第26話 エクサの役所に来てみました。
ジュリアさんの言う役所は、すぐに見つかった。
城壁と一体化した白い石材の建物で、外には門番さんが槍を持って立っている。
門番さんに話すと、あっさり中に入れてくれた。
役所の中は明るくて、天井のガラス玉から出る光で照らされている。
たいまつやランプではない、安定した明かり。
魔法の照明なんだけど、まるで電球みたい。
そして、意外と人は少なかった。
カウンターにある案内板は半分以上が伏せられていて、カウンターに人がいるのは総合受付のところだけだ。
今は数人しか並んでいない。
列の後ろに並んでしばらく待っていると、私の番がやってきた。
「お待たせしました。どうされましたか?」
カウンターにいる女性の受付さんは人間っぽい顔をしてるけど、その頭の上にはウサギみたいな長い耳が立っていて、ぴこぴこと動いている。
「無差別闘技大会の選手受付でしょうか?」
受付さんは私の鎧姿を一通り眺めてからそう付け加えた。
「いえ。これに書かれている、城壁の補修工事のほうに参加したいんです」
私がチラシを受付に置くと、彼女はその文章に指を当てて読み始めた。
途中で、机の引き出しから別の書類を取り出し、そっちとも見比べている。
「あら……。申し訳ないです」
別の書類を読み終えた受付さんが、私を見上げる。
「この募集は、もう人数が揃ったので受付を終了しているんですよ」
「え!」
「昨日なら、まだ間に合ったんですけどね」
ジュリアさんの言うとおりだったか……。
しかも、よりによって昨日かあ。
盗賊にさらわれてなければ、間に合ったかもしれないのになあ。
「あのー。もし、よろしければ」
頭を抱える私に、受付さんの遠慮がちな声がかけられる。
「今、闘技大会では補充選手の募集をしているんですよ。こちらでしたら、すぐに受付ができますけれど」
そう言って、受付さんがチラシの一番上、メインイベントの宣伝文を指さした。
「もう棄権してるのがいるの?」
横からのケイの言葉に、受付さんが顔を曇らせる。
「はい。正式な参加者が発表されてから、ぽろぽろと」
「はー。だらしないわねぇ」
「大会は五日後から始まるのですが、まだ補充選手の枠が埋まりきらないんですよ。戦えるのであれば、この際どなたでも構いません。いかがでしょうか」
「いやー、闘技大会には出るつもりはないんだけど……」
私が断ろうとしていたら、ウェナが受付さんの前に立った。
「でしたら、私が参加、しましょうか」
「ありがとうございます。登録名は何にいたしましょう?」
「『魔を拒む黒鉄の王』、で」
「いや、ちょっと待った!」
さらっと手続きしようとするウェナを、私は慌てて止めた。
「どうしたのよ、いきなり」
「資金稼ぎが、目的でしたら、私でもお役に立てるかと」
「そりゃ、確かにお金稼ぎのためにこのエクサに来たんだけどさ。別に闘技大会でなくてもいいでしょ」
後ろで残念そうなため息が聞こえてきたので、発生源の受付さんに向き直る。
「あなたも、こんな子供をあっさり登録しようとしないでよ」
「そうでしょうか? 私はこれでも何人もの選手や試合を見ていますので、戦えるかどうかの目利きはできますよ。こちらのお嬢さんは相当な魔力をお持ちのようですし、なかなかお強いのでは?」
「うぐっ」
魔力のことを言われると、私は黙るしかない。
私はそのへんの感覚がわからないけど、魔力の大小ってそんな簡単に感じられるものなのかなあ。
「とにかく。私の都合でウェナを危険な目には合わせないから」
「んじゃ、クロウが出てみたら?」
ケイがまた反応に困る冗談を言うと思ったら。
「こんな大きな都市だと、いるだけでお金がけっこうかかるよ。その点、選手ならお祭り期間中は宿泊費無料、食事代もタダ。負けるにしても、その鎧ならひどいケガにはならないでしょ」
けっこう本気な顔で勧めてくる。
「さらにお食事はおかわり自由です。お得だと思いますよ」
受付さんがさらに付け加える。
商売上手め。
まあ、目的にしていた仕事がなくなったし、このままだとお金が減る一方ではあるんだけど。
「ケイは、私の中身の実力、知ってるでしょ。戦闘なんて鎧に頼りっきりなんだよ。ケイみたいに、この大会を通して自分の実力を示して夢をかなえたいっていう人にとっては、私みたいなのは汚いとか邪魔とか、そういうふうに思ったりしないの?」
「んー。そりゃまあ、そういう考えをするのもいるだろうけどさ」
私が聞いてみると、ケイは上のほうを見て少し考えたあと。
「私も剣を使ってるからねえ。もし道具に頼るなって言うなら、突き詰めれば私も剣や鎧を使うなってことになるし。私はどっちかというと、目的のために良い道具をそろえるのも、当人がやるべき努力の内だと思うわけよ」
そう言ってから、不敵にニヤリと笑った。
「それに、どんな物を使われようと、どんな手を使われようと、それでも相手に勝つのが真の実力者ってやつなんじゃない? やり方にケチをつけるうちはまだまだ弱いってこと」
「おおう……。そういうものなのかな」
私はそのまっすぐな視線を受け止められず、目をそらした。
ケイが強いのは知ってるし、村の酒場で闘技大会のことを話してくれたときの生き生きとした表情も知ってる。
彼女は自分の剣の腕、戦いの腕について、誇りというか、自負というか、そういうのを持っている。
そんなケイと同じ舞台に上がるだけの理由が、強さが、私自身の中には見つからない。
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