


「私は生まれつき、魔力がないの。ギド王と同じで、魔力がゼロ」


 言い切ってから、肩から力がすうっと抜ける。


「ふう。言っちゃった」

≪おいおい、いいのかよ≫


 膝の上の兜から、慌てたような声が聞こえてくる。


「大丈夫。この子にならね」


 小声で王様に返事をする。

 ウェナはというと、よほどびっくりしたのか動けなくなっているみたいだ。


「私がこの鎧を探したのは、そのせい。魔力がない私の身体なら、魔力を吸われて死ぬことはないかな、って思ってね」


 びっくり顔のまま、ウェナはゆっくりとうなずく。


「鎧を探してる途中で出会えたウェナとケイには、いろいろ助けてもらって、すごく感謝してる、特にウェナ、あなたには。本当に、ありがとね」


 そう言って、私は頭を下げた。


「いえ、そんなことは……」


 ウェナは、なんだか小声になっちゃっている。


「でね。二人と一緒にいるときも楽しかったけど、この鎧を着てから、他にもよかったことがあったんだ」


 そう。私にとっては、今までになかったこと。できなかったこと。


「それは、ジュリアさんや議長さん、それに、人質にされていた子供たちを助けられたこと。まさか、この私が盗賊から人を助けて、お礼まで言われちゃうなんてね」


 ちょっと昔、この世界に来たばかりのころを思い出して、私は天井を見上げた。


「魔法が使えない私は、いっつも周りに迷惑かけてばっかりだった。お礼を言われるようなことなんて、なんにもできなかったんだ。そんな私でも、人を助けられたのが嬉しかった」


 天井に向かって手を伸ばしてみる。

 鎧を脱いだ自分の、細い腕。


「あのときは、盗賊たちの都合で盾にされそうになってた子供たちが、魔法が使えなかった自分と重なっちゃってね。助けることができたのが、本当に嬉しかった。私でも、邪魔じゃないんだ、できることがあったんだ、って」


 私は顔を下に向けると、ベッドの上に残る鎧の破片を手に取った。


「でも、助けることができたのは、死鋼の鎧があったから。これがないと、私は今までと同じ役立たずのままなんだ。このままじゃ、もし家を建てたとしても、たぶん私自身は何も変わらないと思う。それどころか、通りすがりの盗賊に根こそぎ持っていかれちゃうだろうね」


 この短期間で、街道と闘技場の二回も襲われたんだ。

 家を建てても静かに暮らせる保証なんてないんだよね、この世界。


「私はやっと、自分にできることが見つけられたんだ。それは、この死鋼の鎧を使い続けること。鎧を使う期間は、自分の家を建てて、畑で食べ物を作って、静かに暮らせるようになるまでっていう契約にしてあるの。だから逆に言えば、家を建てなければこの鎧をずっと着ていられるってことよね」


 家を建てるのは、お金さえあれば誰でもできる。

 でも、この鎧を使うことは、魔力がない私だからこそできることだ。


「そして、この鎧の能力を活かすために、議長さんのお誘いを受けてエクサの守備隊に入ろうと思う。そうすることでここの人たちの役に立てるなら、それが一番いいと思うんだ。それに、ウェナもあの暗い遺跡に戻らなくてすむでしょ」

「私も、一緒にいても、いいのですか?」


 私はウェナのほうを見ると、動かないままのウェナの手を取った。


「もちろん。いなきゃ困るよ。これからも一緒にやっていくことになるから、またよろしくね。そのうち、あなたの病気を治して、自由になれる方法も探してみよう? 昔は治らなかった病気でも、今なら治療法があるかもしれないしね」


 ウェナが、私の顔を見上げた。

 その目は、今までで一番大きく、ぱっちりと開いている。


「今の、話。本当、なんですか?」

「もちろん。今の私の願いは、このままここで暮らしていくことだよ。あなたと一緒にね」


 そのとたん、ウェナの目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれだして。


「ちょっとちょっと、泣かないでよー」


 うつむいて顔を押さえ、肩を震わせるウェナ。

 そっと頭をなで、なんとか落ち着かせようとしてみる。


≪鎧に宿って六百年。この鎧を求める奴は、皆が皆、自分の目的のために必死だった。俺やウェイナリアに目を向けるヤツはいなかった≫


 そのとき。


≪本当に、お前のような使い手は初めてだよ≫


 『死鋼の鎧』の、動かないはずの兜が、ほんの少し笑ったように見えた。

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