第11話 ケイはお酒が好きみたいです。
私がお財布を腰に結びつけたところで、店員さんが茶色い酒ビンと水差しを持って戻ってきた。
ケイの前にグラスが置かれ、薄茶色の酒が注がれてゆく。
「ほら、あんたも飲みなさい」
ケイが、私にも問答無用でお酒をそそぐ。
「う。一杯だけだよ?」
この世界だとお酒を飲むのにはっきりした年齢制限はなくて、だいたい十五歳くらいから飲み始めるらしい。
正直なとこお酒は得意じゃないけど、まあ一杯くらいなら。
ウェイナリアは自分で水を注いだ。
さすがのケイも子供に見えるウェイナリアにはお酒を渡さない。
「それじゃ、いいかな」
グラスを持ち上げたケイが、私を見る。私も自分のグラスを持った。
「探検の成功と、無事を祝って」
私がグラスを前に出し、それに二人がそれぞれのグラスを合わせる。
「かんぱーい!」
ケイの飛び抜けて明るい声が、酒場中に響きわたった。
グラスをかたむけてお酒を口に入れ、とたんに私はむせそうになった。
舌にまとわりつくような、重い感触の液体。
それは焼けるように辛くて、口に含んでいるだけで強烈なめまいが襲ってくる。
なにこれ。
めちゃめちゃ強いじゃない、このお酒。
私は勝手に震えはじめたのどを押さえ、どうにか一口目を飲み込んだ。
冷えたお酒がのどの中を流れて、お腹の奥に落ちていくのが感触でわかる。
からっぽの胃の中に飛び散ったお酒が胃の内側のあちこちをつついて、ちょっと痛いくらいだ。
「こんなの飲み続けてたら、身体を壊しそう……」
お腹を押さえる私の隣で、一息で酒を飲み干したケイが空のグラスを勢いよくカウンターに置いた。
「くはーっ! いいねぇ、このお酒!」
すっごく嬉しそうな声を出したケイは、すぐに酒ビンをつかんで二杯目をグラスに注いでいく。
これは絶対、大酒飲みだ。
ケイが横でグラスを空けている隙に、私は自分のほとんど減っていないお酒のグラスをケイの見えない位置に隠した。
こんな強いお酒をもっと飲まされたら、どうなっちゃうかわからない。
そこへタイミングよく、ギウ肉料理が運ばれてきた。
ギウと呼ばれる牛っぽい動物の厚切りお肉が、新鮮そうな薄緑色の広い葉の上に何十切れも並べられているもの。
「おおー」
その盛りの多さに、つい声が出ちゃう。
三人分が一皿に載ってて、見た目がすごく豪華。
これは回りのハーブをお肉にくるりと巻き付けて、一緒に食べるのが正しい食べ方。
この世界での私の好きな食べ物のひとつだ。
「お腹、すっごい空いてたんだよねえ」
付いてきた木のくしを使って、お肉を一切れ口に入れてみる。
固めで少し独特の臭いはあるけど、ボリュームがあってかむたびに肉汁がしみ出てくる。
ここのギウ肉は味付けがけっこう濃いなぁ。お酒と一緒に食べる用だからかな?
お肉を食べ続けていると、ケイが私の顔を覗き込んできた。
「あなた、ずいぶん器用に食べるのね。兜とか鎧とか、じゃまになんないの?」
言われてみて、私は自分の口に手を伸ばした。
指は唇ではなく、顔を覆う兜の鉄板に当たる。
でもお肉を口に持っていくと、お肉は普通に唇に触れ、口の中へ入っていった。
「食べたい、飲みたいと思ったものは、自由に口に入れられるみたい」
「へぇー。そんなことができるのね」
「そういえば、呼吸も普通にできてるなあ。兜には呼吸穴みたいなのもなかったのにね」
「鎧下や肌着の着脱に、用足しなども、鎧を着た状態で、行えます」
「えっ!?」
ウェイナリアに言われて、私は試しに自分の腕をつかんでみた。
服のそでを触って、まくったり戻したりしてみると、布が腕にこすれる感触が伝わってきた。
「ほんとだ。服、触れる」
「便利なもんねえ。鎧って着たり脱いだりするのが大変で、そういうのが面倒くさいのに」
ケイがうらやましそうに言いながら、肉料理に手を伸ばして一番大きな一切れを頬張る。
「んぐ。それで、クロウはこの後、どうするの」
「あてはあるんだ。ちょっと待ってね」
そう言って、私は荷物から一枚の紙を取り出し、カウンターの上に置いた。
「ここに行ってみるつもり。これなら、やれることもありそうだから」
それは、このあたりで一番大きな町、独立都市エクサのお祭りのチラシ。
もうすぐ都市の設立記念日ってことで、いろんなイベントをやるみたいだ。
「あー、知ってる知ってる」
ケイはチラシを手に取ると、にやりと笑った。
「なるほどねえ。これに出るために、その鎧を探してたんだね」
そう言って、ケイはチラシの一番上、大きな剣のマークが描かれたところを指さした。
それは、お祭りのメインイベント、無差別闘技大会。
「年に一度のチャンスだしねえ。そりゃ狙わない手はないか」
「いやいや、それじゃなくて。もっと下」
私が指さしたのは、チラシの一番下にある、町の防壁補修の作業員募集広告だ。
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