第15話 鎧を脱ぐことができましたが。

「うわ!」


 突然あたりが真っ暗闇になって、肩になにかがのしかかってきた。

 手を首に当てると、固いものが頭にかぶさっているのがわかる。

 持ち上げてみると、それは兜だった。


「これは鎧みたいに割れたりしないのね」

≪兜には鎧全体を制御する術式を組んであるからな≫


 もう鎧は完全にバラバラになっていて、ただの黒い石の山な状態。

 角つき兜を、その黒い山の上に置いてみる。


 その横に落ちた槍を試しに手にとってみようとしたけど、地面にめりこんだ槍は動かすこともできなかった。

 まるで木の根っこみたいに、びくともしない。


 こんな重いのを普通に持ってたんだ。

 今見える自分の腕は、見慣れた細い腕のままなのに。


 私は、改めて自分の身体を見てみた。

 遺跡に入るときに着ていたものと同じ、皮の胸当てと着慣れた服だ。

 前髪をつまんで、顔の前に持ってくると、自分の黒い毛が目の前に降りてきた。


「なぁんだ。簡単じゃない」


 顔が、勝手ににやにやしてくる。

 身体の感覚は、鎧を着てるときと変わらない。


 けど、なんだか、すごい開放感。


 はじめて魔法みたいなことができたって気持ちもある。

 意味もなく、軽くなった足でステップを踏んでみたり。


 ……心のどこかで、ちょっと不安はあった。

 呪われた鎧を着ることで、身体のどこかが変わっちゃうんじゃないか。

 自分が自分でなくなっちゃうんじゃないか、って。


 でも、別に、なにも変わってない。私の身体、そのままだ。

 私は嬉しくなっちゃって、つみあがった鎧のかけらをぺちぺちと叩いたりしてみる。


 さーてさて。

 私は気を取り直して、荷物から着替えと布きれを取り出した。

 時間制限付きなんだからね。短く見積もっても一時間くらいはあるみたいだけど、あんまりノンビリはしてられない。


 井戸水が入った水桶を足元に置いて、上の服を脱ごうと手をかけて、ふと周囲を見た。

 そういや、ここ、私のほかにも一人いるよね。

 私は手荷物から予備の服を一枚とりだして、兜の上にかぶせた。


≪おい、何するんだ≫

「だって。見えてるんでしょ?」


 私だって一応、女ですから。

 そりゃ、スタイルには自信ないけどさ。


≪安心しろ、ガキの身体に興味はない。早く済ませろよ≫

「ちょっと!?」


 失礼な! そこまで子供に見える!?


 もうギド王のことは放っておく。


 私は胸当てと上着を脱いで肌着姿になると、布きれを井戸水にひたした。

 ぬらした布で身体をふいていくけど、どこかからすきま風が吹いてきてけっこう寒い。

 手早く上半身をふき終えた私は、もう一度周りを見回してから、ズボンも脱いだ。


 このへんにはお風呂に入る習慣があんまりないみたいで、だいたいみんな水浴びや水ぶきだ。

 まあ、このやり方だと早いんだけど、私としては暖かいお風呂のほうが好きだな。


 そうだ、家を建てるときはお風呂も作っておこう。

 薪を取ってきて、火をつけて。

 ゆっくりお湯につかりながら、平和なひとときを楽しむんだ。


 まだ見ぬ我が家への空想をふくらませていると、足を持ち上げていた左腕になにかがぶつかってきて、そのまま貼りついた。

 それは、黒い金属のかけら。

 まさかと思って振り返ると、後ろで山積みになっていた鎧のかけらが、カタカタとうごめいていた。


「ひっ?」


 思わず、変な声が出てしまう。


 かけらは黒い影となって宙に舞い上がり、そのまま私に向かって飛んでくる。

 鎧のかけらは、渦になって私の身体に巻きついた。

 最後に兜が浮き上がって、動けない私の頭めがけて回転しながら飛んでくる。


「いやーっ!」


 悲鳴も意味はなかったようで。


 激しい金属音と共に、兜は私の首へすっぽりと収まった。

 私が目をあけると、自分の腕がまた、黒い小手になっているのが見える。


 もう鎧が戻ってきちゃったの? 早くない?


≪お? もう戻っちまったか≫


 ギド王が、今気づきましたーみたいな声を出す。


「……ねえ、どういうこと?」


 すごく、納得いかない。


「まだ、ちょっとしか時間たっていないよ?」

≪おそらく、お前に魔力がないせいだろうな。俺も鎧を使い始めたころは、なかなか思うように扱えなかった≫

「そういうことは、もっと早く言ってくれないと……」

≪起き続けるのがきつい。また寝るぞ≫

「ちょ、ちょっと待ってよ! もう終わり? 今度外すときは、一日後?」


 でも、それっきり王様は何も言わず。

 私の声に答えてくれたのは、外から聞こえてくる鈴の音のような虫の鳴き声だけだった。

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