ドリーマーズアゲン



みんなは、もういない――


かつて自分達を輝かせたステージに辿りついたプリンセスを待っていたのは、どうしようもないだけの現実だった。


「・・・・・・あの日、大きな地震が・・・あって」


ステージを使った練習中、突然に大きく揺れる足元。

地面から直接突き上げられるような衝撃が何度かしたあと、頭上で何かが大きく軋む音の後に、たくさんの衝撃音を聞いた。


巻き上がった土煙に視界が無くなっていく中で、バランスを崩して倒れる瞬間、誰かに手を引かれプリンセスはセットの瓦礫の下敷きにならずに済んだ。


気づくと目の前にマーゲイがいたのを思い出す。

マーゲイの「大丈夫ですか?」という声を聞いてプリンセスは安心した。

一瞬の間に何かが起こった、のは間違いないがマーゲイはとりあえず無事だとわかった、・・・だから他の皆もそうだろうとステージを振り返ってしまった。




マーゲイが何かを叫んだが、目の前に広がる光景にプリンセスの目が痛い程に見開いていく。 そして・・・そこからは徐々に大きなもやがかかり、耳と心は閉ざしてしまった。


そして意識を取り戻したプリンセスは、もう・・・全てを忘れていたのだ。


「・・・・・・でも、まだ・・・何か」


セルリアンに飲み込まれて行く四人の姿がプリンセスの頭に思い出されると同時に、またギリギリと脳を締め付けられるような痛みが走った。


「それだけじゃない何かが・・・私の中から抜け落ちて・・・」


プリンセスが両手で頭を抱え込むように抑えると、ふいに積み上がった瓦礫がカタカタと小さく揺れた。

そして瓦礫の隙間から、ぬるぬるとした不気味な染みが広がっていく。


それはやがて自身の足元にも広がり、ぶくぶくと泡立った後・・・膨れ上がり徐々に

あの日の形を取り戻していく。


「ひっ・・・!」


プリンセスが思わずその場に尻もちをついて、後ずさる。


あの日、皆を飲み込んだあのセルリアンが目の前にいた。

しかしすぐに襲ってはこず、こちらをじっと見降ろしていた。


「いや・・・、いやっ・・・来ないで・・・」


体は生を求めてずりずりとステージの端へ後ずさる。

しかし・・・そんなプリンセスの心に、真逆の思いも芽生えていた。


自分はここで仲間を失った、そしてそれを都合よく忘れていた。

愛する仲間達のことを忘れて、のうのうと日々を生きていたのだ


ならば・・・ここで、皆と同じ形で朽ちることこそが・・・自身の最後の役目なのではないか。

そう・・・少しだけ思ってしまった。


「・・・・・・私は・・・」


プリンセスが後ずさる足を止める。

そして、この終わりに身を任せようと腕から力を抜き、だらりと両側に垂らす。

・・・でも、目を閉じかけた時・・・手元に何かが当たった。


「・・・・・・あ」


それはマイクだった。

あの日、練習で使っていたもの、・・・ライブでも使ったもの。


長期間ここで風雨に晒されたのであろうそれは、もうボロボロになっていて土や埃が固まっていた。

思わずそれを手に取り、胸に抱く。


これは持っていこう。最後の瞬間まで私はアイドルでいたい。


「みんな・・・、いま、行くね・・・」




「プリンセスさんっ!!!!」




ふいに名前を呼ばれ顔をあげると、セルリアンとプリンセスの間にマーゲイが立っていた。

その体はボロボロに雨や泥で汚れており、頭には葉っぱがついて肩には葉や枝で切ったであろう傷からうっすらと血がにじんでいた。


「マーゲイ、逃げて!セルリアンが・・・っ」


背後に迫るセルリアンに、マーゲイは堂々と背中を向けてプリンセスの前に立つ。


「あなた・・・何をしてるんですか・・・」


「・・・・・・マーゲイ?」


「あなた、アイドルでしょう・・・ペパプなんでしょう!!」


マーゲイが叫ぶ。

その両目からはぼろぼろと澄んだ綺麗な涙が零れていた。


「ステージの端っこに座り込むのがアイドルですか、それが・・・あなたの目指したものなんですか!!みんなが目指したものなんですか!!」


マーゲイがプリンセスに向かって叫ぶと、背後のセルリアンがぐにゃりと形を変えてマーゲイを飲み込もうとした。

慌ててプリンセスがマーゲイに飛びつき抱きかかえるようにしてステージの上を転がった。


「バカ!食べられちゃうわよ・・・あなたさっきから・・・」


パンッ!!と、ステージの上に乾いた音が響いた。


「バカはあなたです!!・・・どこにセルリアンがいるんですか!!いつ、どこで・・・セルリアンがペパプのみんなを食べたんですか!!」


じんじんと痛む頬を抑えて、座ったまま振り返る。

そこには確かにセルリアンがいて、こちらをじっと見ていた。


「だって、そこに・・・」


「セルリアンなんていないんです!!みんなの命を奪ったのは・・・セルリアンじゃない!!!みんなの最後から逃げないでください・・・っ!!セルリアンのせいにするな!!生き残ったことを・・・自分のせいにするな!!」


