第8話 異世界転移のことを思い出してました。
それから遺跡を出て、帰り道を歩いている途中。
目的だった死鋼の鎧を手に入れて安心したのか、それとも久しぶりに日本のころの名前を言ったからなのか。
私は、この世界に来る前の、日本にいたころを思い出してた。
日本にいたときの私の名前は、
地味な普通の学生、だったと思う。
勉強とか運動の成績は中くらいで、なにかコンクールで表彰されたりするような特技はなかった。
ファンタジー小説を読むのが好きで、よく夜ふかししてたよ。
家族同士の思い出は少ない。
両親の仲があんまりよくなくて、しょっちゅう口げんかをしてた。
それを聞きたくなくて、物心ついたときはなるべく距離を取るようにしてた。
きょうだいもいなかったし、人付き合いは慣れなくて苦手だったなあ。
高校を卒業して短大に行く前の春休み期間中に、ちょっとした小旅行をしてみたくなって、ためていたお小遣いを使って東京へのバスツアーに参加しようとしたんだった。
一人でだよ。彼氏なんかいないし、友達も忙しそうだったし、私自身が一人で自由に過ごしたかったのもあったし。
あと、もしかしたら心の片隅で、自分の知らないどこか遠くへ行きたいっていう願望があったのかもしれない。
そのツアーの出発場所へ向かう途中、電車で移動してたのが、前の世界にいたとき最後の記憶だ。
窓側の席に座ってた私は、外を流れる景色を眺めていた。
山と木が多くて、ちょこちょこ家や建物があって、たまにトンネルをくぐって。
木とか空とか、自然の色が明るくて、もうすぐ春になるっぽい色だな、きれいだなーとか思いながらぼんやりしてた。
このへんの記憶はかなりあやふやだけど、たぶん居眠りしそうになってたんだと思う。
引っぱられるような、落っこちるような感覚が気持ちよかった。
で、草のいい匂いがして、目を開けたら大草原のど真ん中だった。
あのときは焦ったなあ。
なんか遠くに狼っぽい猛獣の群れがいて、見てたらその群れが牛っぽいなにかに襲いかかってた。
あれはやばいと思って、距離を取るようにしながら歩き回ってた。
木とかは少なくて遠くまで見渡せたから、建物っぽいものを探して歩いてたら人が住んでるところにたどり着けた。
そこでは歩いてる人の顔が猫っぽくてしっぽもあって、でもなぜか言葉は通じる。
ファンタジーの世界に入り込んだと思って、あのときはテンション上がったなあ。魔法のことを知ったときはもっとずっと。
まあ、そのぶん、自分に魔法が使えないことがわかったときの反動も大きかったけど。
ああ、そうか。
やけに昔のことを思い出すのは、魔法が使えないことを王様と話して、泣いちゃったからだ。
私の好きなファンタジー小説のひとつに、異世界に渡った女の子が魔法を使って大活躍するお話がある。
その主人公の名前が、クローディアなんだよね。
さらに、愛称がクロウで、私の苗字と同じ。
かなり感情移入して、夢中になって何度も読んでた。
そしてそして、私がこの世界で最初に出会った人に、自分の名前の
そのときは、自分も小説の中のクローディアみたいになれるのかな、なりたいなあって思ったんだけどね。
けど、この世界はそんなに甘くなかったよ。
いろいろ苦労した結果、私は平和な暮らしができれば十分満足できるってことがよくわかった。
自分はクローディアにはなれないって思ってしまって、そのときも泣いちゃったなあ。
「クロウ、早く来なよー」
前のほうでケイが手を振ってる。
思い出に気を取られてて、遅れてたみたい。
「ごめんごめん、今行くよ」
私は歩くスピードを上げた。
小説の中の、私の好きなクローディアは、つらいことがあってもいつも前向きだった。
私も、せめて心構えくらいは彼女に近づけるようにしなきゃ。
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