上手い自殺の方法
阿賀沢 隼尾
上手い自殺の方法
「おめでとう。彼方には自殺をする権利が与えられました」
私は自殺をする為に自殺保護病院に来ていた。
もう、自殺を宣言してから半年。
ブラック企業も辞めて一文無し。
就職しようにも前のようなブラックな所ばかりで何もいいことなんてない。
「はあ。先生、私はもう生きたくないんです。さっさと殺してください」
「まあまあ、そう焦らずに」
目の前にいるのは白井先生。
私の担当の先生だ。
先生はいつも通り静謐で、落ち着いた声で言った。
「貴方は自殺方法を選択することが出来るのです。今の時代、自殺をする人はそうそう珍しくもないですからね。一つ目は、薬で痛みもなく死ぬ方法。二つ目は薬で記憶をなくす方法。三つ目は、人格を変える方法。さあ、どちらを選びますか」
一つ目は、分かる。
だが、二つ目と三つ目はなんだ?
どういう事だ?
「先生、質問しても良いでしょうか?」
「もちろんですとも。クライアントのことはなんでも聴こう」
「あの、二つ目の『記憶をなくす方法』と三つ目の『人格を変える方法』とは一体どういう事なのですか?」
「ふむ。そうですね。インフォームド・コンセントは重要です。大丈夫。Aさんが納得するまで説明をしましょう。それが医師としての務めですからね。それら二つの方法は新しい自殺の概念なのです。知らなくても致し方ありません。それでは、二つ目の『記憶を無くす方法』から説明をしましょう。
この方法では、Aさんの今までの一切の記憶を消去します。とある特殊な光を使い、記憶を貯めている部分。つまり、大脳皮質と海馬の神経回路を書き換えるわけです。ああ、心配しないでくださいね。記憶を貯蔵している箇所だけに当てますので。そうすればAさんはこれまでの記憶を無くし、晴れて新しい自分に生まれ変わることが出来るという訳です。
三つ目の『人格を変える方法』は、記憶はそのままでAさんの人格自体を変化させます。その際に、新認知行動療法と薬物療法を用います。この方法の方が『記憶はを無くす方法』よりも時間は掛かりますし、今までの記憶は無くなりません。貴方の物事に対する認知の仕方を変えるのです。中々人の考え方は変えることは出来ませんが、時間を掛けて、物事をポジティブに、そして、客観的に冷静に見つめることが出来るようになります。どうしますか?」
「後者を選んだ場合でも、私は仕事を辞めることは出来ませんよね。この地獄の仕事から」
「ええ。法的な権利はありませんから。しかし、弁護士に相談することは出来ます。いや、しかし、Aさんは仕事を辞職されたはずでは……」
「はい。少し、気になったので聞いてみただけです」
人格や記憶を無くしても、社会的なし絡みからは逃れる事は出来ない。
法的鎖だ。
社会的鎖だ。
奴隷だ。
法律は、国から出るか死ぬかしないと一生付き纏って来る。
まるで呪いだ。
記憶を無くし、人格を変えた所で現実を変えることは所詮出来ない。
寧ろ、事態は悪化するだけだ。
ん?
「記憶を無くすって、その、知識はどなるんですか。俺が学校で一生懸命学んできた数学や歴史、プログラミングはどうなるんですか!?」
目の前の医者は慣れているのか、冷静に、落ち着いた声で俺の質問に答える。
「大丈夫です。心配ありませんよ。意味記憶の場合は消去されません。消去されるのはあくまでも貴方の今までの人生の記憶————エピソード記憶————です。ご安心を」
よく分からないが、大丈夫なようだ。
今までの記憶はろくな事がなかった。
学校にいても孤独。
家族といても孤独。
社会人になっても孤独。
何一つとしていいことなんてありゃしない。
こんな俺が人格変化だと?
善人に戻れってか?
そんなもんこっちから願い下げだクソッタレ。
そんなもんなら、もう一回、確実な方法で生まれ変わってやる。
「『記憶を無くす』方法でお願いします」
「ほう。そうですか。分かりました。それでは、祝福しましょう。新しい貴方に! そして、新しい人生に! 乾杯!!」
——————————————————
目が覚めると、知らないところにいた。
なんだ。
ここは何処なんだ。
俺は一体。
俺は何者なんだ?
混乱した頭のまま布団から起き、取り敢えず、電気を点ける。
まずは、まずは自分が何者なのか知らなくては……。
そう思い、俺は『自分』の手がかりを探しに部屋の中を詮索した。
過去の『自分』を知る為に。
上手い自殺の方法 阿賀沢 隼尾 @okhamu
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