第一部エピローグ この、世界で
第52話 身体があちこち痛いです。
熱い。
頭、おなか、肩、腕、足と、いろんなところが熱を持っている。
その熱は、不意にきゅっと集まり、じわりとした痛みに変わってから身体に広がる。
「痛……」
薄く目を開けると、ぼんやりした視界の中に、小さな手のひらが見える。
その手は、私の額にそっと乗せられた。
「お目覚め、ですか?」
ウェナの声だ。
寝かされている私のすぐ横に、ウェナは座っていた。
少し眉をひそめ、こっちをのぞき込むように顔を近づけてくる。
「うん」
声を出すのに、少し時間がかかった。
身体が痛む。
看病されてる?
「涼風」
ウェナが、魔法で私の額を冷やしてくれる。
それがほてった頭に気持ちよくて、私は目を閉じて大きく息をついた。
「気持ちいい……」
少し余裕の出てきた私は、回りを目で眺めてみた。
けっこう大きな部屋だ。私たちが寝泊りしてた闘技場の部屋と同じくらいかな。
ウェナの後ろには、空のベッドがもう二つある。
「そうだ」
だんだん思い出してきた。
闘技大会。決勝戦。そのときの大騒ぎ。
「私、あれからどれくらい寝て……、いや、それよりも」
もっと、大事なことがある。
「あのあと、子供たちはどうなったの? それに、議長さんや、ケイは?」
私がウェナを見ると、彼女は私の頭から手を離した。
「死者は、出ていません。人質は、全員、無事でした」
みんな、無事。
子供たちも、大丈夫だよね。
「そっか。よかった」
私がつぶやくと、ウェナは心配そうに身を乗り出してきた。
「どこまで、覚えていますか?」
「ケイが、あの炎の槍を使ったとこまでかな」
ウェナの瞳が、少し大きくなった。
「そこまで、ですか」
「うん。炎の槍が命中して、あたりが真っ白になって。そこでおしまい」
小さく息をついたウェナが、目を閉じる。
「あの魔法から生じた火柱で、私たちは近づけませんでした。私は、ケイさんや、他の兵士たちと共に、残りの盗賊と戦っていました」
そういや、他にもいたんだっけ。
「すべての盗賊を倒したころに、炎もようやく収まっていました。その時には既に、あの男、マーグは、気を失っていました」
「そっか。ケイの魔法、やっぱり効いたんだね」
「いえ。死鋼に吸収されたのか、マーグの身体は、それほど焼けていませんでした。それに、ケイはあの時点で重傷で、彼女が放った魔法の威力も落ちていたようです」
「え」
ウェナが立ち上がり、ベッドの横の大きな花瓶へ近づく。
「あのとき、クロウ様の右腕は、あの男の首にかかっていました。このように」
そう言って、ウェナは花瓶の口元に自分の腕をからませた。
相手の首にかけた右腕を、左手で引いて締める感じ。
「その腕の力は、あまりに強く、私でもなかなか外せませんでした。マーグの失神の、直接の原因は、その首締めだと思われます。覚えていませんか?」
「いやもう。全然覚えてない。ほんと」
私は首をぶんぶんと横に振る。
そのせいで、肩の痛みが少し増えた。
「ケイは、大丈夫なの?」
「今は、歩ける程度には、回復していました」
そう言うと、ウェナは花瓶から離れた。
「よろしければ、これから呼んでまいります。ケイさんも、クロウ様が目覚めたら、教えてほしいと言っていましたし」
「うん、お願いね」
出口に向かおうとしていたウェナが、こっちに向き直る。
「看病、ありがとね」
「……いえ」
ウェナは律儀に頭を下げると、そのまま足早に部屋から出て行った。
「ふう」
枕を直そうとして、伸ばした自分の手。
黒くて、ごつごつした金属の籠手だ。
「王様」
≪ん?≫
すぐに返ってくる返事が、なんだか嬉しい。
「ありがとう。王様がいなかったら、私はなんにもできなかった」
≪俺は口を出すだけで、なにもしちゃいないさ。実際に頑張ったのは、お前だよ≫
「あはは……」
照れくさくて、ほっぺをかこうとしてみる。
けど、その手は途中で止まった。
死鋼の鎧の腕、そのあちこちに白いシーツの切れ端が引っかかっている。
そういえば、私が寝てるのは普通のベッドか。
ハンモックじゃないとこうなるのね。
「弁償しなきゃいけないかなあ」
≪気にするなよ。放っておけばいい≫
王様の言葉に少し笑ってしまう。
「そういうわけにも、いかないでしょ」
≪律儀だな。ま、今のお前にとっちゃ
「いやそんな、端金だなんて。そりゃ、臨時警備のお給料は出るけどさ」
≪本当にお前は、ぼけてるのか忘れっぽいのか≫
「ひどいなあ」
≪あのマーグは賞金首だ。忘れてたか≫
「あー」
そういや、そんな話も誰かから聞いてたような。
「マーグに掛かった賞金って、いくらか知ってる?」
≪金貨千枚だとさ≫
ごく当たり前のように、ギド王がさらっと言った。
「え?」
回りは静かで、王様の声ははっきりしてるから、聞き間違えようはないんだけど。
「ごめん、もう一回」
私はつい聞き返した。
≪だから、金貨千枚だ≫
「え、ええええええええ!?」
私の身体は勝手に起きあがり、口からは自分でも聞いたことの無いような大声が出た。
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