第32話 特製ホルスター
みゆうさんの視線は女性の胸の辺りに注がれている。走りにくいか。確かにそうかもしれない。昔、胸が大きいと走るときは大変だということを聞いたか読んだかしたことがあった。しかし、そんなにしげしげと見なくてもいいと思うのだけれど。僕が呼び出してしまった女の子は微動だにしない。
みゆうさんは僕を引っ張り続けている。
「もう、今日はなんなのよ。早く逃げないと死んじゃうんだからね」
そうこうするうちに、どすどすと巨漢がやってくる。四つん這いになったシオマネキはすぐそこだ。
「はあ、はあ。ありゃなんて化け物なんだ? 1体ならなんとかなりそうだけども、3体ってのは卑怯だぜ。おっと、しゃべってる場合じゃねえや。早く行きやしょう」
一応、背後を振り返りながら巨漢は息を切らせている。シオマネキは高架下を抜けて起き上がろうとしていた。
「そっちのイイ体した別嬪さんも……ああ?」
巨漢の声がいぶかし気になる。若い娘はニッと笑うと胸の谷間に手を突っ込んだ。と思う間に手に何かを握りしめてシオマネキに向き直る。握ったものを左手で力を入れていじる。そして、両手をまっすぐに伸ばすとパンと乾いた音が響き渡った。
再び同じ動作後に体を微妙に動かすと同様の音がする。2体のシオマネキは頭に見事な穴を開けて地面に倒れ伏した。
「1体ならなんとかできるんでしょ。その腕前見せて欲しいわ。残念だけど、こっちはもう残弾ないのよ」
巨漢は目の前の事態が良くのみ込めていないようだったが、敵が1体になったことに体をゆすった。腹の底からの雄たけびを上げる。
「うおおお。俺は最強の戦士だ。こんな化け物ぐらい!」
りゅうりゅうと斧を振り回しシオマネキに打ちかかる。
シオマネキも仲間を失ったショックから立ち直り、大きな鋏で斧を迎え撃った。がっ、と大きな音が響き、巨漢とシオマネキの力比べが始まる。
「うおおおお」
ぷるぷると腕を震わせながら巨漢は歯を食いしばって相手を押しやろうとした。
一生懸命に戦ってくれているのは分かるのだけれど、物凄い形相と全身から立ち上る暑苦しさは見ていてあまり美しいものじゃない。それでも、何か応援する手段を考えようとパソコンを開くと、銃身の短い拳銃を持った女性が近くにやってくる。
「新巻さん。念のために、予備の弾丸お願い」
僕は少し考えを巡らせるとキーボードに指を走らせた。
『新巻はジョギングパンツのポケットを漁った。指先が堅い物に触れる。手を突っ込んでつまみ出すと街路灯の明かりを受けて金色の光を反射した。22LR
。小さいながらも近距離では十分な殺傷能力を持っている』
エンターキーを押し終わると同時にポケットを漁って弾丸をつまみ出す。それを目の前の恵理さんに手渡した。さきほどまでは分からなかったが、あんな場所に武器を隠し持っている登場人物は一人だけだ。別の話の恵理さんにも以前助けてもらっている。強い女性ばかり登場させている僕の性癖が命を救う助けになっていた。
恵理さんはデリンジャーの銃身を二つ折りにすると受け取った弾を装填して元に戻す。一連の動作はよどみがない。引き金から指を離して、手を下げた。
「どうやら、必要は無かったみたいね」
振り返ると真っ赤な顔をしながら、巨漢がじりじりとシオマネキを押していた。
渾身の力を込めているのを見ると僕まで歯を食いしばってしまう。頑張れ。心の中の応援が届いたのか、巨漢はシオマネキの鋏を押しやると斧を回転させて首筋に叩き込んだ。血を吹きながらシオマネキは倒れ伏す。巨漢は返り血を気にもせず、斧を頭上に掲げてうおおと吠えた。やっぱり暑苦しい。
暑苦しいが大したものだった。あんな怪物を腕力でねじ伏せるなんて、同じ人類とは思えない。巨漢はシオマネキの首を切り落とすとそれをつかんで僕のところにやってくる。ちょっと、その生首のトロフィーは勘弁してほしいんだけど。
「ちょっとてこずったが、こんなもんさ」
「あ。ああ。凄いよ」
「礼なら、ぜひ俺の優勝後の酒池肉林もきちんと描いてくれ」
巨漢は意外と人好きのする笑みを浮かべた。次の瞬間には僕の目の前から消える。急に視界が開けた。
「恵理さんもありがとう。これで助けてもらったのは2度目だよ」
「あら。そうなんだ。別の話があるのね」
「ええ。そうです」
「なんにせよお役に立てて良かったわ。それじゃ」
指を眉にそえて敬礼すると恵理さんも消える。
残ったのはみゆうさん。疲れた表情の中に不満そうな気持がちらちらと見えるような気がする。そうだろうね。まさか、僕もみゆうさんがリクエストした話を2回目のサイコロで引き当てるとは思ってもいなかった。それなのに出てきたのは、ご所望のカレではなくてカノジョの方。
まあ、戦闘能力は段違いなので、僕としては恵理さんで良かったと思っているのだけれども、みゆうさんからしてみればナゼという気分だろう。ここは先んじて謝っておくか。
「ごめんね。誰を呼び出すか、コントロールできないからさ」
僕の謝罪の言葉を制するように、みゆうさんが険しい顔をする。
「もういいわよ。そんなことよりもさ」
ん? 絶対文句を言うと思ったのに。
「元の世界になんで戻れないわけ?」
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