第14話 今夜のベッドはお外です。
ケイやウェナと別れて酒場を出ると、ぐっと静かになるのが感じられる。
あたりの家からの明かりはもうほとんど消えていた。
見えるのは、たった今出てきた酒場からの光と、道の先で小さく揺れる村の入り口の篝火だけ。
風はほとんどなくて、静かな夜だ。
私は槍と荷物が入った袋を持って、壁ぞいをゆっくりと歩き出した。
馬小屋は店の裏手にあるらしいので、建物をぐるっと回って進んでいく。
見上げれば、星がきれい。
ちょっと目を動かしただけで数百の光がきらめいているのがわかる。
そしてその中に、星を数十も束ねたような丸い月が、三つ。
地球と違って、この世界の月は三つもある。
どれも地球の月よりは小さい。
けど、月が三つとも綺麗に空に浮かぶのは、ちょっと珍しかったりする。
異世界ならではの夜景ってやつだ。
馬小屋を見つけた私は、そのすぐそばに井戸があるのにも気がついた。
上には木で作られた小さな天井があって、その中央からロープが下がっている。
馬小屋に入ってすぐのワラ山がつまれてあるスペースは、木の壁に囲われている。
周りからのぞき見はされなさそうだ。
ワラ山の横、扉を挟んだ先には馬とかがいるみたいで、たまに鳴き声が聞こえてくる。
けっこう汗をかいたし、寝る前に少し身体を洗いたいな。
そう思って私は井戸から水を汲んで水桶に入れ、ワラ山のそばまで持ってきた。
着替えを取り出そうと荷物袋に手をかけたところで、その手を覆っている黒い金属、『死鋼の鎧』のことを思い出す。
当然ながら、このまま身体をふいても、きれいになるのは鎧だけ。
いやでも、この死鋼の鎧なら着たままでも直接身体をふけるのかな?
さっきは鎧の下にある服のそでに触ることはできたし、食事もできた。
でも、見えないとちゃんと汚れを落とせたか不安だし、できれば鎧を脱ぎたい。
ウェナは、外すという意志を集中する、って言ってた。
本当にそれだけで、できるんだろうか。
魔法が使える普通の人には簡単なことなのかもしれないけど……。
まあ、やってみよう。
私は大きく息を吸うと、目を閉じて念じはじめた。
……外れて。外れて。外れて……。
立ちっぱなしの私の身体を、夜風が優しくなでてゆく。
目を開けてみたけど、鎧に変化はなかった。
やっぱり、無理なのかな。
≪ん、なんだ。脱ぎたいのか?≫
「うひゃっ!」
突然のギド王の声に、悲鳴を上げてしまう。
≪おいおい、そんなに驚かなくてもいいだろ。俺はずっとこの鎧と一緒にいるんだぞ≫
「いや、普通はびっくりするよー。今までずっと黙ってたんだから」
≪どっちかといえば、俺は寝てるときの方が多いんだ。鎧が吸った魔力は、鎧を動かす方にほとんど使ってるからな≫
姿を現さず、声だけを私の頭に伝えるギド王。ちょっと心臓に悪い。
≪ただ、起きていられる時間が妙に短いのは確かだな。ひさびさのせいなのか、お前に魔力がないからなのかはわからんが≫
「両方な気がする」
≪俺との会話も、鎧が吸った魔力を利用してるんだ。周囲にただよう自然の魔力を吸ってはいるが、まだまだ少ない。無駄に力を使うわけにはいかん≫
王様の口調はちょっとだるそうだ。
≪まあ、脱ぎたいんならもっと強く念じてみな。鎧の拘束を外すには、着ている本人の強い意志が必要なんだ≫
ギド王に言われたとおり、私はもう一度やってみる。
今度は集中しやすいように、手を胸に当てながら。
外れてください、お願いします……。
手のひらに力を込め、じっと念じ続けていると、私の足下で小さな音が鳴った。
小石同士がぶつかったような、乾いた音。
見てみると、地面に黒く平べったい石のようなものが落ちている。
拾おうと手を伸ばしてみて、その腕が震えているのに気がついた。
自分でやっているんじゃない。鎧の表面が、勝手に震えている?
手を裏返してみてみると、手のひらの中央に穴が空いていて、そこから自分の肌が見えた。
穴のまわりにヒビが入り、それが手首、腕へと広がっていく。
そして、鎧は崩れるように私の身体から離れていった。
細かなパーツに分かれた黒い金属片が私の足下に積み上がっていく。
持っていた槍が自然と手から離れて、どすんと地響きを立てて地面に倒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます