黒髪少女と黒の呪鎧《アーマー》~異世界転移しても普通の女子のままで魔法も使えませんでしたが、そんな私だからこそ着られる最強の呪われた鎧を見つけました。鎧を着たら強く可愛い女の子の従者も付いてきました。

海原くらら

第一部 私でもできること

プロローグ

第1話 遺跡の奥から見られてたみたいです。

 暗闇の中で、青白い小さな光が点滅を始めた。

 その光が、巨大な椅子の片すみで目を閉じた一人の少女の寝顔を照らし出す。

 なめらかでツヤのある青い髪に、光を照り返す白い肌。その肩や腕は細く、歳はまだ十に満たないくらいだろう。


 か細い光に照らされた少女は、寝息をほとんど立てていない。

 椅子に座ったまま横の黒い影にもたれかかる姿は、生命のない人形のようにも見えた。


 やがて、少女がゆっくりと目を開けた。

 だが彼女は動こうとせず、ただ目の前の点滅する光を見つめ続ける。


「侵入者?」


 少女が、小さな声でつぶやいた。


「また、動物?」


 その語尾がかすれ、彼女は少しき込んだ。

 苦し気にのどを押さえた少女は、椅子から立ち上がるとその細い指を正面の光にかざした。

 光は薄く板状に変化し、少女の前に大きく展開される。


「人だ」


 変形を終えた光の板の表面に、ふたつの人影が映し出された。


「何年ぶり、かな」


 少女の口元が、わずかに緩む。

 光の板が一瞬ゆがみ、中央の人影が個別に拡大される。


 一人は、楽しそうに前を行く、明るい表情の少女。

 よく言えば優しげな、悪く言えば気弱さを感じさせる、幼さの残った顔立ち。

 彼女が歩くたびに肩ほどの長さの黒髪が揺れ、その髪と大きな黒い瞳が太陽の光を受けて輝いている。


 身につけているのは、すそのほつれた白く薄いシャツの上に、薄茶色の革製の胸当て。

 右手には木の柄に金属の刃が付けられた槍、左手には火のつけられた松明たいまつが握られていた。


 もう一人は、三日月のような幅広の剣を腰に下げ、しっかりと足を踏みしめて歩く女性。

 ところどころが跳ねた赤いショートヘアに意志の強そうな深紅の瞳を持ち、真剣な表情で周囲をよく観察しながら歩いている。


 彼女が身にまとっているのは白色の金属鎧。

 その隙間から見える腕は褐色に焼けていて、ムダのない筋肉が腕の表面に陰影を作っている。

 その鎧は細かい金属板が互い違いに組まれた作りになっており、彼女の歩きに合わせて小さく伸縮しながら揺れていた。


「変な、組み合わせ」


 光に映る二人を見ていた少女が首をかしげた。


「近くの村の人と、護衛の剣士?」


 そんな対照的な二人は、古びた石材で組まれた遺跡の中をなにか言い合いながら歩いている。

 だが、その声や足音までは聞こえない。

 少女に届くのは光の板に表示される映像だけだ。


「この二人しか、いない?」


 少女が手を左右に振ると、それに合わせて映像も左右へ移り変わる。

 映像は遺跡の各所を映しながら移動し、やがて一周して二人のところまで戻ってきた。

 しかし、映像は他の生き物の姿を映すことはなかった。


「迷い込んだ、だけかな」


 声の調子を落とした少女は、それでも画面に映る二人の姿をじっと見つめ続けた。

 やがて二人は、地下へと降りる階段を見つける。


 黒髪の娘が嬉しそうに手を叩いてから階段へと足を踏み入れた。

 そのとたんに石段のカドが崩れ、階段が斜め一直線の坂になる。

 足場をなくした彼女はそのまま坂の下へ転がり落ちるところだったが、女剣士がその手をつかんで落下を止めた。


「あんな、初歩的な罠に、ひっかかるなんて……けほっ」


 画面から目をそらした少女は、またせきをする。

 慣れているのか、彼女は慌てることなく、ただ胸を押さえて発作が落ち着くのを待っていた。

 やがて咳が収まり、呼吸できるようになった少女は、自分の胸をさすりながら顔を上げた。


「あんな、人たちなら、ここまで来ることも、ないかな」


 少女は、自分の喉を刺激しないよう、独り言でも言葉ごとに切れ目を入れる。


 映像の中では、罠から引き上げられた黒髪の娘が肩で息をしていた。

 その前に女剣士が腰に手を当てて立ち、怒った顔でなにかを言い始める。

 黒髪の娘は彼女に向かってひたすら頭を下げていた。


「すぐに、帰ってくれたら、いいんだけど」


 寂しそうに細めた目で、少女は横へと目を向けた。

 そこにあるのは、少女が寝ていたときにもたれかかっていた黒い影。


「陛下も、あんな人たちを、死なせたく、ないですよね」


 影に向かって、少女はそっと声をかけた。

 物言わぬ黒い影に、彼女はまた寄り添う。

 寝ていたときの姿勢に戻ったところで、少女はまた少し咳をした。


「けふ、けふ」


 咳をしながら、少女が目に浮かんだ涙をく。

 そのとき突然、光の板の青白かった色が赤に変わった。


「あ」


 映像には、先ほどとは別の地下道に入ろうとしている二人の姿が映っている。


「入り口、見つけちゃった」


 そう言って、少女は自分が寄りかかる黒い影を見上げた。

 それは、彼女の背の三倍ほどもある、巨大な黒い人影。

 微動だにせぬ影は、光の板が発する赤い光をわずかに照り返すだけだった。

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