世界で生きる、みんなで生きる
お手伝いをしていたスナネコが手からカップを滑らせ、慌てて手を伸ばす。
カップは床に落ちることなく空中で停止した、・・・そしてスナネコ達も。
舞台の上で繰り広げられる”もう一つの物語”をワシミミズクは複雑そうな顔で見ていた。
「これは知っているのです、スナネコがカフェに居つくようになるのは・・・」
「誰かが死んで、何かが壊れて・・・それでも世界は続いていくんです。そこにフレンズが生きて・・・たくさんの命が流れていくのなら。それを否定する為の物語なんて」
「否定して当たり前でしょう!!」
ワシミミズクが叫ぶと、劇場中の照明が一斉に消える。
真っ暗な劇場で二つのスポットライトが、舞台の横に立つ少女と客席のワシミミズクの二人だけを照らしていた。
ワシミミズクは席から立ちあがり、少女の目の前に対峙した。
「よりよい未来や結末を求めるのが、ヒトという生き物でしょう!!それを知った私が・・・どれだけ苦しんで・・・誰にもわかってもらえずにどれだけ悲しんだか・・・!!愛する人の笑顔すら・・・失って・・・、それがどれだけ私の心を苦しめたのか・・・お前にわかるのですかっ!!」
「辛かったでしょう、苦しかったでしょう、でも・・・だから、これだけ多くの悲しい物語が生まれてしまった。それは、あなたがフレンズであることを放棄してヒトとして起点になってしまったからで・・・」
「さっきから一人でわかったようなことを・・・!!」
ワシミミズクが少女の胸倉を掴んで大きく羽を広げた。
それは、獣の頃の本能での威嚇の姿。ヒトの形を手にした彼女に残る最大限の怒りの印。
「・・・・・・こんな物語でも、きっとこの先多くの出会いがあります、パークに生きる一人一人が出会いと別れを経験してそれぞれの物語が作られていくんです。それを気に入らないからと否定してしまうということは・・・、その全てを否定して、それはきっと・・・」
「それはお前の言う枯れ枝の物語でしょう!じゃあ・・・枯れ枝の物語の舞台に立たされた者はどうすればよかったのですか!黙って悲しみを受け入れていろと!?幸せの為にもがくなと!?・・・それは、・・・そんなの・・・あんまりじゃないですか!!」
「この物語は無意味ですか?悲しい世界は・・・あってはいけませんか?」
少女は、舞台の上で固まったままのスナネコの姿を指さした。
世界を繰り返し、その都度彼女が切り捨ててきた世界で生きた者達は、その先でどうなったのだろうか・・・。
地震によって全てが大きく変わってしまった命達は、それでも目の前の世界を必死に生きようとした。
中には悲しみに心が潰され、逃避や忘却した者、妄想の世界へ逃げた者達もいたかもしれない。それすらできず・・・居場所すら知られず死んでいった者達もいたかもしれない。
その全てに、無駄なことなんてきっと一つも無い。
命はその時それぞれの動き全てで絡み合い流れていく。
かつてのワシミミズクは、舞台の上でそれを理解した時もあったが・・・繰り返す中でその理解も、その願いも歪み・・・心に溜まっていく傷が誰にも理解されないままじくじくと爛れていった。
「じゃあ・・・じゃあ・・・!!どうすればよかったのですか!」
ワシミミズクが叫ぶ。
「どうすればよかったのですか!!あんな・・・いきなり何もかもを奪われて・・・!!地震なんかで!沢山の仲間達だったのです!我々は群れだったのです!パークで!そこにおまえもいたでしょう!知ってるでしょう!あの温かさを・・・、みんな・・・大好きで・・・友達で・・・!!なのに・・・」
ワシミミズクは少女の肩をがくがくと乱暴に揺らした。
誰にも話さないまま、ここまで持ってきた想いの全てを吐きだすように。
大粒の涙がぼたぼたと零れ、今の彼女はヒトと化した存在ではなく・・・かつての助手だった。
「みんなでお前を助けたでしょう!そう、みんなで!!あの時だって大きなセルリアンにも負けなかったのです!遊園地でみんなで遊んだのです!ヒグマが図書館に来て料理を作ってくれた!それからみんなが遊びに来てくれた!図書館で博士と二人きりだった時と全然違って・・・たまにうるさくっても・・・本当に楽しくて・・・あったかくて・・・幸せで・・・、それが・・・それがこんなにいきなり全部無くなっちゃった・・・っ!!無くなっちゃったの・・・!!」
それはきっと助手の本当に本当の魂からの叫び。
繰り返しの始まる世界で、助手が理不尽な世界に対して一番最初に嘆いた悲しみ。
