第19話 車酔いはつらいです。
≪おい、しっかりしろ。止まるみたいだぞ≫
ギド王の声で、少し意識がはっきりしてくる。
どれぐらい時間が過ぎてたんだろう。
車のスピードが、少しゆっくりになってきている。外からの光は少なく、赤い。
もう日が沈みかかってるみたいだ。
車はどんどん遅くなっていき、最後には御者さんのかけ声で止まった。
≪ずいぶん弱ってるな。俺は乗り物で酔ったことがないからわからんが、よく我慢した≫
「う……。うえ……」
≪あー、いい。無理してしゃべるな≫
私の頭の中は、車が止まった今も揺れ続けていた。
暗い車の中ではやることがなくて、体調も悪いから寝たり起きたりしてたけど、あんなにガタガタ揺れたら熟睡なんてとてもできない。
昨日からの寝不足に、風邪に、車酔い。
体調不良の三重奏だ。
頭痛が続いてて、心臓が動く音が聞こるみたいで、のどとお腹がたまにびくんと震える。
早く外の空気を吸いたくて、私は身体を起こした。
外では、近くにも何台かの運送屋さんの荷車や馬車が止まっていた。乗ってた人が続々と外に降りてきて、背伸びや深呼吸をしている。
この車の扉は、なかなか開かない。
外から鍵がかかってるから、開けてもらわないと出られないんだよね……。
どこかで、たき火がつけられたみたい。
生木が焼かれるパチパチという音が聞こえてきて、煙がただよってくる。
人が音の鳴るほうへ集まり始めた。
≪開かねえな。忘れられてるんじゃないのか?≫
「ふぐ……」
≪大声は、出せそうにないか。叩いて音を立てみたらどうだ?≫
私は壁を叩こうとして、ちょっと手を止めた。
この鎧を着てると、力がすごく強くなるんだよね。前に使ってた槍の木の柄を握りつぶしちゃったし。
まだ加減がよくわからないので、最初は軽くトントンと壁を叩いてみた。
さすがに弱すぎたのか、全然音がしない。
少しずつ、力を強くしてみる。
「うわあああああ!」
突然、外から男の人の悲鳴が響いた。びっくりして手が止まる。
外の人を脅かしちゃったかと思って、叩くのを止めて節穴から外を見てみた。
でも、誰もこっちを見ていない。
≪なんだ?≫
「わかんない」
悲鳴は収まらない。
それどころか複数の悲鳴が聞こえてきて、騒ぎはどんどん大きくなっていく。
節穴から見える範囲は狭くてよくわからないけど、いくつもの人影がバラバラに走り回ってるみたいだ。
「馬車を出せ、逃げろ!」
誰かが叫び、御者さんの一人が馬車へ乗り込んだ。馬車につながれたトカゲのような生き物が、一声鳴いて走り出す。
視界の外で爆発音がして、飛び散った火の粉がちらっと見えた。
剣を持ち、スカーフで顔を隠した何人かの人が固まって走っていく。
≪襲撃みたいだな。盗賊か? よりによって、俺たちが乗ってる時に≫
「うへえ……」
≪どこかを壊して、外に出るんだ≫
魔法っぽい赤や黄色の光が飛び交い、剣同士のぶつかる激しい金属音が聞こえだした。
私は扉に駆け寄ってみたけど、やっぱり鍵がかかったままだ。
二、三回叩いてみたけど、開きそうにない。
私は数歩下がって、助走をつけて肩から思い切り体当たりしてみた。
振動が身体の中を走り、忘れていた吐き気がまた襲ってくる。
頭がくらくらして、その場に膝をついてしまった。
口を押さえながら顔を上げてみる。
扉はゆがんでいて、すきまから見える外の光が大きくなっていた。
このまま続ければ扉を壊せるかもしれないれど、先に吐き気で動けなくなっちゃいそうだ。
≪気持ち悪いなら無理に体当たりするな。槍なら扉をこじ開けられるかもしれん。槍はどこにやった?≫
そういえば槍があった。
そのあたりに放っておいたはず。
私は暗闇の床を手探りで探してみた。
でも、見つからない。
どこかへ転がっていっちゃった?
≪しょうがない。そのへんの箱を投げつけてみろ≫
私はギド王に言われるままに、手近にあった金属の箱を持ち上げると、壁にぶつけるために頭の上に掲げた。
「よし、車を出せっ!」
外から男の人の低い声が聞こえて、車が激しく揺れた。
不意打ちでずっこけた私は、床に頭を打ちつけて一瞬気が遠くなる。
「ふぎゃ!」
持ち上げていた荷物が、私の足の上に落ちた。
外からの光が横に動いてる。
また車が動きだしたみたい。
だけど今度はすごい急加速だ。
揺れが激しすぎて、身体を起こせない。
すぐ横で荷物が崩れ、ほこりが巻き上がる。
動けなくてじたばたしてる私のお腹に、そして頭に、荷物が落ちてきた。
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