遠く



「博士ー、みんなの避難の準備、順調だそうですよー」


「おや、スナネコ」


スナネコが図書館の入り口で荷物の整理をしていた博士に駆け寄る。


「こちらも準備は万端なのです、まだ時間は大分残っていますから急がなくても大丈夫ですよ」


「おつかれさまです、はーかせっ」


スナネコが博士の肩をわざとらしく揉む。

別に肩がこっているわけではないが、博士はその好意を嬉しそうに受け入れた。


「今日は少し冷えますね、皆は大丈夫でしょうか」


季節は秋も目前、外は少し涼しい風が吹いていた。


「ミナミコアリクイがー、なんかみんなにくっつかれてましたよ」


「ああ・・・あの子の毛皮もふもふですからね・・・ふふ」


小心者で人付き合いの苦手なミナミコアリクイが皆にもみくちゃにされ湯たんぽ代わりにされている姿を想像して博士がくすくすと笑う。

離れろと暴れているか、無言でぷるぷると震えながらじっと耐えているか・・・。

後でちょっと見に行ってやろうと意地悪な考えが浮かぶ。


「いや、これは共同生活の大事さを教える為に長として・・・」


「・・・・・・?・・・何がですかあ?」


「なんでもないのです」


妄想が口から漏れていたことに気づき、またくすくすと笑いながら博士がテーブルを指さして言った。


「おまえは本当に力になってくれたのです、お礼というわけではありませんがそこに置いてあるジャパリまん、食べていいのですよ」


「わーい!」


スナネコが肩揉みをパっと中断してジャパリまんに飛びつく。


「我々は地震のあの日に、皆に何もできなかったというのに・・・今でも我々を長として皆がこうして力を貸してくれる。・・・本当に助かるのですよ」


「それは違いますよ、博士。みんな博士達を信頼してます。みんながみんなの為に力を合わせているんです。あの日を生き残ったみんなと、・・・あの日ボクらに沢山のものを残してくれたみんなの為でもあります」


スナネコの瞳に亡くした友人の思い出が映る。

その顔は、すでに悲しみを乗り越え未来を生きる者の瞳だった。


「そうですね・・・。ありがとうスナネコ、ちゃんと言葉にしてくれるというのは・・・こんなに嬉しいのですね」


「はい。あの日博士がボクに”ゆっくりでいい”と声をかけてくれた時のように」



図書館から少し離れた広場には多くのフレンズが集まっていた。

そして、皆の視線は椅子の上に立って杖をぶんぶんと振る助手へと向けられていた。


「そういうわけで、もう一度大きな地震が来るのです。・・・せっかく前の生活を取り戻してきた皆には辛いでしょうが、今一度避難所への移動をお願いするのですよ。あそこはまだ鳥のフレンズが多く集まっています、皆も安全の為にうんたらかんたら・・・」


