第31話 蛮族の戦士

 はっと気づけば爪の長いタイプの説鬼がわらわらと公園に侵入してくるのが見える。とりゃ。サイコロを振って出てきたのは、巨大な斧を持った半裸の男だった。男はうおおお、と雄たけびを上げる。その声にびっくりしたのか、みゆうさんが僕にしがみついた。


 半裸の男は太ももがみゆうさんの胴ほどもある。斧を握る腕の血管が浮き上がっていた。ボディビルダーか重量挙げの選手のようなその男は、僕に抱きつくみゆうさんを見て大きな声で笑いだす。

「助けを求めるなら、そんな細っこい男じゃなくて俺にしときな!」


 みゆうさんは首を横に振る。どうやらゴリゴリのマッチョはお好みではないらしい。

「それじゃあ、ちょいと片付けてやるぜ」

 僕には持ち上げることすら難しそうな両刃の斧をぶんぶん振り回すと説鬼に突っ込んでいく。


 巨体に似合わぬ素早い動きでポンポンと景気よく説鬼の首を飛ばしていった。勢いのついた斧の前にはあの恐ろしげな爪も全く役に立たない。キンという音と共に爪ごと説鬼の体を真っ二つにする。

「おらおらおらっ」


 体格差とパワーを生かした攻撃であっという間に説鬼は一掃される。ほっとしたのも束の間で、公園の入り口から巨大な鋏を持ったタイプの説鬼シオマネキが3体やってくる。男は手近なシオマネキに切りかかったが、さすがに一撃で倒すことはできなかった。シオマネキも鋏で斧を受け止めて力比べとなった。


 男は左右から別の2体がやってくるのを見ると力を振り絞って相手取っているシオマネキを押しやる。くるりと反転するとドタドタとこちらに向かって走ってきた。

「ぼやぼやしてねえで走るんだ」

 みゆうさんがぱっと走り出し、僕もその後を追いかける。


 この公園は角地にあり入り口は2か所あった。なので、あの3体だけなら、もう一方の入り口から逃げ出せる。幸いなことにそちら側で待ち伏せしているのはいなかった。全部で10体以上襲ってきたのだから、今までの最高記録だ。呼び出した登場人物次第では相当厳しいことになったことだろう。


 公園を出て走りながらどちらに行こうか考える。シオマネキはぴょんぴょん跳ねるわけではないので、高架下を通る意味はあまりない。それでもその方向を選んだ。こちらの方向はリサーチ済みだ。振り返ると巨漢がかなり後方を走っていた。そのさらに後ろにシオマネキがもたもたと走っている。


 僕は足踏みをしながら様子を伺った。巨漢はあまり走るのは得意ではないらしい。汗を拭きだしながら必死に走っているが、一見真面目に走っているのか疑う感じだ。シオマネキがこれまた同様に足が遅い。先日普通に走れそうと思った見立ては間違っていたようだ。どうやら、今日は軽くジョギングをすれば終わりになりそうだった。


 高架下を潜り抜けたところでまた振り返る。そこで僕の見立てが甘かったことを思い知らされた。巨漢と説鬼の間隔が縮まってきていた。顔を真っ赤にして走っているが、これだけの距離を走っただけで相当ばてているようだ。このまま僕らだけで逃げることは可能だろうが、置いてきぼりにすれば巨漢が危ない。


 むくつけき男だが、それでも僕の生み出した大切な登場人物だ。見捨てる訳にはいかない。しかし困った。前回と違って、蛮族の戦士である彼にマグナムの使い方は分からないだろう。かといって、彼の水準に合わせて使えそうなものが思いつかなかった。


 対象を思いつかない以上は文章を書くこともままならない。巨漢は背をかがめて高架下をかけてくる。もう速足で歩いていると言った方がいい状態だった。説鬼も窮屈そうにしていたが、四つん這いになった。このままでは高架下を出てすぐに追いつかれてしまうだろう。


「新巻さんっ。なにをしてるんですかっ?!」

 みゆうさんの叱責の声が聞こえる。

「彼を見捨てられないよ。だけど、どうしたらいいか思いつかないんだ」

「ここで待ってても無駄死にするだけですよ」


 ああ。くそっ。とりあえず弓でも出そうかとパソコンを開くと赤とオレンジのダイスが浮かび上がった。やった。10分経ったんだ。この状態を好転できる人物の登場を願って、僕はダイスを投げる。ダイスが溶けあって膨らみ消えるとそこには、可愛らしい女性が立っていた。


 こんなときに見とれている場合じゃないが、女性は見事なバストをしていた。年はみゆうさんと同じかやや上ぐらい。格好からすると女子大生かなにかと言ったところだろう。どこかで会ったことがあるような気がしたが、僕の作り出した登場人物だからそんな感じがするのかもしれない。


 ああ。ついに普通の女の子を呼び出してしまったらしい。彼を助けることはできないようだ。僕はがっかりするが、思い直して女の子に声をかけることにする。少しでも犠牲は減らさないといけない。

「凄い化け物が迫ってきているんだ。早く逃げて。こんなことに巻き込んでごめん」


 みゆうさんが不服そうな顔をしながらも戻ってきて僕の手を引っ張り始める。

「さあ、早く逃げないと。いくら足が速くないとはいっても何が起きるか分からないんだから。そっちの子も早く逃げた方がいいよ。あまり走るの得意じゃないでしょ?」

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