第八章
手折られた翼
「プリンセスさんっ!!どこですかっ!?聞こえたら返事をしてください!!」
激しい雨に降られる中、マーゲイが森の中を走る。
降りしきる雨は木々の傘など無いかのように、強く強くマーゲイの体を打ち付けた。
「ダメ・・・今のプリンセスさんを一人になんてしておけない・・・」
泥濘んだ地面に何度も足をとられそうになるが、それでも歩みを止めるわけにはいかない。
今、プリンセスの傍にいられるのは自分しかいないのだとマーゲイは知っている。
「私が・・・バカなことを考えなければ・・・」
マーゲイの考えた”バカなこと”が、本当に愚かなことかどうかはわからない。
だが、精神的に疲弊しきったマーゲイがその考えに至ったことは・・・彼女が悪いわけではない。
だが、彼女は思い直した。
それは逃げることだと。生きることから逃げることだと。
それは・・・心半ばで逝ってしまった仲間達への何よりもの裏切りなのだと。
だから、慌てて引き返して小屋に戻ったが・・・そこにプリンセスの姿は無かった。
そこで自分が本当の意味で愚かだったのだと自覚した。
(死んで・・・誰の救いになるのよ・・・)
途中まであった足跡も、もう雨で地面がぐちゃぐちゃになってしまってわからない。
遠くに行ってないことを願い、ただひたすらに叫ぶしか無かった。
「プリンセスさんっ!プリンセスさぁぁぁん!!」
すぐ近くに川が流れているのに気づいた時、マーゲイは一瞬気が遠くなった。
もし、錯乱したプリンセスが川に落ちていたら・・・最悪だ。
激しい雨で増水した川の流れは強いし、地震で崩れた土砂や建物の破片がどう残っているかわからない・・・。その幹を水に晒したままのいくつもの倒れた大木がより一層マーゲイの中にネガティブな想像をかき立たせた。
「呆然としてる場合じゃないわ、探さなきゃ・・・!」
マーゲイは再び叫びながら森の中を彷徨う。
もう一度、大切なパートナーの傍にいる為に。
――――――――――――
「ん・・・・・・あれ・・・?」
ぼんやりと、ぱちゃぱちゃと耳元の水の音で目が覚める。
体の半分が波に揺られるような感じで、・・・冷たかった。
「あいたたた・・・私、何が・・・」
半身を起こすと、自分が雨の中で地べたで眠っていたことに気づく。
いや、この雨の中で気づかずに眠っていたわけなんてないから・・・気を失っていたのだろうか。
ふらつく足でなんとか立ちあがり、とりあえず大きな木の陰に移動して少しだけでも雨を防ぐ。
「そっか・・・私、マーゲイがいなくて・・・慌てて森を探して」
記憶が段々と蘇ってくる。
小屋から飛び出して、泥で転んで・・・それでも立ち上がって彼女を探そうと走り回り、やがた自分が滑って川に転落したのだろうと理解することができた。
「・・・死ななかっただけラッキーね、・・・うぅ、さむっ」
気を失う前と比べると少し雨は弱まったようだが・・・川の冷たさで体温を奪われたせいで体が震え、かちかちと歯が鳴る。
「あいたた・・・頭、ぶつけたみたいね」
やたらと痛む頭を抑えると、手にドロリと赤いものがついた。
げ、と声が出たが、傷部分を何回か拭ってみるとそこまで深い傷を負っているわけじゃないことに気づき安心した。
「血・・・・・・」
息をついた瞬間、バチバチっと何人かのフレンズの姿と・・・血に染まるステージの光景が頭の中にフラッシュバックした。
「今のは・・・え、え・・・?」
思い出そうと必死で記憶をたどるが、どうしてもそこにいるはずの彼女達の姿が、そして彼女達が自分にとっての何だったのか・・・あと一歩のところでもやがかかってしまう。
一瞬だけ映ったそれが、自分にとって何か大事なものであり、決して忘れていいものではないことを、何故か瞬時に理解できた。
記憶の中のもやは、徐々にセルリアンの形になっていき・・・倒れている何人かの姿と重なり・・・それらを飲み込んでいく。
「私達・・・いつか、セルリアンに・・・襲われた・・・ような。・・・わたし、たち?」
もう一度、血のついた自分の手を見る。
「セルリアンに食べられる時って・・・血が、出る・・・んだっけ、あんなに・・・たくさん」
バチバチと、血に塗れたステージとそこに積み上がる崩れたステージのセットが何度も点滅するようにフラッシュバックする。それに伴う激しい頭痛と戦いながら必死で記憶を辿る。
「かばんが食べられた時は・・・、はぁ・・・はぁっ・・・、違って・・・」
博士達が教えてくれた、フレンズが輝きを奪われた時の・・・自然に還ろうと
する形は・・・、私があの日見たものと違う・・・みんなは、そんな最後じゃなかった。
「みんな・・・、みんなって・・・」
私は、おぼろげな記憶の糸を必死で手繰り寄せるように、目的地も無く雨の中を歩き出していた。
私の体に残った記憶のカケラ達が体からゆっくりと流れ出し、やがて記憶の輝きはまるでは光の束を織り上げるように木々の中に一人のフレンズの形を作っていった。
私は、その姿に見覚えがあった。
「カ・・・・、あ・・・」
私は彼女の名前を知っているはずだ。
でも・・・言葉が上手く出てこない。心と体の整合性が取れず・・・酷く頭が痛んだ。
思い出さないといけない、と、思い出したくないの狭間で痛む心が万力のような強さで頭の奥をギリギリと締め付けた。
