いつか



ミライの帽子をそっと外に飛ばすと、景色が、遥か下に見えていたイルミネーションの灯りが、その全てがゆっくりと色を失っていく。


何も残らない、漂うだけの暗い世界。

そこは物語達が生まれる前の、始まりの場所。


真っ暗で、上も下も無くなった世界で

さっきまで遊園地のイルミネーションが見えていた遥か眼下には、虹色の流星群が・・・


「あれは、新しい物語へ向かう・・・命の流れだったのですね」


「よかったんですか?」


かばんの声にワシミミズクが振り返る。


「出会いの全てを否定するなんてできないのですよ。お前が生まれてサーバルと出会い物語が始まる様に、たとえ誰も知らなくたって・・・私と博士が出会ったあの瞬間から我々の物語は始まっているのです。それを否定なんて・・しないし、誰にもさせない。お前達も同じだと、ようやくわかったのです」


ワシミミズクが腕を組みながら、わざとらしく頬を膨らましてそっぽを向く。


「あの光が、数えきれない程の”誰かの出会い”が絡みあってできているものなら・・・あれの全てを踏みにじるのは私には少し荷が重いのですよ」


ワシミミズクは皮肉めいたように笑ったが、その笑顔は色々な物から解き放たれたように清々しいものであった。


「ボクは・・・どんなパークに生まれたって、たとえそこがどんな悲しい物語だとしても・・・何度だってサーバルちゃんと、そしてみんなと出会います。ヒトのフレンズとして。もちろん助手さんともですよ?」


かばんの体が少しずつ光に溶けて・・・、流星群の光へと向かって消えていく。


「・・・かばん、最後に言っておくのです。私はこの長い物語にとっての、いわば悪役だったのです、いえ悪役になった・・・と言いますか。だから…お前とはもう」


「今のあなたなら・・・助手さんとして生まれ、生きていけると思います」


「はっ、そんなの嫌なのですよ。私は自分でしたことの責任もとらずにいるなんて、そんなの長としてもフレンズとしても、ヒトとしても情けないのです。だから、最後まで悪役として生きてやるのです」


「辛いですよ、きっと」


「私のしたことなのです。それに・・・”あの子”を一人になんて、・・・できないのです」


「わかりました。それでも、・・・きっとボク達はまた会えますよ。それが、命が、物語が巡るということだと思いますから」


「ええ、その時はまた・・・、お前には美味しい料理でも作ってもらいましょうか」


「はははっ」


「ふふふふっ・・・」


遠い再会を誓って、かばんはついに光の中に消えた。

次の新しいどこかの物語へ。


「さて、私も行きますか」


ワシミミズクの体も、少しずつ光に溶け始める。

それは・・・かばんが向かった虹色の輝きではなく、・・・頭上でゆらめくあの光の水面へ。


「大丈夫、お前達も連れて行くのです」


いつの間にか足元には、かつて自分だった者達の・・・その抜け殻の山が・・・

その全てが命の光となってワシミミズクの中へ集まっていく。




でも・・・それを引き留めるように、小さな腕が背中から彼女を抱きしめた。


「博士・・・」


「助手・・・」


ぎゅうっと、腕の力が強くなる。


「博士、私は・・・いつか、またあなたの隣にいられるでしょうか」


「いて・・・くれないのですか?」


「いてもいいのですか?”私”が」


「もしよければ・・・私の傍にいてくれませんか」


「・・・ありがとう、博士。たくさん傷つけちゃってごめんなさい。だから・・・いつかまた巡り合える日が来たら、その時は」


「うん・・・、うん・・・っ」


「ああ、そういえばこれを」


ワシミミズクがポケットから小さなライオンの人形を取り出して、それを博士の手に握らせる。


「これは、助手がもらったものだから。・・・これはあの子に返してあげて。博士と助手はずっとずっと二人で仲良し。一緒にお祭りを楽しんだ証なのです」


「助手ぅ・・・」


助手が泣きじゃくる博士の腕をそっと離し、正面に向き直る。


「もし、また会えたなら・・・今度こそあなたを支えるから、あなたの隣で一緒に笑うから。だから、ね?」


これが、彼女の最後の願い。


「はい・・・っ、頼りにしているのですよ、私の大好きな・・・助手」


涙でぐしゃぐしゃになっていても、それでも・・・彼女を見送る為に作ったその一生懸命な博士の笑顔が・・・・・・



ああ――――


そうだ、私は・・・あなたのそんな笑顔が


大好きだったから。


これからどれだけ辛いことがあっても、きっと生きていける。

悲しくなったらあなたが見せてくれた、涙でぐしゃぐしゃの笑顔を想うから。

どんな悲しみが振りかかっても、逃げずに諦めずに、言ってやるから。




君の笑顔が好きだったから。

だから、いつまでだって頑張れるんだって。

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