第九章
ヒトの世界の底で
大歓声と喝采の拍手に混じってヒューヒューと口笛の音が響くと、するすると幕が下りていく。
未来への飛翔を誓い合ったプリンセスとマーゲイの姿が幕の裏へと消えていった。
「こんなものを私に見せて・・・何のつもりなのですか」
彼女は心底不快そうに、そう吐き捨てる。
自分以外誰もいない真っ暗な劇場の最前列の席に彼女は座っていた。
てんてん、と光の灯る音が鳴りいくつものライトが彼女の姿を照らす・・・。
「眩しいのです、光を弱めてもらえませんか」
彼女がそう言うと、ライトの光が少し弱くなり・・・そこにワシミミズクのフレンズの姿を映し出す。
「目的はなんなのですか、かばん」
彼女が舞台横の暗がりに向かってそう言うと、一人の少女が姿を現した。
「これでハッピーエンド?プリンセスとマーゲイが生きる希望を取り戻して、めでたしめでたし?だからなんなのですか」
「ワシミミズクさん、あなたは・・・これを見てどう思いましたか」
「どうもこうも・・・この二人だけを見せられても判断のしようがないのです。サーバルはまあ放っておいてもいいとして・・・スナネコは?ヘラジカは?ヒグマ達は?」
「プリンセスさんはあなたの助け無しで悲しみを乗り越えることができました」
「そりゃそうなのです、あの子は単純に確率だった。もう私の関わるところではありませんが、マーゲイの行動を止めるなり水辺地方への誘導なりをすれば助かるということがわかっただけのことなのです」
「あなたはそれをどうやって知ったんですか、救えない場合の世界を、別の可能性の世界を」
「百度繰り返したのです、あのおぞましい地獄の世界を。そして私はフレンズの感性を越えてヒトの境地に至ったからこそここに・・・、・・・・・・そもそもここにいるおまえはかばんなのですか」
それはよく知る彼女の姿だったが、どう考えても自分が知っている彼女の姿とは重ならない。
「はい、ボクも元々はかばんでした」
「・・・・・・・」
含みのある言い方にイラつき、ワシミミズクが奥歯を少し噛んだ。
「私も違うと?」
「はい、今のあなたはもうフレンズではありません」
「・・・じゃあ、私はなんなのですか」
「彼女の中に生まれた、ヒトの部分が物語からはじき出されたもの・・でしょうか」
・・・・・・要領を得ない説明だが・・・なんとなくは理解する。
物語の中で自分が迎えた結末、自分が自分ではなくなり・・・魂が無に溶けていく感覚を覚えている。
「あそこで私は私から分離したというわけですか」
「そう、だからヒトの・・・俯瞰の立場であるここに入ることができたんです」
「なら、先にここにいたお前がこの物語を作ったとでも?」
「違います、ここは・・・そういった場所では。それに・・・そういうのはもう、きっとものすごく遠い昔の話です」
先ほどからかばんの言葉はとにかく要領を得ない――。
何を誤魔化したいのか、何をぼかしたいのか。それが何かはワシミミズクにはわからないが、直接的な言い方を避けて何かを言おうとしていることだけは明らかだった。
「あなたが何度繰り返しても、この物語にあなたの望む花が咲くことはありません」
「・・・私が百回ただ無駄なことをしたと?」
「これは、あなたにとって始まりの時点で折れている枝なんです。どうやってもあなたの望む結果には」
「開始地点が地震が起きた直後だからですか。でも・・・私はそこから全てのフレンズ達を救う方法を見つけ出した。・・・時間が、間に合いませんでしたが」
「本当に物語を変えたいなら、もっと根本から・・・ある地点から変えないといけません。そしてその為にはこの物語の中で何故悲しみが生まれるのか、それを理解しないといけません」
「地震そのものを止めろと・・・?」
「地震が起こらなかった物語を、ここであなたが作りますか?」
かばんの問いに、ワシミミズクは答えない。
そうすぐに思いつけることが正解であるならば、こんな物語をわざわざ見せる必要は無いしそもそも今の質問自体が無意味だ。
「できますよ、ここでなら。何も起こらなかった物語を作ることも」
だからやれ、という意味ではないニュアンスを含んだその言葉にもワシミミズクは答えない。
「ま、お前が何を考えてるのかは知らないですが・・・」
ワシミミズクが舞台に視線を戻すと、大きな上映開始ブザーが鳴りきりきりと音を立ててゆっくりと幕が上がっていく。
「黙って見ろと言うのでしょう」
「ええ、見届けてください。あなたが未来に絶望しなかった世界・・・あなたにとってのもう一つの物語を」
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