「思い出したくないのに・・なんで、私は・・・あなたを・・・」
きっと・・・今の自分から変わらなくてはならない。体も心もそれを望んでいた。
でも、もっともっと奥の、私のフレンズとしての魂がそれを拒む。
変わらなくていい、何もかも・・・このまま全てを封じ込めたままの方が・・・きっと楽に生きていけるんだ・・・。
突然、右目の奥がじくりと痛むと、どろりと重い感触の涙が頬を伝った。
「なにこれっ、血・・・!?いやっ」
慌てて目元を拭い、血の涙を地面に払うように乱暴に手を振った。
「どうなってるのよ!なにが・・・これ・・・」
『・・・・・・・・・』
そんな私を、目の前の彼女は何も言わずにじっと見ていた。
そして、ついて来いと言わんばかりに森の奥へと歩き出す。
「待って・・・、コウテイ!」
どくん、と体が揺れた。
私はいま・・・なんと言ったか。
雨でぬかるんだ森の中を止まることなく進む彼女を追う。
歩きにくい、頭が痛い、血の涙もわけがわからない。
でも、ここで彼女を見失ったらおしまいだ。
きっと私はずっと何かを失ったままになる。・・・それだけは絶対にダメだと私の中の熱が訴えているから。
――――――――――――
「ここは・・・」
彼女の後を追ってしばらく歩くと、見覚えのある開けた場所に出た。
「・・・この先は・・・、・・・知ってる」
辺りは広く水に満ちていた。
所々、木々や土砂が沈んだままになっていたが・・・舞台へ続く一本の道は綺麗なまま残っていた。
そう、これは舞台への道。
アイドルの舞台・・・ライブステージへの道。
「私は、何を忘れて・・・何から逃げているの・・・?」
さっきまで必死で追っていた彼女は、気づけばもうどこにもいなくなっていた。
でも、それが不自然なことじゃないのだとわかる。
私の足は、まるで導かれるようにステージへの道を歩き出していた。
「コウテイ・・・」
すでに雨が上がっていた。雲間から光が差し込み・・・舞台へと向かう私をまるでステージのライトのように照らした。
「ジェーン・・・」
背後から割れんばかりの歓声が聞こえてくる。
みんなが私を待っている、みんなが・・・アイドルのライブを望んでいる。
「フルル・・・」
私はパークにペパプの復活を・・・
「みんなっ!!」
ステージに上がる私を、頭上のライトが一斉に照らす。
すると、何度も聞いたあの歌のイントロがステージに流れだす。
再び割れんばかりの歓声が観客席から響き渡った。
ペパプー!!!アイドルだー!!
かわいいーー!!ペーーパーープーー!!!
知ってる、知ってる。
私はこの歓声を浴びた、この心の高鳴りを・・・何度も。
そうだ、私はこのステージで愛しい仲間達と初めてのライブを、したんだ。
みんなを集めて、沢山練習して・・・喧嘩したり、泣いたり、笑ったり・・・色々とあったけど、私は確かにみんなと一緒にいたんだ。
「ちょっと待たせ過ぎだぜ!プリンセス!」
そして、ステージの上にみんながいた。
「イワビー・・・」
「プリンセス抜きじゃ始まらないよー?」
「フルル・・・」
「プリンセスさんのおかげで、みんな準備ばっちりですよ」
「ジェーン・・・」
「さあ、ステージが始まるぞ。プリンセス」
「コウテイ・・・」
そうだ、私はアイドルなんだ。
こんなにも素晴らしい仲間がいるじゃないか。
目を閉じて、深呼吸する。
雨が上がったばかりの少し湿ったままの冷たい空気が肺を満たしていく。
でも、胸の奥はこんなにも熱に満ちている。
みんながいたんだ。
みんなといたんだ、ここで。
「みんなっ!!」
顔を上げて目を開けると、一人ぼっちの私がステージの真ん中でぽつんと立っている。
照明やスピーカー、ステージの飾りはぐちゃぐちゃに崩れてステージの上に積み上がっていた。
「・・・そうよね、・・・あの日、みんなは・・・・・・」
―――――死んだんだから。
――――――――――――
マーゲイが何度もプリンセスの名前を叫びながらまだ森の中を彷徨っていた。
川に落ちた可能性も考えて、川辺を下り・・・いつの間にか別のエリアにたどり着いていた。
雨でぬかるんだ森の中を、大声をあげながら走り続けたせいで体力の消耗が激しかったが、だからといってここで諦める選択肢はもうマーゲイには無い。
一度全てを捨てようとした自分の姿がマーゲイにとって何より情けないものだった。
だからこそマーゲイはもう逃げない。 生きることから。
もう雨は殆ど止んでいたので、少しずつ視界を取り戻し、周りの音を聞きとることができるようになっていた。
全身の神経を集中させ、必死で耳を澄ます。
「・・・・・・・・・」
息を止めて、全身の動きも寸分すらしないように止める。
自分なら聞き取れる・・・、あの人の生きている音を。
そう自分に言い聞かせ木々のざわめき、葉の擦れる音の中から・・・一点だけを・・・
「・・・・・・!!」
バっと顔を上げて、マーゲイはその方向を見た。
「プリン・・・セスさん・・・?」
マーゲイが何を感じたのかはわからない。
それはフレンズの超人的な力だったのか、獣故の野生の勘だったのか・・・
それとも・・・ヒトの心を得たからこその・・・仲間との絆だったのか。
マーゲイは、全力で走り出していた。
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