第22話 盗賊の人たちがこっちに来ます。
お頭の人の命令を受け、盗賊の一部が私へと向かってくる。
って、こっちに来るの?
私、まだなにもやってないよ?
≪ほら、来るぞ。軽く片づけてやれ≫
心の準備が整っていない私。
とりあえず、槍を両手に持って構えようとしてみたけど。
「う?」
槍は、動かなかった。
武器を手にした盗賊たちが、どんどん近づいてくる。
「あれ、あれ?」
槍から右手を放して、手を見てみた。
手は、動く。
ちゃんと、閉じたり開いたりできる。
でも槍を手に持ったら、槍が動かない。
押しても引いてもだめ。
そのうちに、正面から走ってくる盗賊の顔が見えた。
表情がわかるぐらい近づかれてる。
盗賊たちの血走った目が、私を見上げて。
「うあああああっ!」
なにがなんだかわからなくなった私は、声を上げながら槍を力一杯揺さぶった。上から、なにかをひっかくようなうるさい音が鳴り響き、小石が頭に降りかかってくる。
盗賊たちがびっくりした顔をして足を止めた。
上を見てみると、天井の岩に一本の深い傷が入っている。
なんてことはない。通路にまで後ずさりしていた私は、低い天井に槍の先を引っかけていたのだ。
「なにをしてる、相手は一人だぞ! 囲め!」
お頭の人の言葉を受けて、盗賊たちが私から距離を取って並び、人の壁を作る。
私は、黒い金属製の自分の腕を見てから、また天井の傷を見た。
≪見てのとおりだ。『死鋼の鎧』を着れば、岩なんざ楽に砕き割るくらいの力を出せる。ほら、一歩前に出てみな≫
ギド王に言われるまま、私は一歩足を踏み出した。
じりじりと寄ってきてた盗賊たちの足が止まる。
≪槍を頭の上まで持ち上げてから、真下に振り下ろしてみろ≫
盗賊に届かない位置で、槍を真上に振り上げ、思いっきり床に振り下ろす。
落雷のような音がして、土煙が上がった。
魔法じゃない。私の槍が、床にぶつかって出した音だ。
見てみると、槍の刃先が床の岩に根本まで食い込んでいる。
槍を引き抜き、もう一度振り上げると、盗賊たちがそろって槍の先を見上げた。
≪ほら、あいつらがビビりはじめたぞ。もう一発、やってみな≫
「う……」
私はさらに一歩踏み込んで、槍を振り下ろす。振動でそばの盗賊たちの足が揺れ、一人が剣を落とした。
「うああああっ!」
≪ほーらほら、やっちまえ!≫
ギド王の言葉に煽られて、私はだだっ子のように、槍を上げ下げしながら走り出した。
たちまち、盗賊たちの一団が崩れだす。
≪ひどい目に合ったよなあ。馬小屋で寝かされて風邪ひいて。車に閉じこめられて車に酔って盗賊にさらわれて!≫
思い出したくない過去の不幸を並べられて、それがさらに私の背中を押した。
「んあーっ!」
私の頬を伝った涙が、首筋まで届く。
もう、私にはなにも見えていない。
ただひたすら、一歩進んで槍を上げ、もう一歩で下ろす。
それを繰り返しながら、一直線に洞窟を進んでいくだけ。
なんで私ばっかり。流れる涙は、止めたくても止まらない。
自分だけの、落ち着ける場所。
身体を伸ばして眠れる家。
自給自足の生活。
そんなものが欲しかった。ただそれだけなのに。
思い切って、こんな呪いの鎧に手を出してみたけど、不幸な自分は変わらない。
こうして、ただ泣きながら逃げ回るだけ。
子供みたいに、棒切れをぶんぶん上下に振り回して……。
そういえば、この動きって、畑を耕してるのにちょっと似てるかな?
家ができて、畑を耕すときはもっとやさしくやらなきゃ。
ちょっとずれた思いが心をよぎって、私は我に返った。
どのくらい暴れたのだろう。
見ると、目の前にボロボロに穴の開いた岩壁がある。
そして、盗賊のお頭の人が、壁と私の間で腰を抜かしていた。
お頭の人は折れた武器の柄だけを握りしめてて、震えて歯がガチガチ鳴っている。
≪どうだ? すっきりしただろ。お前もビクビクしてないで、もっと堂々と胸張って動けばいいんだ。せっかく、この死鋼の鎧がついてるんだからな≫
冷静さを取り戻した私は、自分の後ろを振り返ってみる。
そこは、まさに畑のごとく掘り返された岩の床があり、その上には元は武器だったらしい金属片が肥料のように散らばっていた。
他の盗賊たちというと、そろって壁際で小ウサギみたいに震えている。
盗賊じゃないほうの人たちも、広場のすみっこの岩陰から、こっちを見守っていた。
これを、私が、一人で。
その破壊活動っぷりに、首から背中へ冷や汗が流れる。
「あ……、ど……」
お頭の人が何か言おうとしているが、なかなか言葉にならないみたいだ。
「ど、どうした? 殺さねえのか?」
それだけ言って、お頭の人は座ったまま動かずにただ私を見上げていた。
その横には、根本から折れた剣が転がっている。
あたりも静かになってる。この戦いは、どうやら盗賊側の負けで終わったみたい。
私は、自分が槍を振り上げたポーズで止まっているのに気づいた。
これ以上、傷つける必要はないと思う。他に武器も持ってないみたいだし。
私はゆっくりと槍を下げ、穂先を地面につけると、その柄に寄りかかって力を抜く。
≪バカ、なんで止めを刺さない!≫
ギド王が怒鳴る。
「でも、もう」
私が言い返そうとしたとき。
「へっ、こいつは驚いた……」
お頭の人が、ひきつった笑いを見せた。
「とんだ甘ちゃんだなあっ!」
お頭の人が両手を正面にかざす。その手のひらは、銀色に輝いていた。
「銀刺槍!」
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