第二章 異世界の草原で
第9話 村に戻ってこれました。
「よかったあ、戻ってこれた」
遠くに見える四角い影が村の建物だとわかって、私は思わず声に出していた。
「ほーんと。ずいぶんかかったよねえ」
私の横を歩くケイの声も、ちょっと疲れた感じだ。
私とケイ、そしてウェイナリアの三人が遺跡を出たのは、お昼をちょっとすぎたあたりだったと思う。
それが、今はもうお日様はほとんど沈んでいて、星がたくさん空にまたたいている。
行きよりもずいぶん時間がかかっちゃったけど、別に特別な理由で遅くなったわけじゃない。
ただ、鎧に慣れない私が、木に引っかかったり転んだりしていただけだという……。
木の柵に囲まれた村の入り口には、
二人の門番さんは、どっちも犬っぽい顔をした茶色い毛むくじゃらの身体。
お尻からは膝下ほどの長さのしっぽが出ている。
木の槍を持ち、皮で作られた鎧を身につけている獣人種の門番さんは、眠そうに目を細めながら声をかけ合っていた。
門番さんの表情がわかるくらいのところで、ケイが右の人差し指を上に向けた。その指先に小さな火がともる。
ケイは指先の火を大きく左右に振りながら、私たちの前に出た。
こうやって明かりを見やすいように振るのは、村や町に入るのが夜になったとき、門番さんに盗賊なんかと間違われないためだそうだ。
近づいていくと、門番さんの一人がケイに気づいたみたい。
顔を上げて私たちの方を見ている。
さらに五歩くらい近づいたところで、門番さんが突然、私たちに向かって槍を構えた。
「何者だ!」
その真剣な声に、私たちは三人そろって足を止めた。
「よ、よし、そのままだ。動くんじゃ、ないぞ」
もう一人の門番さんも、両手に持った槍を私たちに向けている。
私の後ろからウェイナリアが出てきて、両手を前にかざした。
「敵対意思表示と、思われます。迎撃しますか?」
彼女の両手は魔力で青く輝きはじめている。
「違う違うダメダメ!」
私は首を思い切り左右に振って、その手を押さえた。
「ちょっとちょっと。私たちはこの村からあっちの遺跡にまで出かけてた旅人よ。忘れちゃったの?」
両手を上げたケイが前に進み出た。
「ねえ、この顔、覚えてない? あなた、私たちが出発した日の朝もここに立ってたよね」
そう言って、ケイは門番の一人に顔を近づける。
「立ってたっけ……」
私は思わずつぶやいてしまった。
実は、私の目だと二人の獣人さんの顔は同じにしか見えなかったりする。
獣人さんを見た目で見分けるのは難しい。
外国人の顔がみんな同じに見えて区別がつかないという、あんな感じ。
「まあ、あんたのことは覚えちゃあいるけど」
どうやら出発のときに会った門番の人みたいだ。彼はおそるおそる、構えていた槍を下げてくれた。
「確か、もう一人、黒髪の女がいたよな。それに、その、後ろの子は?」
ケイが立てた親指を私のほうに向ける。
「私たち、噂になってた伝説の呪われた鎧ってのを見つけたのよ。この鎧の中に、あなたの言う黒髪の女、クロウって子が入ってる。後ろの子は、途中で会った新しい連れよ」
「……ほんとに?」
門番の二人が、下から私の顔をのぞいてきた。
「本当ですよー」
私が声をかけると、とたんに彼らが後ろに飛び退いた。
そんなにこの鎧が怖いかー。
この村を出たときには、私にも明るくあいさつしてくれたのになあ。
「で、どうなの? 私たち、村に入れるの? ここまで来て野宿なんて、私はイヤなんだからね」
ケイが腰に手をあて、門番に詰め寄る。
「え? いや……。なあ相棒、どうする?」
「どうするって、俺に言われても」
門番さんたちは私たちに背を向けて、ぼそぼそと相談し始めた。
居心地の悪くなった私は、なんとなく皆から目をそらして村の様子を眺めてみる。
村の中に立ち並ぶ石造りの家からは、暖かそうな明かりがもれていて、ハーブの効いた良い匂いが流れてくる。
私も、早くあんな家を持ってみたい……。
やがて意見がまとまったのか、門番さんがそろって私たちを、というよりは私を見た。
「お待たせしました。問題ありません。どうぞ、入ってください」
敬語だあ。
「どうせ、暴れられたら止められないだろうし」
「おい、余計なこと言うな! ……ともかく、どうぞ。今日は、他からの旅人も多く来ています。ケンカなどないように、その、気をつけてください」
彼らは門の両脇に立つと、槍を両手に持って地面に立て、まるでお城の正門に立つ警備兵のようにビシッと直立した。
私たちは、そんな彼らの間を、黙って通り過ぎていく。
門を抜けてしばらくすると、後ろから二つのため息が聞こえてきた。
「いや~、びっくりした」
「暗い中、ぼーんって、いきなり出て来るんだもんなぁ。最初、お化けかと思ったよ」
「あぁ……。大丈夫かな、あんなごっつくて不気味なの通しちゃって」
ケイが横目で私を見て、私はたまらずそっぽを向いた。
暗くなってもギリギリまで明かりをつけることに反対したのは私だ。
たいまつの代金を明日以降の食費に回したかった、というのが本音だったりする。
だって、少しでもお金を節約したかったんだもの。
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