第29話 闘技場に向かいましょう。

 役所を出た私とケイ、ウェナは、闘技大会の会場である闘技場への道をゆっくり歩いていた。

 ひとまず、やれるお仕事が見つかって安心したよ。

 ここからはのんびり行こう。


「闘技場の場所ってどこかわかる?」


 私が聞くと、ウェナが一枚の折られた紙を渡してくれた。


「こちらを、ご覧ください。この街の、地図になります」


 さっそく広げてみると、そこにはとてもシンプルな図が描かれていた。中央に塔があって、それが正六角形の線で三重に囲まれている。


「その線が、城壁になります。この都市は、城壁によって、区画が分けられています」


 そこまで言って、ウェナが少し咳き込む。

 遺跡の中でも咳をしてたし、ノドが弱いみたいだ。あんまり無理はさせられない。


「慌てないで。ゆっくりしゃべってくれればいいから」


 口を押えたウェナがうなずいてくれた。


 地図を見てみると、壁を示す線は中央の塔からも出ていた。

 線は、三つの六角形すべての角をつないでいて、都市全体を見ると城壁がまるで雪の結晶のような模様になっている。


「その形から、蜘蛛くも城とも、呼ばれているそうです」


 ああ、確かに蜘蛛の巣にも見えちゃうか。

 せっかく白くてきれいなお城と街なんだから、粉雪の城とかのほうがよさそうなのに。


「ちょっと~、早く来なさいよ~っ」


 顔を上げると、ケイはかなり先へと進んでいた。

 地図を見ながら行こうとすると、ウェナが私の槍に触れた。


「お持ち、します」

「え? 大丈夫?」


 ウェナはまるで小枝でもつかむみたいに、槍をひょいと手にとった。

 あの、鎧を着てない私じゃ動かせないような、重い槍を。

 その槍を小さな肩に乗せて、彼女は平然と歩き出す。


「大丈夫なのね……」


 見た目によらず、すごい力持ちだ。


「ありがと」

「このくらいは、従者として、当然です」


 硬いなあ、ウェナは。

 従者とか言われても普通の学生だった私にはピンとこないし、ちょっとやりにくい。


「そちらを、右。あとは、道なりに行けば、闘技場に着けます」

「道、知ってるんだね」

「昨日、ケイに、連れて行ってもらいました」


 ウェナに言われるままに、私は十字路を右に曲がった。


「二人のほうは、何も問題なかったの?」

「はい。出発してから三日後の、昼過ぎに、エクサに着きました。予定では、夕方到着でしたが、早く着けました」


 私の斜め後ろについたウェナが、相変わらずの無表情で答える。


「こっちは平和なもんだったからねー」


 ケイが頭の上で手を組み、大きくあくびをする。


「そういえばクロウ。さっきジュリアさんと謝礼がどうとか話してたけど、盗賊退治にクロウも混ざったの?」

「いや、まあ、混ざったというか巻き込まれたというか」


 ウェナも聞きたそうな顔をしていたので、簡単に説明してみた。

 エクサに行く途中で盗賊に襲われて、乗ってた車ごとさらわれたこと。

 さらわれた先で、ジュリアさんたちエクサ守備隊と盗賊団が戦っていたこと。

 そこに顔を出したもんだから盗賊たちに襲われて、なんというかこう、畑を耕すようなことをしてしまったこと。


 ちなみに、盗賊退治の謝礼については役所でジュリアさんとの別れ際にちょこっと話した。


「申し訳ないですが時間をください。盗賊団を捕まえられたし、盗品を取り返せたのはいいんですが、中身を整理するだけでも相当な時間がかかりそうなんです。そのへんの数字がはっきりしないと、クロウ殿への謝礼の額が計算できないのですよ。臨時警備の仕事が終わるまでには支払えるでしょう」


 ジュリアさん、そう言ってため息をついてたなあ。


「あっははははは! 耕すってあんた。そりゃ、その槍で耕されたら、たまったもんじゃないね」


 ケイ、そんな笑わなくてもいいじゃないの。


「まあ、盗品を積んだ馬車の行列までできるぐらいだから、相当でっかい盗賊団だったのはわかるよ。でも、クロウがその鎧でそこまでやったんなら、もう壊滅したんじゃないの?」

「それが、そうでもないんだって。マーグっていう頭目はまだ見つかってないし、配下の盗賊も今回捕まえたのが全部じゃなくて、おそらく全体の半分程度だってジュリアさんが言ってた」

「ふーん……」


 ケイが少し真面目な顔になった。


「あの大行列で連行してきた盗賊の数でまだ半分かぁ。っていうなら、そのマーグってのは並みの盗賊じゃないね。それだけのゴロツキの頭を張れるのは、腕があって悪知恵も働く悪党だよ」

「そうかもだね。ジュリアさんは、今までの情報に比べて規模が大きすぎるって言ってた。複数の盗賊団が同盟したか、合流してひとつになったかしたと考えられる、だって。ケイはなにか知ってる?」

「うーん。むしろ最近は盗賊が減ってる気がしてたけどね。クロウの遺跡探索の護衛を受けたのは、面白そうだったからってのもあったけど、商人や旅人の護衛依頼が少なくなってて暇してたのもあったのよ」


 減ってるのかあ。

 盗賊団が集まって大きくなったのに盗賊の出る数が減ったのはなんでだろう。

 あんなにたくさん盗品をためこんでたから、しばらく休みにでもしてたのか。


 そうでなければ、大人数でなんかの準備でもしてるんだろうか。

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