第18話 乗れそうな車がありました。
運送屋さんの車両を引くパプは、遠くから見ると半球形だけど、近づいていくとその背の甲殻が分かれて重なっているのがわかる。
まさにダンゴムシだ。
そのお腹の下には、無数の触手がびっしりと並んでいて、でっかい身体を支えている。
前のほうには、その巨体に似合わない小さな一対の目がついていた。
目のちょっと下のほうからは二本の黄色く細長い触覚が斜め上に伸びていて、その先にはロープが結ばれている。
ロープを目で追っていくと、虫の背中の一番上、
御者さんらしいその人は、キセルの先に刻みタバコを詰めているとこみたい。
巨人種みたいで、私の頭よりずっと高い場所にいるはずのに、その身体はすぐそこにいるかのように大きく見える。
「すみませーん、これってエクサまで行きますよねー」
声をかけてみたけど、御者さんはキセルから目を離さない。
「乗せてほしいんですけどー、いくらかかりますかー?」
どうやら、タバコを詰め終えたようだ。御者さんはタバコ葉の袋をしまうと、こっちに目を向けた。
「エクサまで五日、飯は朝晩の二回で、銀貨一枚だ。それでいいなら、銀貨をこっちに投げな」
そう言って、御者さんは手を横へ突き出してくる。私が投げた銀貨は思ったよりもずっと高く飛んでいったけど、御者さんは器用に空中の銀貨をつかみ取る。
「よし。後ろに乗りな」
そう言うと、御者さんはキセルをくわえてパプの触角に結ばれているロープを手元に引き寄せた。
ロープが御者さんの手に握られると、虫の足が細かく動き始める。
あれが手綱の代わりなんだろうな。
後ろの車両では荷物の積み込み作業がまだ続いていた。
私が近づくと、一人の作業員が顔を上げてこちらを見る。
うわあ、一つ目の人だ。初めて見た。
顔の上半分がまるまる大きな瞳。
見つめられると、ちょっと怖い。
「なんだい、あんた」
「エクサまで乗せていってほしいんです。お金は御者さんに払いました」
「そうかい。ちょいと待ってくんな。こいつで、最後だからよ」
作業員たちが大きな木箱をつかみ、声をかけ合って持ち上げる。
木箱はそのまま、車両の中に放り投げられた。
「さあ、もういいぞ。乗ってくれや」
言われるままに、私は車両に乗り込んだ。中はたくさんの木箱がかなり雑に積み上げられている。
見回してみたけど、私のほかに生きている荷物はいないみたい。
すぐに後ろの扉が閉められて、車の中が真っ暗になった。
「おぉーい、いいぞぉー。行ってくんなぁ」
外からさっきの作業員の声が聞こえ、続いて車両全体が大きく揺れる。
周りを見回してみると、壁に一か所、光っている場所を見つけた。
近寄ってみると、それは壁の木材の小さな節穴で、そこから少しは外の景色が見える。
車が動き出したみたいで、揺れが小さくなって外の景色が動きだした。
ひとまず、これでエクサまでは行けそうかな。
私は横に積まれた固い木箱に寄りかかって、これからのことを思い描いてみる。
計算だと、チラシに載ってた町の防壁補修のお仕事を半年間ずっと続けたら、お給料はだいたい金貨六十枚。
その間の生活費を差し引いても、小さな家なら建てられるくらいのお金を貯められる。
このへんは土地に余裕があって、田舎の村ならタダに近いくらいだ。
念願の、自分の家を建てられるんだ。
あと、作物の種を買ってくれば準備は完了。
このあたりは農業が盛んだから、わからないことは近所の人に聞けばいい。
野菜の作り方も、ある程度は知ってるし。
あぁ、羊飼いなんてのもいいな。
羊や番犬にえさをやって、毛を刈り取って、もこもこのふわふわに抱きついてみたり……。
車が激しく揺れて、私は現実に引き戻された。
草が抜かれたくらいで大した整備もされていない道に、木で組んだ車なもんだから、揺れは私の身体に直接伝わってくる。
車輪の回る音と積まれた荷物が揺れる音が重なって、車の中はすごくうるさい。
外を見ると、あたりの草や木がバスに乗っているような速さで後ろに流れていく。
私は、不意に、のどの奥が苦しく、呼吸が浅くなっている自分に気づいた。
この感覚は知ってる。
乗り物酔いの、初期症状だ……。
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