第33話 漫才
僕は閉じていたノートパソコンを開く。先ほど打った文章が四角いウィンドウ内に浮かび上がっていた。
「まだ、説鬼がいるのかも」
周囲を見渡す。しかし、シオマネキは先ほどと同じように微動だにしない。先ほどの同じように死んでいる。
眉根を寄せて考え込んでいたみゆうさんがぽんと手を打った。
「ボーナスステージとかそういうやつじゃない?」
「なんですか、それ?」
「なんだかんだと言って頑張ってる新巻さんへのご褒美ですよ」
首をかしげる僕。
「今までは危機が終わったら、すぐ元の世界に帰っちゃったじゃないですか? 登場人物とゆっくりと交流する時間も無く。その時間を与えてくれるってことじゃないですかね?」
「だけど、恵理さんは帰っちゃったよ」
「あのマッチョのことは言及しないんですね。そりゃあ、可愛い女の子の方が交流するにはいいですよねえ。新巻さんもやっぱり男なんだ」
「人聞きの悪い言い方やめてください」
「だけど、あの男の人の名前も覚えてないでしょ」
うぐぐ。まさに図星だ。一応名無しのキャラでは無かったはずなんだけど、覚えてない。なにか言い訳しようとすると、タイミングよくノートパソコンの上にサイコロが浮かび上がる。
僕はまた周囲を見渡した。怪しい影はない。
「ねえ。新巻さん。危機が迫ってるわけでもなさそうだし、私に振らせてもらっていいですか?」
「別にいいですけど……」
みゆうさんがサイコロに触れようとした時だった。バシッという音がしてサイコロがするりとみゆうさんの手から逃げる。
「痛いっ」
みゆうさんが片手を揉んでいた。
「大丈夫ですか?」
「ちょっとしびれてるけど平気。なんか強めの静電気が流れたみたいな感じ」
「僕は今までそんなことはありませんけど」
僕は空中に浮かび上がる赤とオレンジの立方体にこわごわと手を伸ばす。
手にしっかりとした感触が伝わった。別に痛くもかゆくもなんともない。
「へえ。一応、本人認証がかかってるんですね。まあ、そりゃそうか。冷静になって考えてみれば、結構とんでもない機械ですもんね」
「そうかな」
「それこそ、少年漫画の主人公みたいな異能者ばかり呼び出せるんだったやりたい放題じゃないですか」
「尻尾をなくしちゃった髪の毛が金色に変わる宇宙人とかですか?」
「そうそう、そういうのです。っていうか、何ぼやかして言ってるんですか」
「いや。一応権利的に念のためというか」
「ここ、日本じゃないんで知的財産権の効力は及ばないですよ。それ以前に刑法だって適用されないし」
「そうなんですか」
「ええ。日本の法律は基本的に属地主義なので、日本国内にしか適用されませんね。もちろん例外はありますけど。なんですか。その顔は?」
「いや。意外だなって」
「失礼ですね。こう見えても法学部生ですよ」
「えええっ?」
「あれ。前に言いませんでしたっけ? それにしても非常に失礼な反応のような気がします。あ……」
「どうかしました?」
急に両手を体に巻き付けるようにして身構えるみゆうさん。上目遣いに僕のことを見る目つきが不審者を見るようだ。
「この場所なら、私に変なことをしても犯罪にならないとか考えましたね? そうでしょう?」
僕はガクッとなる。
「そんなわけないでしょう?」
「どーですかね。犯罪にならないと分かったら人は豹変しますから」
はあ。ため息がでる。そんなふうに見られていたのか。
「嘘です」
「は?」
「嘘ですよ。新巻さんがそんな度胸が無いのは分かってますからね。それに何と言ってもロマンチストですし」
にしし、と笑うみゆうさんを見てると疲労感が倍増する。
「それに、そういうことがしたいなら、呼び出した子に言うことを聞かせた方が手っ取り早いですよねえ」
「それってひどくない?」
「そうですか? 職権乱用型のセクハラの典型例ですよね」
「そうかもしれないけど、僕がそんなことをすると思うの?」
「さっきのお返しですよ。まあ、これだけ、どうでもいい話をしていても、化け物も出てこないし、元の世界にも戻りませんね。とりあえず、サイコロ振ってみたらどうですか? いつまでも、ここで新巻さんと漫才やってても仕方なくないです?」
やっぱり、僕のことをおちょくってたな。
僕はノートパソコンをぱたんと閉じると鞄のひもを肩から掛けた。すたすたと適当な方角に歩き始める。とりあえずは、さっきまで居た児童公園から離れる方向を目指す。
「ちょ、ちょっと、新巻さん。どこ行くんですか?」
「せっかくだから少し探検してみようと思って」
「助っ人呼び出さなくていいんですか?」
「どれぐらいの間呼び出せるか分からないし、今は化け物も居ないようなので」
「置いてかないでください」
僕の横に並んだみゆうさんが僕の顔を覗き込む。
「ひょっとして怒ってます」
「怒ってません」
「ならいいです」
「僕を怒らせることをした自覚はあるんですね」
「まあ、ちょっとだけですけど」
「ならいいです」
僕たちは気の抜けた会話をしながら、無人の住宅街へ足を向けた。
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