第10話 酒場で食事と清算です。

「さて、今夜はどこに泊まる?」

「また、あそこでいいでしょ。値段も高くはないし」


 ケイの指さすほうから、明るい騒ぎ声が聞こえてくる。

 三階建ての、年季の入った木製の建物。遺跡へ出発する前にも泊まった宿屋だ。

一階が食堂兼酒場になっていて、夜になると村人や旅人が集まって大賑わい。


 早いとこ、座ってなにか食べたい。そう思いながら、私は酒場のドアを開けた。


 とたんに、中の騒ぎ声が小さくなった。

 まるで、酒場の中から外に出たみたいに。


 私は、扉を開けた姿勢のまま、目で軽く店内を眺めてみた。

 お客さんから店員さんまで、みんながみんな、こっちを見ているのがわかる。


 この鎧は、目立ちすぎるみたい。悪い意味で。


「ちょっと、どうしたのクロウ。早く入んなさいよ」


 外に出た方がいいかなと思い始めていたけれど、ケイに背中を押され、私は店内へと入っていくことになった。

 幸い、私たちが店の中を進むにつれてお客さんたちは再び思い思いに騒ぎ出した。

 チラチラ見られてる気もするけど、気にしない。


 店の中にいる人たちは、みんな地球の人間とはどこか違う姿をしている。


 一番大きなテーブルを囲んでいるのは、いろんな種類のふさふさ毛並みをなびかせる、しっぽが生えていて耳や鼻が発達した獣人種だ。


 その影に、一人で食事をする顔を布で覆った人がいた。

 昆虫型の種族らしくて、手袋とそでの間から硬そうな甲殻が見え隠れしている。


 背の低さは子供みたいだけど、大きな鼻に立派なヒゲをたくわえた人もいた。

 服の上からもわかる筋肉質の腕が、空の酒ビンを持ってる。きっと、小人種だ。


 トレイを持ったウエイトレスさんは、門番さんと同じ犬型の獣人だ。


 ばらばらの種族がひしめきあっているけど、誰もが仲良く並び、話し、お酒を飲んでいる。

 こういう、いろんな種族がいてもお互い気にしてないって雰囲気はけっこう好きだったりする。


 私は、鎧や槍が彼らにぶつからないよう気をつけながら、横並びのカウンター席へと歩いていった。

 カウンターに両手を乗せたケイは、身を乗り出して奥の棚に並んだ酒ビンの列に目を輝かせている。


「ご注文は?」


 イスに座る前に、カウンターにいた店員さんが声をかけてきた。つぶれた鼻に、牙のように伸びた下あごの歯。イノシシの獣人さんだ。


「お酒! 強いの!」

「水を。いっぱい」


 ケイとウェイナリアのテキトーな注文に、店員さんが顔をしかめる。

 何か、普通のを頼まなきゃ。


「えーと、ギウ肉のハーブ包み焼きを三人前、お願いします」


 メニューの一番上、最初に目に入ったのをとりあえず頼んでみる。

 店員さんはうなずいて、カウンターの奥にある厨房へ歩いていった。

 私は槍を床に置いて、輪切りの丸太をそのまま使ったイスを引き寄せ、その上に普段と同じように腰掛けた。


 お尻の下で、骨が連続で折れるような音が鳴った!


 びっくりした私は、両足を硬直させてそれ以上体重をかけないようにした。

 ゆっくりと腰を浮かせ、イスを確認してみる。


 見た目に変化は見られない……、と思いたかったけど、イスには雷のようなギザギザのひびが走りまくっていた。


 横でウェイナリアがイスをかき集めている。

 九つのイスを縦横三つずつ並べたウェイナリアは、中腰のままで固まってる私を見上げた。


「これなら、しばらくは、持つでしょう」


 私の体重じゃない、私の体重じゃない。

 私はそこまで重くない。

 座っただけで丸太が割れるような体重じゃないぞ。


 そんなことを自分に言い聞かせながら、並べられたイスの前に移動して慎重に腰を下ろしてみる。

 沈むような感触がお尻に伝わってきたけど、壊れたりはしなかった。よかった。


 私は改めて、黒い金属に包まれた自分の足を見た。

 私自身にはまったく感じられないけど、この鎧はすごい重さがあるみたい。

 兜はあんなに軽かったのに、どうなってるんだろう、この鎧。


 ひびの入ったイスの上には、ウェイナリアが座った。

 その隣にケイが座る。


 さて、忘れないうちに。


「ケイ。ここで、報酬を渡しておこっか」


 そう言って、私は腰に下げていた袋をケイの前に置いた。


「ん? なんだっけ」

「雇ったときに約束したじゃない。遺跡で手に入った、鎧以外のお宝は山分けだって」

「あー、そういやそうだっけね。鎧のことがすごくて、すっかり忘れてたよ」


 私は袋をひっくり返して、遺跡で手に入れたものをカウンターに並べた。

 ケイはお酒のほうが気になるみたいで、あまりしっかり見ようとはしない。


 手に入れた物は、傷ついた小さな宝石が五つ、飾り気のないナイフが一本。

 あとはこのあたりで使われている銀貨と銅貨が数枚。

 これらは多分、私たちより前に遺跡に来た人の落とし物のような気がする。


 三日がかりの冒険の成果としては、ちょっと寂しいと思ってしまう。

 小説の中のクローディアなら、もっといろんな宝物を手に入れてるんだけどなあ。


「ナイフはちょうだい。お金はクロウにあげる。宝石は、私が二つ、あなたが三つね。好きなの選んでいいよ」


 そっけなく言って、ケイはナイフをつかんだ。私は、粒の大きい宝石二つをケイの前に置き、残りの宝石とお金を手に取る。


「ありがと」


 報酬を手に取ったケイは、それを自分の荷物に入れると目を閉じて思いっ切り背伸びをした。


「んー。護衛っていうより、遺跡探索の付き添いって感じだったなぁ。ま、面白かったよ」

「こっちこそ、本当に助かった。ありがとね」

「どういたしまして」


 ケイは片目を開けて微笑んでくれた。


 私は自分の取り分をお財布代わりの布袋に入れた。

 ずっしりとした袋の中身は、ほとんどが銅貨。

 高価な銀貨や金貨は、片手の指の数くらい。


 このちっぽけな袋の中身が、私の今の全財産である。

 家を建てるための目標金額にはまだまだ遠い。

 がんばらなきゃなあ。

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