「こんなに・・・理不尽に全部奪われたのに・・・誰も悪くない!誰にもぶつけられない!!」
せめて原因がセルリアンであれば、恨みだろうと逃避であろうと心のぶつけ所はあったかもしれない。
助手は泣き崩れて膝をつき、それでも少女にすがりついて訴える。
「どうすればいいの!どうすればよかったの!どうすれば博士が笑ってくれたの・・・!!どうすればまたみんなと笑えたの・・・っ、ううえっ、うえええええん、うわあああぁぁあぁ・・・!!!」
遂げられなかった思いをもはや子供のように泣き叫ぶ。
「そんな時に・・・与えられたチャンスにすがることすらするなと!!そう言うのですか!!ヒトは・・・ヒトは私達にそれを強いるのですか・・・っ!!」
少女はわかって欲しかった。
自らの幸せの為に、他人の運命を決して変えてはいけないことを。
他人の幸せを奪った上で築かれた幸せが、絶対に続かないことを。
「でも、それは・・・・・・してはいけないことです」
それでも、助手の叫びは・・・あまりにも悲痛だった。
それは初めて図書館で出会ったあの落ちついていて、不遜で、でもどこかいたずらっぽい助手の姿からは想像もつかない程に・・・脆く、か弱く見えた。
サーバル達の様に表に出すタイプの愛情ではなかったかもしれない、けれどフレンズとして・・・群れの長として仲間達を心から愛していた。
彼女は、本当に大好きな仲間達の笑顔を取り戻したかったのだろう。
でも繰り返す失敗の中で途中からねじれて歪んで・・・理不尽な世界を何度も何度も繰り返し、いつしかその心は完全なゴールに固執するようになり・・・やがて彼女は大好きだった人の笑顔すら忘れてしまった。
それがまた彼女の疲弊した心を少しずつ削り取っていく。
いつしか助手は自分の中の博士の笑顔を取り戻すことが目的になり、手段も意味も何もかもをはき違えていく・・・。
・・・・・・助手は、サーバルと同じなのだ。
サーバルがかばんを愛したのと同じように、彼女は群れを愛し、サーバルと同じように悲しんだから、・・・同じように歪んでしまった。
そして彼女の魂は繰り返す度にパーク中の命をかき回し、そして・・・最後には一番大好きだった人を壊すという最悪の結果を迎えてしまった。
「どうすれば・・・どうすればぁ・・・」
助手は壊れた自分の心と切り離され、やっと理解した。
自分の行動が・・多くの者の未来の幸せを奪ったのだと。過去に固執した故に・・・誰かが未来を生きる為の世界を無責任に引き裂いたことを。
博士も自分と同じく繰り返していたと知ったあの時は考えられなかった。
博士は・・・どれだけ辛かったろうか。
変えることに固執した自分と違って・・・他者の運命を無理に変えようとせず何度も同じことをし続けた博士は、本当にどれだけ辛かったんだろうか。
博士は助からない命達の為に何度も泣いて、それでもきっと・・・たとえ今回で繰り返しが終わったとしてもその先を胸を張って生きていけるように前を見ていた。
”変わらない”という無理に血の涙を流したであろう博士がどれだけ辛かっただろうか。
自分は博士を目的にして勝手に納得できた。
博士は・・・この百度の理不尽をどう受け止めどう苦しんでいたか、そしてそんな博士の隣に何故自分はいつも居なかったのか。
「でも・・・私は・・・っ、うぅぅ・・・ううううううぅぅぅ!!」
助手の長い長い悲しみと、後悔の叫びに少女は答えられなかった。
少女がどれだけヒトの視点を持っていようと、ヒトとして伝えなければならないことを伝えることはできても、助手が数多の物語の中で繰り返してきた罪を許すことはできないのだから。
そして・・・それを許すことができるのは、助手と共にいた彼女だけ・・・。
「はかせ、ゆるして・・・博士、・・・博士ぇ・・・私を、許して・・・ください・・・」
何度も何度も助手が謝罪する。
・・・しかし博士は助手と共に繰り返す世界の中であの結末を迎えてしまった。
つまり、その謝罪を許せるものはもうどこにも存在しないのだ・・・。
それを理解しているから、助手も・・・自分の行いが生んだこの悲劇に謝罪し続けるしか無かった。
贖罪すら許されないことが、結末。・・・”助手”として生きた彼女の物語の終止符。
助手は、少女の足元にうずくまり地面を何度も叩き、かきむしるようにして泣き続け、そして届かない謝罪の言葉を叫び続けるのだった・・・。
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