第7話 女の子が従者になりました。
「ご復活、お喜び、申し上げます」
後ろからの声に振り返ると、ドレスの女の子が、右手を胸の中央に当てて私を見あげていた。
従者って、この子のことなのかな。
女の子は、その細い指で自分の横を指し示した。
そこには、どこから取り出したのだろうか、彼女の身体よりも大きな鏡が床に足をつけて立っている。
しかも鏡には、さっきまで玉座に座っていたはずの『死鋼の鎧』が立っているのが映っていた。
私は女の子に近づこうと一歩足を踏み出して、また止まった。
鏡の中の鎧が、動いたから。
私が右手を上げると、鏡に映った鎧も手を上げる。
後ろを見ても、あるのは空の玉座とたくさんのお墓だけだ。
上げた右手を顔の前に持ってくると、黒い金属製の手が私の前に出てきた。
悪魔の爪をかたどったような、ごつごつした黒い鎧の手の部分。
その指は、私が自分の指を動かそうとすると同じように開き、閉じる。
「なぁに? 気がつかなかったの?」
くすりと笑ったケイが、私のそばまで歩いてくる。
「クロウが兜をかぶって倒れたすぐ後、鎧がいきなり崩れたのよ。そしてすぐに、バラバラになった鎧の部品があなたに飛んでいって、あっと言う間に組み上がったの。あなたの身体を中に入れてね」
鏡の前にケイが立った。
鏡の中で鎧と並んだケイは、私の横のケイと同じポーズをとっている。
私は、自分のほっぺに両手をあてて、鏡に近づいてみた。
鏡の中の鎧が、同じように両手をほっぺに当てた状態で顔を近づけてきたから、私は思わず吹き出しちゃった。
「これが、私……」
仕草は、自分のものに間違いないんだけど。
その姿が巨大な鎧だっていうギャップが、すごくおかしい。
自分の手足をなでまわしたりして感触を確かめてみるけど、まるで素手で触ってるみたいだ。
「着てみた感想はどう?」
「全然、気づかなかった。というか、着てる気がしないや」
あんなにでっかい兜をかぶってるはずなのに、目に見える範囲はいつもと変わらなくて、身体の動きに制限もない。
起きあがるときに床についた手からは、冷たい石の感触だってあった。
「でも、力が強くなったとかいう実感はないなあ」
足下を見てみると、それまで自分が使っていた槍が転がっている。
鎧の力を試したくて槍を拾おうとしてみたら、手は楽に床まで届いた。
あんなに大きくて、動きにくそうな鎧だったのに。
「ありゃ?」
槍をつかんでみたけど、木でできた槍の柄はぺきっと乾いた音を立てて折れ、また床に落ちちゃった。
手を開けてみると、粉々に砕けてすりつぶされた木が震えている。
「うわー」
握りつぶしちゃった?
いくら木だっていっても、あの槍の柄はけっこう固かったんだけど。
王様は、私から魔力を吸えないから鎧の力は弱くなるって言ってた。
けど、それでもこんなに強いの?
「陛下。あちらを、ご覧ください」
自覚のない腕力に
彼女が右手を玉座へ向けると、彼女が指し示した玉座の背面に複雑な文様が生まれ、輝いた。
一拍置いて、背もたれの一部が扉のように開いていく。
「おおー」
「へーえ」
私とケイの、驚きの声が重なった。
玉座の内側には、いろんな武器が立てかけてあった。
剣、斧、槍、弓、杖、ハンマー、ムチ、トゲ付き鉄球、カギ爪、大鎌などなど。
どれも鎧に合わせたように黒くて大きく、飾り気がなくて硬く痛そうな物ばかり。
「お好きな武器を、お取りください」
女の子の言われるままに、私は並んだ武器を手に取ってみる。
隅のほうには、網や扇、孫の手のような棒、太鼓みたいなのなど、武器とは思えない物もたくさんある。
「好きな、って言われてもねぇ」
私の目的に、武器はあまり必要ないけれど。
でも道ばたに猛獣や盗賊がいる世界なんだから、素手ってわけにもいかない。
私は無難に、今まで使っていた武器である槍を選んだ。
槍といっても、その長さは鎧の身長より長くて、柄も私の本来の手首を二つか三つ重ねたような太さの巨大な物だ。
先端には四本の黒い金属片が花びらのように斜め上へ広がっていて、その中央には透き通った水晶のような刃がある。
「ふぅ~ん。立派なもんだね」
槍を手にした私を、ケイがそう言って見上げる。
「あ、そういえば」
私は、自分の背がケイより低かったのを思い出した。
今の私の視点、ケイの頭より高い。
「この鎧って、私の身体に合わせて縮んだわけじゃないんだ」
「さっきの鎧の大きさ、そのままだね。でっかいぞー」
ケイが鎧の腹を叩こうとして、途中で手を止めた。
「そういや、魔力を吸うんだったね、これ」
ケイは、ばつが悪そうに手を引っ込める。
そんな私たちの横で、ドレスの女の子が鏡に手をかざした。
女の子の手から黄色い光が放たれて、光が当たった鏡はみるみるうちに小さくなって彼女の手の中に消える。
手を握って光を収めた女の子は、私に向き直って静かにひざまずくと、深々と頭を下げた。
「私は、鎧を着た方に、仕えるために生きる、従者。名を、ウェイナリアと、申します」
その、今までとはまるっきり違う、ていねいすぎる口調にびっくりして、私は何も言えずに彼女を見た。
ドレスの少女、ウェイナリアは、下を向いたまま続ける。
「七代目、リギドゥス陛下。なんなりと、ご命令を」
「ちょっとちょっと、やめてよそんな。顔を上げて」
ウェイナリアは、変わらぬ無表情で私を見上げた。
陛下とか、いきなりそんなこと言われても、ねえ。
「とにかく、立って。それと、その呼び方も、やめてもらえないかな」
立ち上がったウェイナリアを見つめ、私は胸を張った。
「私の名前は、
「クロウ様、ですか」
「いやいや、様もダメ。もうちょっと普通に」
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