第17話 エクサ行きの馬車はどれでしょう。

 宿の人に道を聞いて、私たちは村の道を歩き出した。

 乗り合い馬車の停車場は、村のすぐ外の街道沿いにあった。

 日本でいうバス乗り場みたいな感じで、多くの旅人や商人はここを使って村や町の間を行き来している。


 この世界の乗り物と言ったら、馬車。

 ただし、馬車といってもそれを引く動物は馬とは限らない。


 私がこの村に来るときに乗った馬車は、六本足のトカゲのような生き物が、五匹で引っぱっていたっけ。

 でも、そういうのはトカゲ車とは言わない。

 動物が引っ張ってるならだいたい馬車って呼ばれ方をしてるそうだ。

 一番多いのは馬だし、いちいち呼び名を変えるのが面倒だかららしい。


 乗り合い馬車の停車場に着くと、やっぱり馬だけじゃなく、いろいろな動物が馬車につながれていた。


「エクサ行きの馬車は、これ?」


 ケイとウェナが、動物たちの手綱を握った御者さんに話しかけている。

 私はというと、そんな二人を眺めながらウェナが用意してくれたサンドイッチをほおばっていた。

 パンも、具のお肉も固くて、なかなかみ切れない。


「あちらが、エクサへ行く、馬車だそうです。到着まで、三日ほど、かかるとか」


 戻ってきたウェナが、奥の一台を指さした。


「ん、ありがとね」


 私は口の中のサンドイッチを飲み込み、残りを箱に戻した。

 残りはお昼に食べることにしよっと。


「そろそろ出発するよー。乗るなら、急いでくれー」


 四角い宝箱のような形の馬車に向かって歩いていくと、馬車の運転手、御者ぎょしゃさんが周りに呼びかけているのが聞こえてくる。

 この馬車を引くのは普通の馬みたい。


 私は馬車の横にある扉に手をかけ、そこで動けなくなった。

 扉は、普通の人が通るのに適したサイズ。私の鎧だと、入れるかは微妙というより疑問。


 身体を横にすると、胴体はどうにか通ったけど頭が扉の上に引っかかった。

 腰を落とそうとすると、お尻が扉の枠に引っかかる。

 なんとか通ろうと力を込めると、馬車のどこかでメキッと音がした。

 気のせいか、馬車がかたむいているような……。


「お客さん、勘弁してくれよ。乗るなら、鎧を脱いでからにしてくれ」


 御者さんが慌ててこっちにやってきた。

 すでに馬車の席に座った乗客たちも全員こちらを見ている。


 鎧を脱ぐには、一度脱いでから丸一日経たないとダメ。

 昨日の夜に脱いだから、次は夜まで待たないと。

 いや、もし今脱げたとしても、馬車の中で鎧が戻ってきたら馬車が破裂するかも……?


 仕方なく、私は扉から手を離した。


「他に、私が乗れるくらいの大きさの馬車はありませんか?」

「そんなことを言われてもなあ」


 御者さんはめんどくさそうに辺りを見回している。

 私の目で見ても、馬車の大きさにあまり違いはなさそうだ。

 もしかして、これは歩きにしなきゃいけないかもしれない。


「あれに乗れば? あれなら、五日かそこらでエクサまで行けるはずよ」


 横の方をケイが指さす。

 そこには、さっきの馬車の二十倍はある、ものすごく大きくて黒ずんだ木製の車両があった。


 日本で走る車に例えると、トラックよりも大きくて長い。

 大型トレーラーっていうのが一番近いかな?


 その車両は、一軒家ぐらいある大きなダンゴムシっぽい虫に、いくつもの組み木やロープでつながれていた。


 あの青みがかった灰色の虫は、前に一度だけ見たことがある。

 パプという種類の虫で、大きさの割にはおとなしく人なつっこくて、大型荷物を運ぶのに利用されてるとか。


 見た目だけならほとんどダンゴムシなんだけどね。

 サイズが違いすぎる。


「でもあれって、荷物専用の運送屋さんじゃない?」


 パプにつながれた車両の横には、大草原配達、北回りエクサ行き、と書かれている。


「まあ、そうなんだけど。でもケンタウロスとかジャイアントとか、身体の大きすぎる連中はよくあっちを使ってるよ」

「荷物扱いかぁ……。まあ、歩きで行くよりよりはマシだけどさあ」


 手段を選べる余裕は、ない。

 ないんだけど、ちょっと悔しいというか。

 なんだろう、この感情。


「では、私も一緒に」

「それはダメ!」


 言いかけたウェナに向かってケイが大声を出した。


「あっちは、普通の馬車じゃどうにもならないようなのが使う、非常手段なの。あなたみたいな可愛い女の子が、あんな暗くて狭くてくさいとこに入っちゃダメ!」


 うわ、ひどい言われよう。

 というか、臭いの?


「ケーイー。たった今、人に勧めといて、それはないんじゃない?」

「ウェナちゃんは私と一緒にこの馬車に乗るの。クロウも、それでいいね?」

「……ま、いいけど」


 もちろん、ウェナにまで荷物扱いを受けさせたくはない。普通の馬車に乗れるなら、そっちのほうがいいよ。

 でも、そんなに臭いのかなぁ、あの車。


「いいかい? もう出るよ」


 すでに馬車に戻った御者さんが、私たちに声をかけてくる。


「いけない、早く乗らなきゃ」


 ケイは馬車に乗り込んだが、ウェナはまだその場で私を見上げていた。


「クロウ様。本当に、いいのですか?」

「うん。ケイと一緒に先にエクサまで行っておいて。五日後に、闘技大会の会場前で待ち合わせ。それと、「様」はなし、だからね」


 昨夜からずっと様付けされてるのが気になってた。このままだとずっと続きそうだし、一応言っておく。


「あ、申し訳ありません」


 ウェナがぺこっと頭を下げる。


「あなたたちも、気をつけてね」

「よろしければ、途中まで、お迎えにあがりましょうか?」

「いやいや。大丈夫だって」


 私の顔を見ていたウェナは、頭を下げると馬車へと歩いていった。

 何度もこっちに振り向きながら。


 見た目子供のウェナにここまで心配されると、ちょっと悲しくなる。

 私、そんなに頼りないかなあ。

 いや頼りないか。


 馬の背にムチが入り、ウェナたちの乗った馬車が動きはじめた。ケイが窓から顔を出して手を振っている。


「じゃ、またね~。元気でね~」


 子供のようにはしゃいで手を振るケイと、黙ってこっちを見つめるウェナ。

 大人と子供の役割が逆になってるよねえ。

 私は二人に軽く手を振ると、遠ざかる馬車に背を向けて運送屋さんに近づいていった。

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