第一章 異世界の遺跡の中で

第2話 すごい鎧を見つけました。

 私は両手に思いっきり体重をかけて、壁を押し続けた。

 土とほこりで汚れた石の壁に、刃物で斬りつけたような裂け目が縦に一本走る。


 石壁は、じゃりじゃりと砂がこすりあうような音をたてながら、ちょっとずつ奥へと動いていく。

 壁の隙間にあった土がぱらぱらとこぼれ落ち、床にぶつかって灰色の煙を巻き上げた。


 がんばって押してたら、壁の間になんとか顔を出せるくらいの隙間ができた。

 もうちょっとで通れそう。


 手だけじゃなく上半身全部を使って、体当たりするような感じで壁を押してみる。

 視界のすみっこで、壁と天井に挟まっていた大きな石が外れて落ちるのが見えた。

 そのとたん、壁が勢いよく動き出す。


 あの石がつっかえてたのか!


「うわあ!」


 身体を思いっきり押しつけてたもんだから、私はそのまま前へとひっくり返りそうになる。

 両手を振り回してなんとかバランスを取ろうとしてみたけど、ふらついた足がからまって、結局私は顔から床に倒れた。

 持っていた槍や荷物、それに自分の髪が、床にばさっと落ちて砂煙をあげる。


「ううう……」


 黒いはずの私の髪が、砂ぼこりまみれで灰色になってる。

 髪を汚さないように縛ってたけど、いつの間にかほどけてたみたい。

 額を押さえながら顔をあげてみたけど、砂が舞い上がっててよく見えない。


 ぶつけた膝や手が、じんじんと痛む。

 砂ぼこりが少し目に入って、そっちも痛い。


「ちょっと、クロウ。何回転んだら気が済むのよ」


 後ろから、私を呼ぶケイの声がする。

 そっちを見ると、三日月形の剣を持ったケイが私を見下ろしていた。


 その剣の刀身は彼女の持つ炎の魔力を受けて、溶けた鉄のような強く赤い光を放っている。

 剣の光のせいで、彼女のもともと赤いショートヘアはもっと明るい赤に照らし出され、白い鎧も赤く染まって見えた。

 ゆらゆらする赤い光を浴びてキラキラ輝いている赤い瞳は、きりっとしてて格好いい。


「ケイ、起こして……」


 立ち上がる力が出てこない私は、うつぶせのまま左手をケイに伸ばした。


「まったく。あんまり甘えるんじゃないの」


 ケイは左手で剣を持ったまま右手で私の首元をつかんで、猫を持ち上げるように私を引き起こしてくれた。


「そろそろ限界かー? そりゃけっこう歩いたけどさ、もうちょっとがんばりなよ。近くの邪魔なのは片付けたけど、ここがいつまでも安全って補償はないんだから」


 遺跡探検のため、近くの村で護衛に雇った女剣士のケイ。

 ちょっと荒っぽいけど剣の腕は確かだし、なんだかんだ言っても優しいところがある。

 彼女のおかげで、私はこの罠だらけの遺跡の中でもどうにか生きてる。


 立ち上がった私は、ズボンの膝に付いたホコリをはたき落とした。

 長旅用に厚手の布が使われたズボンとブーツは、何度も転んだせいで元の色がわからないくらい汚れている。

 戻ったら洗濯しないとなぁ。


「この先はずいぶん広そうね」


 剣を右手に持ち直したケイが、開いた石壁の奥を見ている。


「ちょっと広すぎて、遠くまでは見えないなあ。クロウ、あなたの目で見える?」


 言われて、私もケイの横に立って部屋の奥のほうを見てみた。


「うーん。私にも全然見えないや」


 目にはちょっと自信あったんだけど、この先は本当に真っ暗闇だ。


 ケイが輝く剣を左右にかざして、奥の空間を照らそうとする。

 けど、見えるのは近くの石材でできた床だけ。


「あ。でもよく見ると、ちょこちょこ何か立ってる。石の柱か何かかな」 


 ケイが剣の光を揺らすと、なにかが光を反射してちらついてるのだけは見えた。

 まっすぐ上に立った、柱みたいなの。

 けど、おぼろげで遠近感がつかめない。


 自分の槍を拾うついでに部屋の床をよく見てみたけど、今までと同じ石材っぽく見える。

 ただ、土やホコリは積もっていなかった。


「この部屋だけ、ずいぶんきれいに掃除されてるみたい」

「いいねいいね。最深部って感じだねー」


 ケイは楽しそうに、部屋の奥へ足を踏み出そうとした。


「ここまで、来られた、んだ」


 突然の声に、私はびっくりして一歩後ろへ下がった。

 ケイが剣を構えて腰を落とし、素早く周囲に目を走らせてる。


「たった、二人。それも、しかけた罠の、ほとんどに引っかかるような、二人」


 書かれた文章をただ読み上げるような、無感情な声。

 この声の高さ、相手は子供かな?


「ずっと、見てた。よく、生きてたね」

「うるっさいな! 暗い中で好き放題しゃべってんじゃないよ! もったいつけてないで、姿を現したらどう!?」


 向こうの声をさえぎるように、ケイが大声で怒鳴りつける。


「そう、だね」


 暗闇の奥から、返事が返ってくる。

 言葉ごとに呼吸を入れる、どこか苦しそうな声。



 聞き慣れない響きの単語とともに、暗闇の中で小さな青白い光が浮かび上がった。

 今のはたぶん、魔法の言葉。そしてあれは魔法の光。

 光の後ろには、両手を広げた、細い体つきの誰かが見え隠れしている。


 丸い光はその人の手を離れて、まっすぐに上へと昇っていった。

 光の先にうっすらと天井が見えたところで、光がしぼむ。

 視界の端でケイが自分の目を左腕で隠すのが見えた。


 しぼんだ光は、弾けて、まるで太陽のように強く輝いた。


 私も目を閉じたけど、少し遅かった。

 太陽みたいなギラギラの光をまともに見てしまい、まぶしさに耐えられなくてその場にうずくまってしまう。

 目を閉じて、その上を手で隠していても、それを透かしてまぶしい光が目に入ってくるのがわかる。


「うー……」


 まぶたの内側で真っ白な光が跳ね回り、それは目を押さえても止まらない。

 私はズキズキ痛む自分の目を押さえるのに精一杯で、ぜんぜん動けなかった。


「あーら、ずいぶん広いのね」


 ケイの声が聞こえる。

 もう見えるようになったんだ。

 私も、目の奥を走る痛みを我慢がまんしながら、少しだけ目を開けてみた。


 最初に見えたのは、床のざらついた白い石。

 ゆっくりと顔を上げていくと、立派な玉座に腰かけた人のような形の黒いものが目に入ってくる。


「うわぁ」


 その迫力ある黒い人影に、私は思わず声をあげていた。

 そこにあったのは、真っ黒な鎧。

 肩から腕、胴、足先までの全身分が揃った、巨大な鎧だった。

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