第30話 おいしそうな屋台を見つけました。
「ま、わかんないことを考えてもしかたないって」
頭の上で手を振ったケイが、前にたたっと走り出た。
「おー。あそこでおいしそうなのを売ってるじゃない。買ってみない?」
ケイの視線の先、大通りに並んだ屋台の一つでは、エプロンをつけたトカゲ型の獣人さんが独特の高い声で呼び込みをしている。
「さあご覧ください。こちらは北の山の向こう、
店員さんは、そう言って大きな木の実を取り出した。木の実は、バレーボールぐらいの大きさの二つの玉が、ヒョウタンみたいに中央でくっついた形をしている。
「一つで、銅貨四枚。三つなら、銅貨十枚におまけしとくよ。どうだい?」
「じゃあ、三つください」
ちらっと細い舌を見せた店員さんは、実の両端を手に持った。彼が力を込めると、実の中央、くびれた部分がパキッと折れて二つに分かれる。
折れたところは空洞になっていて、店員さんはその中に管のように巻かれた細長い草の葉を一本ずつ入れた。
「はい、どうぞ。この時期のは果汁たっぷりでおいしいよっ」
そう言って、トカゲさんはさらにもう一つ実を取り出す。これは、実を食べるのではなく、中にたまった果汁を飲むものらしい。この細長い葉っぱはストローかあ。
初めて見るニクスの実を眺めていると、後ろから伸びたケイの手が木の実をつかんだ。
「ありがと。はい、お代」
ケイは銅貨を四枚渡してくれた。
「ふふ、懐かしいなあ。これってこのへんじゃ全然見かけないんだよね」
嬉しそうに笑ったケイが、葉のストローに口をつける。
ウェナにも一個渡してから、私もニクスの実の果汁を一口飲んでみた。
かなり甘さが強いリンゴジュースみたいな感じで、味の濃さのわりには水のようにサラサラで後味すっきり。
こういうの好きだなあ。
木の実を手にした私たちは、また大通りを歩き出した。
道はけっこう古そうな茶色いレンガ製で、ところどころが少しすり減っている。
建物は、そのほとんどが白いレンガで作られていた。
中身は、お店と民家が半々ぐらい。
「そんなにキョロキョロするのはやめたら? 子供じゃないんだから」
ケイが横目で私をたしなめる。
「えー。でもなぁ」
私は辺りを見回さずにはいられなかった。
さすが、このあたり一番の都市。人通りがすごく多くて、種族もいろいろ。
街全体が活気に満ちあふれている。
闘技大会が近いこともあってか、武器を腰に下げた人が多いかな?
右を見れば毛皮の獣人、左を見れば角の生えた巨人。
うんうん。ファンタジー世界はこうでないと。
「しょうがないじゃない。これだけ人が集まるのを見たのは初めてなんだから」
こっちの世界では、という条件がつくけど。
「あらら。なら仕方ないかもね。私からすると、こんなに人が多いと少し窮屈かな」
慣れた様子のケイは、軽く肩をすくめる。
「ほら、見えてきたよ」
ケイが道の先に目を向けて、私もそっちを見た。
前の方に、縦長で色とりどりの大きな旗が何本もはためいている。
その旗の先には、石で作った柵をいくつも重ねたような、不思議な造りの建物があった。
イタリアにあるっていう古代ローマの闘技場、コロッセオにちょっと似てる。
写真でしか見たことないけど。
「あれが、闘技大会の、会場になります。古代の建築物に、改装を繰り返し、現在も使用しているそうです」
ウェナが指をさす闘技場は白い石材で作られていて、高さは周りの城壁と同じくらい。大きさも相当あるみたいで、一歩進むたびに闘技場の迫力は増していく。
近づくにつれて、見上げる私の首の角度がどんどん上に向いて行った。
少なくとも、私の住んでたところの市立体育館よりも大きい。
「すごいねえ。闘技大会ってこんなところでやるんだ」
ふもとまで近づいた私は、そんな子供みたいな感想しか出てこなかった。
真上くらいまで首を曲げて見上げる闘技場はさらに大きく見えた。
白色のはずの建物が、日を背にしたせいか黒く巨大な生き物の影っぽく見える。
大きすぎて、ちょっと怖い。
「ほら、こっちだよ」
ケイは、ずかずかと闘技場の中に入っていく。
「受付は、ここの奥です」
ウェナにも先に行かれ、私は小走りに二人の後を追った。
通路には、いろんな武器を手にした人たちが所狭しと並んでいる。
で、そのほとんどが恐ろしい目つきで私たちをにらんでくる。
この人たち、みんな闘技大会の参加者なのかな。
目を合わせないよう、前を歩くケイとウェナだけを見るようにして歩いていると、やがて一つの扉の前にたどり着いた。
扉は開けられていて、横には「闘技場総合受付・案内所」と書かれた看板が立っている。
受付の中は机や書類が並ぶ事務所のようだけど、そこにいる人はみんな鎧を着ていた。
その鎧は肩や腰の金属板がやたら大きくて、あちこちにエクサの六角形マークがついたデザイン重視の動きにくそうなものだ。
この闘技場の制服、というか、制鎧、なのかな?
「いらっしゃいませ。闘技大会の出場登録でしょうか?」
牙の長い受付さんが、私を見るなりそんなことを言う。
「違います」
このやり取りもそろそろ飽きてきたぞ。
「紹介を受けて、臨時の警備兵の申し込みに来ました。こちらが書類です」
ジュリアさんのサインが入った書類を渡すと、受付さんはそれを事務所っぽいところに座る人へ持って行った。
その人が書類を確認したあと、立ち上がってこちらのそばまでやってくる。
「守備隊からのご紹介ですね。先に宿泊用の部屋へご案内しますので、荷物を置いてください。その後、業務の説明を行います」
奥から出てきた事務員さんが廊下まで出てきて、建物の奥へと歩き出す。
私とウェナ、それに部屋が同じ方向だというケイも一緒に、事務員さんの後ろをついていく。
「お疲れの、ようですね」
ウェナが私を見上げて言った。
私の表情は兜で見えないはずだけど、仕草で伝わるくらいだったのかな。
言われてみれば、なんか急に疲れを感じてきた。気が緩んだのかもしれない。
そういえばこの数日は野宿や移動が続いてたし、盗賊騒ぎもあったし。
「そうだね、そうかもしれない。ここしばらく、しっかり眠れてなかったし。ふああああ」
「今日は、ゆっくり、お休みください」
安心したせいか、大あくびが出てしまった。
業務の説明があるって言ってたから、もう少し起きてないとダメだなあ。
それが終わったら、今日は早めに休もう……。
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