第20話 少し気絶してたようです。

「おい、気をつけろ」

「酒はまだ見つかんないのかよ」


 うるさいなぁ……。


「これだけの大荷物なんだ、すぐには見つからねえよ」

「今回はすげえうまくいったなぁ」

「ああ。これだけあれば俺たちにも分け前がたんまり出るだろ」

「おいおい、ちょっと来てみろよ」


 乱暴そうな男の人の話し声が聞こえてくる。

 頭がガンガンして、冷たいものを押しつけられたような悪寒が首から背中へ走る。

 湿った空気が気持ち悪くて、呼吸がうまくできない。


「おお、でかい鎧だなぁ。これ、足か?」

「でも荷物の下敷きになってるぞ。つぶれてんじゃねえのか?」

「それより、その上にある箱。それが酒だろ。早く開けようぜ」


 少しずつ、頭がはっきりしてきた。男の人の声が足音と一緒に近づいてくる。

 目を開けてみたけど、なにも見えない。

 あお向けになった私の上に、なにか重たいものが乗っかっている。


「なあ、なんか動いてないか」

「気のせいだろ?」


 回りがうるさいけど、まずは私の上にあるものをどかさなきゃ。


 両手でお腹の上のものを触ってみる。

 板みたいに平べったいそれはかなり重くて、持ち上げるのは無理そう。

 揺することぐらいしかできない。


「おい、やっぱり動いてるって!」

「やばい、落ちるぞ!」

「うわあっ!」


 鈍い音と振動が、床を通して伝わってきた。

 私の上にあるものの一部が、少し横に落ちたみたいだ。

 お腹への重みはずいぶん弱くなった。


 これなら、持ち上げられそう。


「おい、なんだよあれ!」

「まさか、中に人がいるのか?」

「というか生きてんのかよ。あんだけたくさんの箱に下敷きになってたのに」


 まずお腹の上のものを横にどかし、次に顔の上にあるものをつかむ。

 持ち上げてみると、それは頑丈そうな木箱だった。


 床に手を突いて起きあがると、あたりは薄暗くて、箱がたくさん置いてあるのが見えた。

 その箱の間に、いくつかの人影が一つにくっついて座り込んでいる。


 頭が、ものすごく重い。

 風邪のせいもあるだろうけど、それだけじゃなさそうだ。


 手を頭の上に伸ばしてみると、なにか固い感触があった。

 それは頭の上に固定されているようで、少し触ったくらいでは外れない。

 ちょっとイライラしていた私は、頭の上のものをつかむと力任せに外そうとした。


「おい、なにやってんだ、あれ?」

「つ、角に刺さった箱を、抜こうとしてるんじゃ」


 木が割れる音が聞こえて、手ごたえと頭の重さがなくなった。

 上から、石みたいななにかが大量に降ってくる。


「うわっ!」

「あの頑丈な木箱を、素手で砕きやがった……」

「にっ、逃げろっ!」


 人影は、転がるようにどこかへと走り去っていった。


 上から降ってきたのは、木の破片とビンだ。

 陶器のビンが私の鎧や足元に落ちて、すごい音をたててる。

 音が収まる頃には、割れたビンの中から出た液体があたりをすっかり濡らしていた。


≪ん、起きたか≫


 ギド王の声も、今は耳鳴りと混ざって聞こえにくい。


≪大丈夫かクロウ。だいぶ弱ってるようだな≫

「頭、痛いの」

≪少し水でも飲んだらどうだ。ちょうどそこの樽からなにか出てるぞ≫


 目の前の木箱の上に乗った小樽から、液体が少しずつ流れ出ている。

 私は自分のノドがものすごく渇いているのに気づいた。

 風邪気味だし、けっこう水を飲んでなかったからなぁ。


「でも、いいのかな。勝手に飲んで」

≪樽が割れちまってるんだ。放っておいても流れて消えるだけだぞ。飲め飲め≫


 その樽に近づいて、液体を手ですくって自分の口に持ってきてみる。


「ぷっ!」


 予想外にすっぱい液体がノドに飛びこんできて、思わず吹き出してしまった。


「これ、おだ」

≪なるほど。まあ、水みたいなもんじゃないか? 飲めるだけ飲んどけ≫

「無茶言わないでよ。飲めないよ、こんなの」

≪それだけじゃないみたいだぞ? 他にもいっぱい転がってる≫


 私が割った木箱に入っていたのは、飲み物関係だったらしい。

 あたりに散らばった樽やツボ、水筒は、それぞれ中身が違うみたいだ。大きさもバラバラ。

 顔を近づけてみるけど、暗いし目がしょぼしょぼするしで、中身はよくわからない。


≪有毒なものなら鎧が防いでくれるから口には入らん。割れた破片なんかもな。無害なものなら鎧を透かして飲めるから、試しに口をつけてみるといい≫

「怖いなあ」

≪まあ無理にとは言わんが、飲み食いはできるときにしたほうがいいぞ≫


 変な味も覚悟の上で、とりあえず一口飲んでみる。

 口の中に、トロッとした、味のしない水が入ってきた。

 いや、水じゃない。なんか重たくて、ぬるぬるして、口の中にまとわりついて。


≪よく見ろ。食用油って書いてあるぞ≫

「うえっ」


 油は有毒扱いじゃないのね。

 まあ油がダメなら料理の大半がダメになっちゃうか。

 このビンはよけておこう。


 続いて、さらに別のビンを慎重に一口試してみる。

 よかった、これは普通の水だ。思わず安心のため息が出る。

 ゆっくり飲むつもりだったけど、あっという間に飲み干しちゃった。


 どうにか落ち着いてきた私は、あたりを見回してみた。

 相変わらず運送屋さんの車の中みたいだけど、車の扉は開けられている。

 そこから揺らめいた炎の赤い光が入ってきていた。


≪おっ、足下にお前の槍があるな。拾っておけ≫


 ギド王が教えてくれた。

 私は槍をつかんで床に立て、それに体重をかけてなんとか立ち上がった。


 肩から上はすごく重いのに足がふわふわしてて、槍を杖代わりにしないと前に歩けない。

 車から地面に降りただけで転びそうになる。


≪おいおい、しっかりしろよ≫

「うー」


 ここは、倉庫かなにかかな。

 大量の木箱や、むき出しの武器や防具、家具、美術品などが、大ざっぱに分けて並べられている。

 壁にはランタンがぶら下がっていて、その光が周囲をあやしく照らしていた。


 よく見ると、天井は低くてごつごつした茶色っぽい岩がむき出しになっている。

 壁や床もだ。

 自然の洞窟をそのまま利用した物置きみたい。

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