すっかり移動の準備を終えた皆に対して、話したがりの助手が長ったらしい説明を続けるものだから、フレンズ達も飽きてきて好き勝手に話し始めてしまう。


「でもそれってタマゴのお告げがどうとかって・・・怪しいよー!」


「なんですってええ!?私のお告げが信用できないって言うんですかあああ!?」


「ダチョウさんのお告げなの!?タマゴじゃなくて!?」


「タマゴのお告げは私のお告げえええ!!」


ギャーギャーとフレンズ達が騒いでいるが、助手はそんなことも意に介さず椅子の上でベラベラと話し続ける。


「で、あるからして・・・いかに博士と私が優秀な知識と知恵を持っているかをもう一度始めから説明すると、つまりふんにゃらほんにゃら・・・」


「ミナミコちゃんほんっとあったかいよねー!ぎゅー!」


「あーんあたしもあたしもーっ、ぎゅーっ!」


「ああああ、ああっちちちあちちちいっていってよよよあちち」


ミナミコアリクイは四、五人のフレンズに抱き着かれて白目を剥いて震えていた。


図書館から出てきた博士とスナネコがそんなカオスな広場の光景を見て二人揃って苦笑いする。


「そう!その時、私と博士の運命の出会いの日が・・・」


「助手、助手・・・いい加減にするのです、誰も聞いていないのですよ」


「なぬっ、博士!せっかく私と博士の感動的な出会いを皆に知ってもらおうと」


「木の上でジャパリまん食べてたらたまたま会っただけじゃないですか」


「ぐぬぬ」


「さあさあ、準備ができたなら移動しますよ」


皆を扇動しようと博士が小さな交通安全の旗をリュックから取り出す。


「ねーねー!博士!お告げとかで本当にまたあの”ぐらぐら”が来るのー?」


皆を先導して少し歩くと、一人のフレンズがそんなことを聞いてきた。


「そういう感性に優れた多くのフレンズ達が何かを感じ取っているのです、そもそも大地震は何ヶ月も経った後で大きな余震があるということも珍しくなく・・・」


「つまり来るの?来ないの?」


「来なかったらみんなでピクニックをしましょう」


「あー!そっか、来なかったら来なかったでいいもんね!」


その子がウンウンと納得すると、後ろについて来る子達も聞こえていたのか「確かに」「みんなでピクニック」と盛り上がりだす。


「まあ・・・これくらいの方が必要以上に不安にならなくていいでしょう、本当に取りこし苦労の可能性もありますし」


皆のポジティブ?な思考に「最初から何も言わずについてきてくれればいいのに・・・」と、呆れたように口元を引きつらせ博士が苦笑した。


しばらく歩いていると、何人かのフレンズが疲れた疲れたと騒ぎ出す。

避難所となっている高山エリアまではまだ少しかかる。


少し休憩してはどうかとスナネコが提案するが、まだ足元の悪い森の中なので博士と助手がどうするかと頭を捻る。

すると列の後ろの方から、透き通るような綺麗な歌声が聞こえてきた。


プリンセスとマーゲイの二人が歌を歌っていた。

やがて皆の声が”疲れた疲れた”から”アイドルだ、ペパプの歌だ”に変わっていく。


「みんな、もう少し歩けばそこに開けた場所があるわ。そこまで頑張りましょう?」


皆の視線が自分に集中した所で一旦歌うのをやめてプリンセスが言う。

するとフレンズ達は、そうだそうだ頑張ろう、とまた歩き始めた。


博士が列の後部に移動し、二人にお礼を言う。


「助かったのですよ、お前達」


「お礼なんていいわよ、みんなお互い様だわ」


そう答えるプリンセスのその手は隣に立つマーゲイとしっかり繋がっていた。

そしてマーゲイもにこりと笑って答えた。


「ええ、みんなでみんなを助け合いましょう。私達はフレンズなんですから」


お互いに、隣り合う者同士を支えながら。


―――――――――――――



避難所に着く頃にはすっかり夕方になっていた。

皆が避難所で寝床を決めたりミナミコアリクイの取り合いをしたりときゃいきゃい騒いでいる光景を見つつ、博士がふわりと羽を広げた。


「では助手、プリンセスとマーゲイも。こちらは頼みましたよ、私は一度上へあがってアルパカ達に挨拶をしてくるのです」


「わかりました。・・・でもなんでそれを」


助手が指をさした”それ”は、博士が抱きかかえているスナネコだった。


「前ボクがここに来た時においしい紅茶を飲ませてもらったので、お礼を言いに~。あとお手伝いもできればなって」


「ほうほう、殊勝なことですね」


「そうですよ、ボク結構しょしょーなんです」


「意味もわかってないくせにテキトーに喋るななのですよ・・・」


得意げに胸を張るスナネコに助手が呆れる。


「では行ってきます~」


「飛ぶのは博士でしょう、暴れたりして迷惑かけないように」


「はあい」


博士がふわふわと高度を上げていくと、スナネコが楽しそうに体をぱたぱたと動かすが、博士が無言でスナネコの耳を引っ張るとピタリと動きが止まって大人しくなった。


「みみがいだい・・・」


「やれやれなのですよ、まったく」




――――――――――



「よおく来たねえ博士、あぁスナネコちゃんもぉ」


「来ましたー」


スナネコがアルパカの胸に飛び込むと、アルパカがぎゅーっと抱きしめる。


「ううーーん、良い匂いだねえスナネコちゃん~」


「アルパカももこもこですー」


「いいにおい~」


「もこもこー」


そんな風にじゃれ合う二人を見て博士が小さく溜息を漏らすと、その小さな肩にトキの手がポンと置かれた。


「大丈夫、慣れるわ」


「なにがですか・・・」


二人の博士に同情(?)的な笑みを浮かべてから、トキが慣れた手つきで棚から茶葉やお菓子の箱を取り出しテーブルに置いていく。

どうやら職務を放棄してうにゅんうにゅんと謎の奇声をあげながら客にじゃれつくマスターの代わりに、紅茶を振る舞ってくれるらしかった。


「下の避難所、残しておいてよかったわね」


紅茶の注がれた二人分のカップをテーブルに置くと、トキがそう呟いた。


「そうですね、大地震と言うのは本当に厄介なものだと知りました。たくさんの命を傷つけ奪い・・・そして何ヶ月も経った今でもこうして私達に牙を剥こうとしている」


「世界が生きてる証拠よ、仕方ないわ」


「そうでしょうが・・・、それでもヒトの心を持った今、それだけでは割り切れないものなのですよ。・・・、・・・甘い」


言葉の途中でカップに口をつけるとやたらと甘い紅茶だったので博士が少し頬を膨らます。・・・というか、これは甘すぎる。


「博士はそれくらいがいいイメージだったのだけれど・・・」


「私はあんまり甘過ぎないほうが好きなのです、むしろ甘いのばっかり食べたり飲んだりは助手の方なのですよ」


「あなた常連じゃないもの、わからないわ」


「常連になればいいんですよお~」


いきなりテーブルの端から耳が生えていた。


「スナネコ、テーブルの下に潜り込まないように」


「博士もここの常連になりましょー」


「なっちゃえばいいんだよ~、ねぇースナネコちゃん」


「ねー」


にこにこと笑い合うスナネコとアルパカ。

どこから持ってきたのか、いつのまにかスナネコはフリフリとした可愛らしい服を着ていた。胸元には「ジャパリカフェ」の文字。


「はぁ・・・なんなのですか」


「アルパカに紅茶の淹れ方教えてっていったらこうなりましたー」


「かわいいでしょこれ、スナネコちゃんに似合ってるねえ可愛いねえ」


「えへへー」


全然話を聞いてくれないスナネコに博士の口元がひきつる。

もう好きにさせておこう・・・と博士は諦めてテーブルの上のお菓子をいくつか摘まむ。


「甘い・・・」


甘すぎる紅茶にはどうやっても合わない甘い甘いお菓子だった。


カウンターの中ではスナネコがアルパカから紅茶の淹れ方を教わっているようだったが、たまに角砂糖をかじったりしている姿が見えた。


どうやら前途多難な新人店員らしい。






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