第16話 ちょっと風邪気味になりました。

「へぷしっ!」


 自分のくしゃみで目が覚める。


「う……。まぶし……」


 馬小屋のワラ山の中は、すごく寝心地が悪かった。


 ワラ山の上に乗ろうとしたら鎧が重すぎてどんどん沈んでいき、あっという間に下の硬い土まで届いちゃったし、寝っころがろうとしたらワラが顔にかかって息ができなくなる。


 いろいろ試してみて、最終的には少し崩したワラの上に座って壁に寄りかかった状態で寝たんだけど、風が吹き込む馬小屋の中ではまともに眠れるわけがなくて。


 眠りが浅くてぼーっとしていたかった私は、起きた後もそのまま、ものを考えることを放棄していた。

 お馬さんの声や、人の声が遠くから聞こえる。

 近づいたり、遠ざかったり。


 そのうちひとつの足音が自分のすぐ横で止まったと思ったら、さやに入った剣が私の目の前に突きつけられた。


「んあっ!」


 私が悲鳴をあげると、相手もびっくりしたらしくて剣が引っ込む。


「もう、驚かさないでよ。その鎧に兜じゃあ、中身が起きてるかどうかなんてわかんないんだから」


 私の横に立っていたのは、すでに身支度の整っているケイとウェナだった。

 ケイが私に向けていた曲刀を腰に戻す。


「驚いたのはこっちだってば。他人を起こすのに、剣を使うなんて、ふえっくしっ!」


 くしゃみで、私の目の前のワラが揺れた。

 頭の奥のあたりに、引っ張られるような痛みを感じる。

 風邪ひいちゃったかな。


 昨日、鎧が私の身体に戻ってきたとき、身体をふくのに使っていた布も一緒に巻き込まれちゃったのだ。

 背中に直接はりついた布はなかなか取ることができなくて、どうにか取れたころには身体がだいぶ冷えてしまっていた。


 そうそう。

 身体をふく布は普通に鎧の上から出し入れできたし、服も鎧を着た状態で着替えられた。

 鎧を着たまま中身を着替えるってすごく不自然で変な気分だけど、これは慣れるしかないかなあ。


「ほーら、とっとと立ちなさいよ。みんな迷惑してるんだから」


 私はまだぼけっとしていたかったけど、ケイに引っ張られていやいやながら馬小屋を出ることに。

 馬小屋の外には、防具の上にコートやマントをはおった旅装束の人たちが何人もいた。

 彼らはくしゃみを連発する私をじっと見ていたけど、私たちが馬小屋から出ると入れ違いに小屋へと小走りに入っていく。


「えっくしゅっ! あの人たちは、どうしたんだろ……へっぷしっ!」


 まいったなあ。くしゃみ、止まらない。


「なに言ってるの。ワラ山の中から図体のでかいのが兜だけ出して寝てたんじゃ、誰だって警戒するじゃない」


 言われて後ろを見てみると、彼らはワラ山の横の扉の先にいる馬とかの前に立って、様子がおかしくないか調べているようだ。

 別に、いたずらなんてしないのになあ。


「それより、気づかない?」


 振り返ったケイが、私に問いかけた。

 言ってる意味がわからなくて首をかしげると、ケイはため息をついて、あごで横を示す。


「ほら」


 その先には、ウェナが肩をすぼめて立っていた。

 昨日のドレス姿じゃなくて、黒地のズボンに灰色のシャツ。

 その上に、薄紫色でそでのないベストのようなものを着ている。


「はきしゅっ! ……へえ、そんな服も、持ってたのね」

「私の服よ」


 横からケイが不機嫌そうに言った。

 よく見ると、シャツのそでやズボンのすそが折り返されている。

 ウェナにとってはかなり大きい服みたい。


「おー。よかったねウェナ。泊めてもらった上に、服までもらっちゃって」

「あげるなんて言ってないじゃない! それはただ貸しただけよ。ここじゃろくな服が売ってないけど、独立都市に行ったらもっといい服買ってあげなさい」


 ケイは私の前に回ると、小声になる。


「まったく。似合ってるとかなんとか、もう少し気のきいたことを言えないの?」


 それだけ言うと、ケイは私に背中を向けて村の門へと歩き出した。

 ああ、しまった。そこまで頭が回ってなかった。


「くちゅん! ……って、ちょっと待ってよケイ」


 私はあわてて、ケイの後を追いかける。


「雇ったときの約束は、遺跡探索の護衛だけだよ。私たちは独立都市に行くから、ここでお別れだよ? あなたから服を借りても、返しようがないじゃない」

「なに言ってるの。私も独立都市に行くんだからね」

「え?」


 ケイが肩ごしにこっちを見た。


「昨日話してた、闘技大会。私は、あれに出場するの。勝って勝って勝ちまくって、認められて軍に入って、いずれは一軍を率いて名を上げてやるんだから。って、言わなかったっけ?」

「言ってない言ってない」

「そう? まあ、そういうことだから。それよりも」


 妙にまじめな表情になったケイが、私を手招きする。


「あなたに聞いておきたいことがあるの」


 口を押さえるケイに、私はかがんで耳を寄せた。


「なんで、ウェナちゃんが私のベッドで寝てたわけ?」


 覚えてないのかケイ。

 お酒はやっぱり怖いよ。

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