第23話 攻撃魔法を受けました。
私が反応するより早く、魔法の言葉が響いた。
お頭の人の手にあった銀色の光が矢となって放たれ、私の胸に吸い込まれる。
一瞬遅れて、爆発のような衝撃とともに、私の全身が浮き上がった。
そのまま、背中から地面に叩きつけられる。
薄く目を開けると、光の矢が銀の粒になってあたりに飛び散っていた。
「う……。けほっ」
熱を持った痛みが始まり、息ができない。
私は震える手で胸を押さえながら、自分に飛ばされた銀色の矢のことを思い浮かべた。
お頭の人が放ったのは、何度か見たことがある。
集中させた魔力そのものを飛ばす、光の矢の魔法。
ありふれた攻撃魔法だけど、狩りで使えばイノシシなんかも一発で仕留められるし、近くで撃てば、鉄の鎧ごと、人の身体を打ち抜ける。
この世界は、誰だって、盗賊の人だって魔法が使えるということを、私は忘れていた。
「こんなとこで、終わっちゃうのね。思えば、寂しい人生だった……」
≪おいこら、そんなわけないだろう≫
今までの人生を振り返ろうとしていたところだけど、ギド王の言葉で現実に引き戻される。
「な……、効いて、ねえのか?」
お頭の人の声も聞こえる。私は目を開け、自分の胸を探ってみた。
胸に穴が開いたと思ったけど、鎧はつるっつるの無傷だ。
≪『死鋼の鎧』は、魔力を吸収する金属だったことを忘れたか? どんな魔法を受けようと、いや強い魔法であればあるほど、それを吸収して自分の力にできる。攻撃魔法が生む衝撃自体は防ぎきれずに鎧の中まで届くがな。その衝撃だけで死ぬことはそうそうあるまいよ≫
確かに、痛みは強く残っている。正面に転んで、胸から着地したような感じ……。
≪今の痛みを、何度も食らいたくはないだろ? 止めはきっちり刺しておくべきだ≫
「うー……」
王様の言うことも、わかる。私は立ち上がって、もう一度槍を振り上げた。
「ひっ!」
お頭の人が、四つん這いのまま逃げようとする。
そりゃ、死にたくないよね……。
私だって死にたくないけど、だからって誰かを死なせるなんてこともしたくない。
一瞬悩んでから、私は槍を横に振って岩壁に叩きつけた。
槍が岩にめり込み、亀裂と振動が壁面に走る。
槍を直撃させたら死なせてしまいそうだから、せめて壁を叩いてびっくりさせて、お頭の人の足を止めるつもりだった。
そして、私の思いに反して、叩いた壁はまるごと崩れだした。
「うわーっ!」
「下がれ、下がれっ!」
様子を見ていた周りの盗賊たちが悲鳴を上げる。壁の石が雪崩のように崩れてきて、天井からも岩が降ってきた。
「うわ、痛っ!」
≪なーにやってんだ≫
甘い判断に対するお仕置きのごとく、大きな岩が私の頭にぶつかったりする。
岩にめりこんだ槍を引き抜くと、崩壊の勢いがさらに強くなった。
私の足が崩れる土と石の波に埋もれつつある。背中には固い石の雨が容赦なくぶつかってきた。
「はぐっ!」
すぐ横で、くぐもった悲鳴が聞こえた。
見ると、お頭の人の後頭部にも大きな岩が命中してる。
でも、それ以上のことはなにもできなかった。
石の波が私の左肩を押さえつけていて思うように身動きがとれない。
右手の槍を杖のようにして、倒れないように身体を支えるのが精一杯だ。
しばらく待っていると、幸いにも崩落の勢いは収まっていった。
崩れた壁に埋もれかかっているせいで、振動と音が弱まっていくのが全身に伝わってくる。
その場にじっとしていると、身体にぶつかる小石の感触が消えていった。
「やれやれ、落ち着いたようだな」
「怪我はないか?」
やがて、横から声が聞こえてくる。
私は崩落が収まったのを確認して、身体の力を抜いた。
この、『死鋼の鎧』の強さは予想以上みたいだ。
早く慣れないと、他人にも、そして自分にも迷惑がかかる。
「マーグはいないか」
盗賊と戦っていた六本腕の女騎士さんが、近くの人に声をかけている。
「見あたりません」
「まあ、いいだろう。そこで寝ている奴が賊どもの副頭目だ。引きずり出しておけ」
彼女の命令を受けて、部下らしいお揃いの鎧を着けた人たちがこっちに来た。
倒れたままのお頭の人がロープでぐるぐる巻きにされる。
お頭の人は完全に気を失っているみたいで、縛られていても全然反応がない。
その様子を見ていた六本腕の女騎士さんは、向きを変えて私のほうに近づいてきた。
彼女は鎧を着る前の私よりも頭一つは背が高くて、六本腕に合わせた鎧を着てるけど動きがキビキビしていて無駄がない。
「お見事でしたね。あなたが賊の目を引きつけてくれたおかげで、被害を最小限にとどめることができました。お礼を申し上げます」
私の前まで来ると、女騎士さんは兜を外して素顔を見せてくれた。
ポニーテールの黄色い髪にはところどころにメッシュみたいな細い黒髪が混ざっている。
りりしい顔と髪の色が合わさって、虎っぽくてかっこいいイメージの人だ。
「私は、この近くにある独立都市エクサの守備隊を率いる者で、ジュリアと申します。今回は、エクサ周辺を荒らす盗賊団の討伐のために行動していました」
そう言って、彼女は私に向けて軍人さんっぽく敬礼してくれた。
エクサの人か。ちょうど目的の町だ。
「あ、クロウです。はじめまして」
土砂に埋まってろくに動けない私は、頭を下げることもできず口だけで挨拶を返してしまう。
土って思ったよりずっと重いんだな。
ここまで埋まっちゃうと、この鎧でも動けない。
「手の空いている者は手伝ってくれ。クロウ殿を助け出す」
ジュリアさんが守備隊の人たちに声をかけると、みんな集まって私にかぶさった土や岩をどけてくれる。
ジュリアさん自身も手伝ってくれた。
私は半分くらい掘り出されたところで、なんとか自力で抜け出せた。
守備隊の一人がジュリアさんに近づいて耳打ちし、彼女の口元が少しきつくなる。
「どうかしましたか?」
私が声をかけると、少し顔をしかめていたジュリアさんがこっちを見た。
「賊の本当の頭目が、まだ見つかっていないのです」
「本当の頭目?」
「名を、マーグ。この大盗賊団、
ジュリアさんは、悔しそうに口の端をゆがめる。
「髪のない頭に一本の黒い角、濃い口ヒゲを生やし、巨大な金棒を得物にする凶暴な男です。それらしき者を見たりはしていませんか?」
「あー、私は見てないです」
私が寝てた物置きからここまでは一本道で誰とも会わなかったし、最初に逃げて行った人たちも違うと思う。
みんな髪の毛あったはず。
「とすると、どこかへ略奪にでも出ている可能性がありますね。残念です。できればここで奴も捕らえたいところでしたが」
そこまで言って、ジュリアさんは後ろをちらっと見た。
守備隊の人たちが盗賊を次々とロープで縛り上げている。
「ここを軽く調べた後は兵の一部をエクサまで戻すつもりですが、よければクロウ殿もエクサまでご同行願えますか。町から恩賞も出ることでしょう」
「エクサへなら、ご一緒したいです。私もそこに行く予定でしたし」
「よかった。よろしく」
ジュリアさんが優しく微笑んで、ちょっとドキッとしてしまった。
かっこよくて、きれいな人だなあ。
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