「だって!そこにいるのよ!こっちを見てる!!あの日と同じ・・・あいつが!!」


プリンセスが指さすステージの真ん中には、マーゲイの目には何も映らない。

でも、プリンセスがこうなってしまったのはもうずっと隣で支えてきたからわかる。


でも、でも・・・もう逃げないと決めた。

あなたと共に未来を生きると決めたから――。

だったら彼女の苦しみに、共に立ち向かおう。横から支えるんじゃない、二人で一つの前を見るんだ。


「・・・・・・いいんですか、プリンセスさん」


「何がよ・・・」


「アイドルが、セルリアンなんかにステージを奪われていいんですか!!」


マーゲイが立ちあがり、プリンセスの腕を掴み無理矢理起き上がらせると、セルリアンが”いる”場所へと指をさした。


「ここは私達のステージでしょう!いいんですか!奪われて!!」


「そんなの・・・いいわけ、でも・・・私達じゃ・・・」


「倒すんです!あいつを、みんなを奪ったのがあいつだと言うなら・・・あなたが倒すんです!!私達で倒すんです!!」


プリンセスにとってもマーゲイが叫ぶことはもっともだとは思う。

私だってみんなの仇をとれるものならとりたい・・・だからといって自分達だけで大きなセルリアンを倒せるわけがない・・・、私達は戦いに向くフレンズじゃないのだから。



「声を」


「え・・・?」


「声を、歌を。忘れていませんよね・・・」


マーゲイがプリンセスを背中からぎゅっと抱きしめる。

愛しい我が子に語り掛けるように、耳元で優しく優しく言った。


「空は、」


「・・・・・え、ぇ・・・」


「空は、」


パチンと、頭の中で弾ける音がした。


「と・・、とべ」


「そうです、もう一度。空は――」


パチンパチンと、頭の中で記憶の殻が破れ、プリンセスの心が静かに澄み渡っていく。


「とべ、ない・・・けど」


「そうです、飛べません。今のあなただけでは・・・今の私だけでは」


「でも、でも」


「ええ。私達なら飛べます、私達で飛ぶんです、もう一度。忘れてませんよね、皆が大空に夢馳せた翼を、歌を。」


「うん・・・、忘れない、覚えてる・・・私達が、ここで見た夢を」


「忘れてないなら、一緒に歌えます、一緒に羽ばたけます。だから、一緒に歌おう?プリンセス・・・」


「マーゲイ・・・」


プリンセスの心に覆いかぶさった心の檻が、包み込んだもやが、輝く星のような涙となって流れ出していった。

頬を伝って流れていく光が、胸に抱きしめていたマイクに吸い込まれるように集まっていく。そして、泥をかぶっていたマイクが・・・まるで新品のように光り輝いていた。


プリンセスはしっかりとマイクを握りなおし、自分の口元に寄せた。



「空は、飛べないけど」


しっかりと前を向いて歌うプリンセスにマーゲイが続く。


「夢の、翼がある」


「だから・・・だから・・・」


プリンセスの背中から、サンドスターの光が溢れていく。

そしてそれに引き寄せられるようにマーゲイの背中からも。


やがて、二人の背中から伸びた光は、一対の翼のように広がっていた。


「ぽたぽた、汗水ながして」

「ぱくぱく、大きく育って」


二人の翼に、懐かしい感触達が触れた。

振り返らなくたってわかる、みんないた。みんなみんな私達と一緒にステージに立っている。


「「いつか・・・大空を・・・!!!」」


二人の声が、歌が、翼が・・・セルリアンを柔らかく包み込んでいく。


(誰かが悪いとか・・・セルリアンのせいだとか・・・そういうことじゃなかったんだ・・・)


(だったら・・・もう一度、歩き出してみよう・・・)


(もう忘れない、もう大丈夫。みんながいる、私達と一緒に・・・ずっといるから)





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