第47話 相手は力持ちみたいです。

「もう勝った気なの? ふざけないでよね」


 大きく息を吸ったケイが、両手で握った三日月剣を肩の上から背中に届くほどまで振りかぶる。

 その刀身がオレンジから白に、さらに金色に変化した。

 剣先からガスバーナーのような直線状の炎があふれ、その周囲が熱で揺らぐ。


!」


 三日月剣が斜めに振り下ろされると、刀身の金に輝く光が、正面に放たれた。

 槍のように伸びた光は、まっすぐ双鉄拳さんに突き進む!


 双鉄拳さんは腰を落とし、右腕で光の槍を受け止めた。

 その黒い籠手にぶつかって一度は飛び散った光が、渦を巻きながら炎に変わり、連続で弾ける。


 そして、弾けた炎の粒が双鉄拳さんの身体に再び集まり、砕けた!


 空気が震え、爆発の風が壁際の私にまで届く。

 火球とは桁違いの大爆発が、双鉄拳さんを飲み込んでいた。

 その迫力に目を閉じる直前、雷みたいな爆音が轟き、周りの砂が噴き上がるのが見えた。


 ケイの本気、初めて見た。

 あんなすごい魔法も使えたんだ。


 やがて、大量の黒煙がこっちに流れてきて、私の前を塞いだ。

 あまりに大きい爆発だったせいか、観客は静まり返っている。


「なんでよ。なんで、立ってられるのよ」


 爆音で痛む私の耳に、小さい声が聞こえる。

 ケイの声だ。

 今までの彼女からは想像できないほど弱々しい。


「調子に乗りやがって……」


 こっちは双鉄拳さんの声だ。かなり頭に来てそうな、低い声。


!」


 黒煙の中を金色の光が走る。


!」


 金のきらめきが、何度も煙の彼方をかすめた。

 黒煙が、まるで雷雲のように火花を散らしている。

 頭の上にまで煙が来たから慌てて口を押さえたけど、鎧のお陰なのか煙は目や口にまでは入ってこなかった。


っ!」


 お客さんが騒ぎ出した。顔を上げた私の目の前に、稲光の余波が飛び散る。


 なんか変だ。

 ケイの声は全然聞こえなくて、相手の魔法の言葉だけが続いてる。


 私は槍を握りなおすと、試合場の中央へと走り出した。


「勝負あり! 勝負ありだ! 双鉄拳選手、攻撃をやめよ!」

「ふん、力が足りねえって言ってんだろうが」

「よすんだ! 勝負はついた、あなたの勝ちだ。これ以上攻撃すると、失格になるぞ!」


 走り続けていると、煙がとぎれた。すぐそこで審判さんと双鉄拳さんが向かい合っている。そして、そこから十歩もいかないところでケイがあお向けに倒れていた。


「ケイ!」


 目を閉じたケイの額や二の腕から血が出ている。

 近づくと、焦げの臭いが私の鼻をついた。

 髪や鎧の下の服があちこち焼き切れていて、そこから見える肌が黒ずんでいる。


「ケイ!?」


 すぐそばで声をかけると、口元にわずかな反応があった。

 よかった。生きてる。


 肩越しに後ろを見ると、双鉄拳さん、いや、双鉄拳が、残忍な笑みを浮かべていた。

 焼けてチリチリした髪にススまみれの顔で、いまいち迫力ないけど。


「ここまでしなくても」


 再びケイに目を戻した私は、思わずそう口走っていた。


「はん、笑わせるな。ここをどこだと思ってやがる。弱い奴はつぶされて当然だ」

「強い人なら、加減も知ってるよ。ジュリアさんみたいに」


 双鉄拳の薄笑いが消えた。

 値踏みするように、私を正面から見回している。


≪落ち着けクロウ。無駄に相手をあおるな≫


 王の言葉で少し冷静になり、一拍おいて血の気が引く。

 うわあ。双鉄拳、怒ってる。目元がぴくぴくしてるぞ。


 だけど。意外にも双鉄拳はあっさりと引き下がった。

 こちらに背を向け、闘技場の中央へ歩いていく。


≪それよりもだ。あの右腕の籠手、あれはこの鎧と同じ『死鋼』製だ≫

「え? そりゃ、黒いけれど」

≪あいつは、常に右腕で魔法を受けていた。あれだけの魔法を受け続けて割れもへこみもしないなんてことは、普通はありえない。それに、あいつはすべての魔法を左手で放っていた。死鋼の籠手をつけた右腕で魔法を使おうとしても、魔力が吸われて威力激減だからな≫


 私以外にも、死鋼を使う人がいたんだ。

 というか、あいつはたぶん私よりもずっとうまく使いこなしてる。

 魔法を死鋼で防いで、その力を腕力にして殴って、魔法も使える。


「それじゃ、あの双鉄拳はあんなに魔法を受けてもずっと平気なの?」

≪慌てるな。あいつの右腕、よく見てみろ≫


 意識して見ると、双鉄拳の右肩の筋肉が、細かく動いていた。


「震えてる……?」

≪ああ。お前も知ってるとおり、死鋼でも攻撃魔法が直撃したときの衝撃自体は防ぎ切れない。ケイの最後の魔法は効いていたんだ。だから、あいつはケイが戦意を失っているうちに容赦なく魔法を連発した。弱ったところを追撃される前にな≫


 でも、だからって。

 無抵抗のケイをあんなにボロボロになるまで攻撃するなんて。


「クロウ君。この人を救護室まで運ぶよ。手伝ってくれるかい?」


 肩を叩かれて振り向くと、担架を持った警備兵、顔見知りの灰色毛の猫おじさんがそこにいた。


「え? あ、はい。わかりました」


 ケイを担架に乗せて、持ち上げる。

 担架の足側をつかんだ私の前では、傷ついたケイが目を閉じて小さく呼吸していた。

 人を運ぶのはもう慣れちゃったけど、まさかケイを運ぶことになるとは思わなかったよ。

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