第三章 異世界の都市で

第24話 独立都市エクサが見えてきました。

 晴れ渡った空と、どこまでも続く草原。

 その青と緑の境目に、白い建物がぽつんと建っている。


 ちょっと絵になる光景だ。


 振り返れば、灰色の山が、遠くにかすんで見える。

 真っ白な鳥の群れが、翼を広げたまま横切っていった。


 私は、運送屋さんの車を引っぱっていた巨大ダンゴムシ、パプの上からこの景色を眺めていた。

 パプの背中の上は揺れがほとんどなくて、うるさい音もしない。


 空の一番上できらきら光る太陽はちょうどいい暖かさだ。

 やさしい風が吹き、雲がゆっくりと流れていく。

 風に乗ってきた甘い香りは、この近くに咲いてるお花からかな?


 こういう自然豊かで落ち着く場所は、まさに私の理想。

 こんな素敵な場所は、他にはどこにもないかもしれないとまで思えてくる。


「クロウ殿。エクサが見えました」


 ジュリアさんの声が聞こえ、私は下を見た。

 鎧付きの立派な馬に乗ったジュリアさんがこっちを見上げている。


「正面に見える白い建造物がそうです。もう少しで着きますよ」

「わかりましたー。ありがとうございますー」


 ジュリアさんは馬のスピードを緩め、また後ろのほうへと戻っていった。

 盗賊騒ぎのせいで予定よりも少し遅れたけど、無事にエクサの街に着けそうだ。

 道中では守備兵の人たちに守ってもらって安心できたし、休憩時には温かい食事を分けてもらえたりしたおかげで、体調もすっかりよくなっていた。


 私の後ろには数台の馬車が列になって続いている。

 そっちに乗っているのはジュリアさんの部下の守備兵さんたちだ。

 ジュリアさんが彼らの馬車の横に並んで、なにか話しかけている。


 あの洞窟の奥、私が目を覚ました物置きみたいなところは、盗賊たちの盗品置き場だった。

 盗品はジュリアさんたちエクサ守備隊が一度持ち帰ってから本来の持ち主を探すらしい。

 大量すぎて全部は持ってこれてないけど。


 私が乗ってるパプも盗品のひとつだった。

 死鋼の鎧を乗せられるものが他になさそうだったので、パプの上に乗せてもらっている。


 もちろん、パプの手綱を握って運転しているのは守備兵の人だ。

 私はパプの運転方法なんて知らないし。


 草原の先に見えていた白い建物はどんどん大きくなってきている。

 横に長い四角形の建物を土台にして、段々に上へ積み重なっている感じ。

 日の光をキラキラ跳ね返すぐらいの真っ白で、上のほうには灰色の長細い塔が何本か建っている。


 まるでウエディングケーキだ。

 子供のころ、親戚の結婚式で見たなあ。

 あのときは食べたいとかよりも、あんな大きくてきれいなケーキがあるんだって衝撃のほうが強くて、切るときはもったいないと思っちゃったっけ。


 だけど、近づいていくにつれて豪華なケーキのイメージは消えていった。

 なぜかって、大きすぎたから。


 私が見ていた白い物影は、一個の建物ではなく都市全体の外壁だった。

 塔だと思っていたのは、都市の中央にある、お城。

 周りがなにもない草原だったせいで、なかなか遠近感がつかめなかったみたい。


 白い外壁は、もう視界いっぱいにまで広がっている。

 歩いて一周しようとしたら何時間かかるだろう?


 外壁の高さは私が乗ってる一軒家サイズのパプよりちょっと高いぐらい。

 そしてその壁の上では、作業員らしい男の人たちが黙々と白い石を積み上げている。

 まだ工事中で、完成すればもっと高くなるみたいだ。


 あれが、この大草原最大の独立都市、エクサ。


 正面の外壁に、都市の中へと続く門がある。

 パプに乗ったままでも通れそうな大きな門だ。


 門のところには、都市に入ろうとしている人で行列ができていた。

 若草色の鎧を着こんだ門番さんもいて、その中の一人が幌馬車に乗った商人風の人となにか話している。

 他にも何人もの槍を持った門番さんたちが出入りする人の列を眺めていて、入場整理してるみたいだ。


≪門の右側を見てみな≫


 魔力の節約のためにずっと静かだったギド王が、久々に声を出してくれた。

 言われた方向を見てみると、人の列から少し離れたところで二人の人影が壁に寄りかかっていた。

 一人はこっちに向かって手を振っている。


≪あいつらじゃないか?≫


 私はパプの上から身を乗り出した。

 手を振っている人影、その指先には、赤く揺らめく火のような光がともっているのだ。


「遅いじゃないのーっ、なんでクロウがパプに乗ってるのよーっ」


 手を振っていたのは、ケイだ。

 その横にはウェナもいる。

 二人とも元気そうだ。


「よかった。あっちは無事だったみたいだね」

≪そのようだな。ここまで着たら大丈夫だろうし、俺は寝させてもらうぞ≫

「おやすみ、ギド王。ありがとね」


 パプの手綱を握っていた守備兵の人がこっちを見る。


「お知り合いの方ですか?」

「うん。ちょっと降りて話してもいいかな」

「承知しました。正門の右側に守備隊の詰め所がありますので、後ほどそちらにお越し頂けますか」

「はーい」


 守備兵の人は手綱を引いてパプを二人の立つ壁際へと向かってくれた。

 近づくにつれて、二人の姿がだんだんはっきりしてくる。


 ウェナの服は、ケイの借り物らしい大きめの黄色いシャツとズボン。

 隣のケイは鎧を着ていなくて、黒い袖無しのシャツにグレーのハーフパンツを履いている。

 ケイってスタイルいいんだなぁ。鎧を着ていたときはわからなかったけど。


「遅れた割には元気そうじゃない」

「なにか、問題があったのですか?」


 ゆっくり歩いてくるケイはともかく、駆け寄ってきてくれたウェナはパプに乗る私を見上げるために首を真上近くまで曲げている。


「実は、途中で盗賊に襲われちゃってね」


 言いながら、私はパプの背中から降りる。

 パプを運転する守備隊の人が、向きを変えて詰め所のほうへと移動しはじめた。


「盗賊、ですか? このような、大きな都市の、近くに?」

「へえ~。守備兵と一緒にいるってことは、うまく切り抜けられたみたいね。で、どうなったの? クロウはやっぱり、ずっと逃げ回ってたりとか?」


 驚きのウェナと、からかうような笑顔のケイが対照的だ。


「まあ、そんな感じかな」


 あれは、戦ったとはとても言えないからなぁ。

 ただ、ヤケになって槍を振り回してただけだし。


「治安は、それほど、よくないようですね」

「この世界に絶対に安全な場所ないみたいね」


 残念なことに、この世界では常にどこかで国や町同士の争いが起こっているらしい。

 盗賊なんかも多くて、町から外れた山や森の治安は、ウェナの言う通り良いとは言えない。

 魔法があるぶん一般人もそれなりに戦えるから、村ぐらいの規模でも人が集まって協力すれば数人の盗賊くらいなら対抗できるみたいだけど。


「ま、こっちであったことは後でゆっくり話すよ。ちょっと守備隊の人と一緒に行かなきゃいけないし」

「では、同行します」

「それじゃ、私も」


 ウェナとケイと私、三人で肩を並べて歩き出す。

 いろいろあったけど、無事に合流できてよかったよ。

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