第30話 目的
ぎぃっ、ぎぃっ。みゆうさんが髪をなびかせブランコを漕いでいる。周囲の鉄製の柵に腰掛けている僕に近づいたり遠のいたりしていた。
「で、なんでまたこの場所なんですか?」
「まあ、なんとなく」
「まさか、あの男性のスカウトを受けようとか考えてないですよね?」
「まだ決めてない」
「やめた方がいいですよ」
僕はみゆうさんをまじまじと見る。
「みゆうさんは紫苑さんがあまり好きじゃないかと思ってました」
「まあ、好きじゃないというのはそうかも。でも、あのおじさんはヤバイですよ。あの人は他人を利用するだけ利用して用済みになったら容赦なくポイっとするタイプです。私なら絶対に手を組まないですね」
「自分以外の人の気持ちがそこまで分かるんですか?」
「んー。まあ慣れってやつですかね。顔色を伺うのは得意なんです。そういう生活送って来ましたから。それに、なんというか、私って当事者じゃないじゃないですか。その方がよく見えることがあると思うんですよね」
西日を背にしているみゆうさんの表情はうかがいしれない。
「私みたいな小娘が言う話でもないですね。新巻さんの方が色々と経験しているだろうし」
「まあ。なんとなく自分の手柄のことしか考えてなかった上司の雰囲気はあるな」
みゆうさんはウンウンと頷いている。ブランコを漕ぎながら忙しい。
「ところで、今日は逃げの一手ですか?」
「ん? どうして?」
「文字を打つなら東屋の方がいいでしょう?」
「ちょっと気になることがあってさ」
みゆうさんはブランコをやめて側に寄ってくる。みゆうさんの影が長く伸びて僕の影と交わった。
「あっちの世界というか、異変が起きているときの世界って、1か月後もそのまんまなのかなって思って」
みゆうさんは首をかしげている。
「この間のときにでかい鋏を持った奴が柱をぶっ壊したでしょ。こっちの世界に戻ってきたら、元に戻ってたよね。じゃあ、次に向こうの世界になったら、柱は壊れているのかどうかってこと」
「そういうことか」
「そうなんだ。毎回この世界の物が人を除いて移るのなら、前もって仕掛けを作ったりできるかもしれないからね」
そうは言っても一般人に手に入るもので有効なものなんて限られているけれど。
今日はあいにくの曇天で月は出ていない。それでも異様な感覚がして異変が起きたことを知る。はっとして東屋を見ると崩れ落ちていた。そして、公園の入り口からは足早に紫苑さんが黒の男爵と呼んでいた男性が近づいてくる。僕たちから5メートルほど離れたところで止まった。
「さて、この間の話だが、少しは考えてくれたかね?」
「検討する材料がなさすぎて考えようがないです」
「なるほど。報酬の話をしていなかったな。何を望む? 金か名誉か、それとも地位か?」
「それよりも、僕に何をさせたいかを知りたいですね。他にも知りたいことがたくさんある。ここはどこなのか? あなたは何者なのか?」
「やはり。あの女からは何も聞かされていないのだね。いいだろう。この世界を一緒に支配しようとは思わないかね?」
「はい?」
いきなりぶっ飛んだことを言いだすので僕の声は裏返ってしまった。視線のすみにとらえたみゆうさんは半口を開けている。きっと僕も似たような顔をしているに違いない。
「この世界は我々が住んでいる宇宙のコピーのようなものだ。化け物どもが徘徊しているが、それさえ排除できれば、あとはすべて我々のもの。金、貴金属、石油、どれでもより取り見取り。もちろん、我々の世界に持ち込むことだってできる。これがどういう意味かわかるかね?」
「えーと。異世界の物を持ち込んで大儲けしようということですか? 月並みな小説みたいな発想ですね」
僕の皮肉にも全然動じるそぶりはない。
「そうかもしれないがスケールが違う。地球がまるごと2つあるようなものだ。それを独占できるんだぞ。元の世界のパワーバランスは大きく崩れることになる」
まあ、それはそうかもしれない。物量だけならどの国よりも豊かになるだろう。超大国といえどもかなわないはずだ。
「既存の秩序を築いている側がおめおめと引き下がるとは思えないですけど。経済力だけでは覇権は握れないですよ。歴史が証明しています」
こういう仮定条件の上での検討は嫌いじゃない。面白いと感じてしまってついつい真面目に考えてしまった。それを聞いて男爵は歯を見せる。
「ふむ。その通りだが、経済力の伴わない戦力も意味がないだろう?」
「まあ、そうかもしれません。でも。相手は核兵器まで持っているんですよ。そんなのを相手にする気はないですね。僕はもっと気楽に生きていきたい。会社勤めさえ無理だったのに無茶なこと言わないでくださいよ」
「まあ、いいだろう。すぐに私に与するとも思っておらん」
男爵はチラリと左手首に視線を落とす。
「まだ時間はあるが、今日のところはここまでにしておこうか。それではせいぜい頑張り給え。私を失望させないでくれ。では、また来月会おう」
その声と共に男性の姿は書き消え、抱えていたパソコンが光を放った。
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